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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
第十四章「生命」

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第二百四十一話 ~山内上杉憲政~

<天文十七年(1548年)四月 上野国 利根(とね)郡 沼田(ぬまた)城>



 散り際の彼岸桜(ひがんざくら)が最後の一片をひらひらと落とした。


左大弁(さだいべん)殿。沼田城奪還、誠に有難きことに御座いますっ!」

沼田(ぬまた)殿。これよりはこの地の抑え、よろしくお頼み申す」

「ははっ!」


 鎧袖一触(がいしゅういっしょく)

 俺が率いる軍は、上野国の北の抑えである沼田城(ぬまたじょう)を一両日中に落としていた。上野国を治める山内上杉(やまのうちうえすぎ)憲政(のりまさ)何某(なにがし)とかいう部下が守りについていたが、相手方の戦意・軍備・数の全てが低く、まともな戦いにはならなかった。


 今話している沼田(ぬまた)顕泰あきやすは、元々この地を治めていた国人領主だ。

 長尾為景が上野国侵攻した際には、うまく取り入りそのままこの地を治めていたが、『羽茂本間包囲網』の際には敵方に寝返った。だが宇都宮軍と主家筋の上野国(こうずけのくに)国主関東管領(かんとうかんれい)山内上杉憲政(うえすぎのりまさ)から信頼を損ねたために(うと)まれ、越後の国に逃げて嫁舅(よめしゅうと)の長野業正を頼っていた。


 今回の沼田城奪取は顕泰(あきやす)の帰還の為でもある。この地は越後と関東を結ぶ交通の要衝としての価値が高い。しっかりとした備えをしておきたい所だ。


「これより先は上野国(こうずけのくに)の内部になりまするっ。次は箕輪城(みのわじょう)になりましょう。まずは我が城にてごゆるりと為さってくだされっ!」

「…… そうだな。ここでしばし兵達と、城攻めと峠道の疲れを取るか」


 俺は戦装束をまとった小姓の忠平(ただひら)(前世の島津義弘)から周辺地図を受け取りながら、沼田顕泰に語った。そこへ、


「殿、よろしいですかな」

「ん? 何だ? 定満?」


 俺の軍師宇佐美定満が八卦を行う筮竹(ぜいちく)を鳴らしながら話しかけてきた。大体、焙烙頭巾(ほうろくずきん)が筮竹をジャラジャラ鳴らしている時には何か()()()がある。今回も意味あり気な表情をしている。


「お疲れの所ですが、ここで歩みを止めるのではなく()()()()()()がよろしいかと存じます。(えき)にそう出ております」

「? 意外だな」


 まさかの提案だ。

 雪解けの三国峠を下り、上野国入口である沼田城を落とした。鍛え抜かれた佐渡軍の兵士と言えど、疲れは出ているはずだ。


「なっ? 見識名高い駿河守(するがのかみ)殿の御言葉とは思えませぬ! 越後からの後詰めを待ち、盤石(ばんじゃく)の形で攻め入ることをお勧めいたします!」

「兵は疲れておいもす。ここは休むこっが常道ござんで」


 参謀の明智光秀、勇将の樺山義久は異を唱えた。

 だが、 


「…… 不無。相手方も『そのように考えている』、ということですな」

「相手方に猶予を与えず、破竹の勢いで攻め入る……」

()()()()()、か?」


 不無と謙信は、俺と同様に軍師の策の先の意味を読んだ。


「左様です。山内上杉は我らが軍が休むであろうと思っているはず。そこを我らが止まらずに道を急げば……」

「我らの予想外の進軍の速さに、()()をやらかす可能性が高い、か」


 謙信との城郭落としでもその案を考えていた。相手方に心理の裏を突く戦い方だ。


白貉(はくちょう)、敵軍の出方はどうか」

「軒猿の報によりましては、敵軍山内上杉憲政は主城の平井城(ひらいじょう)を出て、箕輪城にて軍を構えているとのことに御座います。援軍の国人衆らはまだ集まってはおりませぬ」

「では、我らが陣を進めれば、上杉憲政は『自分達だけが攻め入られる』のを恐れ、野戦に出てくる可能性が高いな」

「……憲政殿は考えが浅く、肝の小さい方故。恐らくは」


 長野業正は元上司のことを思い苦々しく語った。


 確かに肝の小さい人物なのだろう。

 家柄だけの国主で『運任せ』。長尾為景の猛攻を受けては上野国の北部を差し出し、命の次に大事にしていた「山長毛」を渡し延命したと聞いている。今回はどうかな……?

 


______________________


<天文十七年(1548年)四月 上野国 勢多(せた)郡 駒方>


「う、撃てー! 撃つのじゃー!!」


 ババーン! バンバン!


 激しい音が鳴り響き、白い煙が風に靡いた。だが、それは何も意味を為してはいなかった。


「殿! 既に佐渡軍は退いております! どうかこれ以上の銃撃は……!」

「ええい! 押し返せー! 撃つのじゃー! 上杉の『竹に二羽飛び雀』紋に傷をつけさせるなー」


 山内上杉家臣の大石定久(おおいしさだひさ)の声に耳を貸さず、憲政は銃撃続行の命を続けた。三日続けての無駄遣いに老将は(かぶり)を振った。


「宇都宮家から潤沢(じゅんたく)に届いた『火薬』も、これでは…… 」

「大石様! また銃が壊れました!」


 佐渡軍から洋式銃の技術が伝わり、山内上杉にも多くの銃が生産されて配備されていた。だが銃の整備や運用に慣れておらず、次々と発射不能となっていた。


「もう三日も佐渡軍は我らと対峙しておりまする! 相手方は進軍するつもりがあるのでしょうや?!」

「陣を退き、箕輪城(みのわじょう)へお戻りになられた方がよろしいかと」

「ええい! ならぬ!」


 憲政は得意の癇癪(かんしゃく)を引き起こしていた。


「き奴らは『春日山城』を一日で消し飛ばした『大砲』というものを持って来ておる! 籠城しては我らは耐えることができんのじゃ! なればこの『銃』というもので押し留めておくのがよいのじゃ! そのうち佐渡の小僧は陣を退くじゃろう! 儂は『運が良い』のじゃ!」

「な、なれど……」


 佐渡軍は沼田城を制圧後、時を置かずに上野国内部へと攻め込んだ。

 山内上杉(やまのうちうえすぎ)家当主の上杉憲政(うえすぎのりまさ)(あわ)てふためき、城を出て利根川が流れる駒方(こまがた)の地に陣を敷き佐渡軍を迎えうった。


 だが、佐渡軍は三日間、のらりくらりと進むと見せては退くを繰り返し、まるで攻め入る気配がなかった。その間に越後からの後詰めが続々と合わさり、その軍勢はみるみる間に大きく膨れ上がっていた。


 そこへ……


 ガチャッ!


「何たることだ! 何故にもっと早うに攻め入らなんだ?!」


 太く強い声が響いた。『八幡(はちまん)』と黒色で書かれた濃黄(のうおう)色の陣羽織に端正な風貌。壮年の武者が怒りを(あらわ)わにした。


綱成(つなしげ)! 管領(かんれい)殿の御前で不遜(ふそん)であるぞ!」

遅参(ちさん)したのにも関わらず、声が高いわっ!」


 山内上杉軍の幔幕(まんまく)に非難の声が上がった。綱成(つなしげ)と呼ばれた男は苛立(いらだ)ちを欠かせない様子でがりがりと右の(こうべ)を掻いた。


「佐渡軍の陣の敷き方をご覧くだされ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 我らが攻め入らぬと考え、緩み切っております! ここで守るなど()()()()()()()()!」

「な、なれば如何様(いかよう)にすればよかったのじゃ?!」


 面と向かって批判を受けた上杉憲政は、己に楯突く男に喰ってかかった。


()()()()()! 幸いにも我が軍は峠越えをした敵軍より馬が多くおります! 平地故に地の利を生かし一気呵成(いっきかせい)に攻め入れば自ずと道は開けましょうぞ! もっと早うに攻め入っておれば……」

「くっ、()()()()()()()が高言を吐きおって!」

「宇都宮様の依怙贔屓(えこひいき)によって生かされておるのを忘れるな!」

「お主なぞ要らぬ! さっさと滝山城へと戻れい!」

「「そうじゃ! そうじゃ!!」」


 男を排除することに結束した幔幕に、濃黄色の陣羽織を着た男はギリリと歯を鳴らした。


「我が居らぬでもよろしいのでしょうや?! 死を賭してでも佐渡軍を止めまするがっ!?」

「あー、要らぬ世話じゃ。…… それに、よくよく考えてみれば、佐渡の本間照詮には我が愛刀『山長毛(さんちょうもう)』が渡っていると聞く。その恩義(おんぎ)故に攻め入ることができんのであろう。何と儂の『運の良いこと』よ」

「その通りですな!」

「ささっ、綱成殿。殿のお気が変わらぬうちにお退きなされ」


 上杉憲政の考えは「運の良さ」頼みで緩み切っていた。

 父上杉憲房(のりふさ)の死去後、家臣に(かつ)がれ十一歳で叔父憲寛(のりひろ)を退けて上杉家の家督と関東管領職を引き継いだ男は、自らの『運の良さ』を過信していた。自身の国に攻め入った長尾為景は病で消え、急進していた北条家の北条氏康は謎の死を遂げた。宇都宮という後ろ盾もあり、宿敵扇谷(おうぎがや)上杉家との仲も改善されていた。


「お主一人、いるいないで儂の『運の良さ』は変わらぬ。さっさと陣を退け! ()()()()()()()、この『負け犬』が! 」


 ハハハッ


 当主の嘲笑に同調し、膝を叩く者達。

 主である北条家の者達が次々と斃れていく中、何故か生かされて滝山城を任されていた男は唇を噛みしめた後、頭を垂れて軍を引いた。



____________________


 その二刻後……



 佐渡軍の猛攻が、上杉憲政の軍に大挙して襲い掛かった。

 

 山内上杉軍の鉄砲は弾切れで役に立たず、弾避けに用意した竹束隊は弓の曲射に倒れ、槍隊が前に出れば鉄砲の弾の嵐に当たった。


「怯むな! 我は関東管領職! 山内上杉憲政ぞ!! 我がついておるぞ!!」


 当主の声は、四散する血と汗と泥で掻き消された。

 彼の最期に『運の良さ』が発揮されたのは、雄大な赤城山を見ながら、かつての愛刀「山長毛」にて果てることだけだった。


 家祖上杉重房公から三百年続く山内上杉家の雀の翼は折れ、二度と羽ばたくことは無かった。

童門冬二先生のご冥福をお祈り申し上げます。


筆者はようやく「信長の野望・新生」を購入しました(*'ω'*)

まだどうすればいいのか分かってませんが、遊んでいきたいと思います。


秋葉原で新年会をやりました。楽しかったな~(*´ω`)

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― 新着の感想 ―
童門さん亡くなってたんてすね。
関東管領上杉憲政、最後の最後まで凡将だったな・・・。
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