第三話 ~人の心を操る黄金~
3日が過ぎた。
今日はあのシズエとかいったブタの葬式を行うらしい。
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金の壁を見つけた俺はその後、手頃な金塊を懐に入れると、削った部分の金の壁を土で覆い直した。
そして、血の跡を消しながら元の家へと戻ってきた。
シズエと呼ばれたブタに殴られた娘、レンはまだ横たわっていたが、息はあることを確認した。多分、大丈夫だろう。
俺は、家の中のブタの血を自分の顔や体に塗り付け、さらに自分の顔を思いっきり床に叩きつけた。
腫れあがっていたであろう顔が、さらに惨めな姿になった。
俺は家でブタに鬼のような折檻を受け、傷ついて倒れていた。
ブタはその後に戻る途中、足を踏み外して崖から落ちた。
レンは俺が折檻されていた所を見ている。証言してくれるだろう。
もう頭が働かない。体も悲鳴を上げている。俺は最初に寝ていた板の間に倒れ込んだ……
夜中、レンが帰ってこないことを心配したレンの両親が俺の家に着くと、気絶していたレンと俺を見つけた。俺とレンはそのままレンの家におぶわれて介抱されたようだ。
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次の日、俺とレンが寝ている最中に、本間の本家の連中が崖下に落ちて死んでいるシズエを見つけたらしい。どうやらあの崖は「不入の谷」と呼ばれていたらしく、誰も近寄ってはいけない場所だったため、発見が遅れたらしい。血が乾いて臭くベトベトになった姿は、さぞ見ものだったろう。
目を覚ました俺とレンは、本間の本家の男と娘に詰め寄られた。
「お前の所に行くと言ったが、帰ってこなかった。お前のせいだ!」
レンは、俺が折檻されたことを必死で説明してくれた。俺の顔や体のアザを見れば、そして、ブタと俺の体格差を考えれば、俺が疑われる可能性は少ない。
釈然としない本家の連中だが、この時代にルミノール反応やら指紋検出やらがあるはずがない。決定的な証拠はないはずだ。俺は折檻された惨めなガキ。ブタの死とは無関係。それでいい。
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念仏が聞こえる。よく通る声だ。真言宗らしく、護摩を焚き、光明真言が聞こえた。
ブタの家族らしい連中が泣いている。時折、俺の方をキッと睨んでくる。おいおい、俺は関係ないぞ? 折檻された哀れなガキだぞ? ブタが勝手に崖から落ちたんだろ? という体で俺は末席中の末席に座っている。
念仏が止んだ。僧侶らしく頭を丸めた無精ひげの壮年男は席を立った。
すると、中央に陣どっていた大男が叫びだした。
「シズエは死んだ。クソガキは生きている。許せネエ」
筋肉ダルマのような男、本家の当主らしき奴だ。耳が聞こえないらしい意地悪そうなキツネ顔をした娘も大きく頷いた。どうやら、この場で俺を殺す気らしい。
「証拠はネェ。しかし、オラの気持ちが怒りでマンマンだ。ちゃらくらげぇ~(ふざけた)ガキを生かしてはおけねえ。分家のオメェ達も手伝えや!」
どうやら、前もって仕込んでいたようだ。本家の連中の数名が棒のようなものを取り出して、俺の方を睨みつけた。
「覚悟せぇ、おい、野郎ども、やっちまェ!」
……
……
しかし、動かなかった。
本家の連中3名は、俺の方を向いている。しかし、他の分家の大人たちは、俺の方ではなく、本家の連中を睨みつけていた。その数およそ50名。手には鎌、短刀などを握りしめている。
「オ、オイ。おめえら、どういうことだっちゃ。本家に歯向かうだか!?」
俺は叫んだ。
「俺を殺そうたって、そうはいかねえぞ! ブタの後を追ってこいや!! いけえ! 皆の衆! 本家の連中をぶっ殺せ!」
「おう!」と呼応して、分家の大人たちが一斉に動いた!
慌てふためく本家の筋肉ダルマとその取り巻き3人。抵抗しようとするが、数の差は歴然。難なく捉えられた。キツネのような顔をした娘、意地悪を絵に描いたような婆など本家の8名を取り押さえた。形勢は一気に大逆転だ。
「オメェら、本家にたてつくとは……」
取り押さえられた筋肉ダルマがまだ呻いているが、目障りでしかない。
「あばよ。クソ野郎」
俺は手渡された短刀を両手に握りしめ、筋肉ダルマの心臓辺り目掛けて一気に突き刺した。
ドスッ!
短刀は根元まで突き刺さった。そして一気に引き抜く。
ドバッ!!
肉ダルマの体から血が噴き出す。
他の本家の連中も、一人残らず分家の大人たちに始末された。よほど憎しみがあったのだろう。何度も何度も突き刺し、踏みにじりながら歓喜の涙を流す者もいる。
念仏をあげていた僧、環塵叔父がおどけて言う。
「やっと葬式をあげて金が入ったと思ったら、今度は数が多すぎだっちゃ」
既に俺は、分家の者たちの心を掴んでいた。
本家の連中の計画も、前もって知っていた。
金の持つ力、人の心を操る力。
悲しくはない。卑しさもない。
生き抜く。俺は黄金の力を借りて、死への試練をくぐり抜けたのだった。