第二十三話 ~柏崎水軍~
タイトルに「第〇〇話」を入れてみました。
ちょっと疲れる話が続いたので、軽い回を書きました(*´ω`)
<越後国 柏崎 鯨波砦前>
柏崎水軍。
越後と佐渡を挟む日本海、佐渡海峡を股にかけて活動する海賊衆だ。
この戦国の世では、太平洋側よりも日本側の方が栄えている、と環塵叔父が教えてくれた。
理由の一つ目は、日本海の方が内海のため波が穏やかで動きやすかったこと。
もう一つは三津七湊と呼ばれた重要港の内六つが日本海にあることだ。江戸は寂れた漁村だもんな。博多から対馬を経由して、朝鮮や中国との交流も可能になるかもしれない。
その日本海を牛耳る海賊の1つが、これから行く『柏崎水軍』。
これを味方に引き入れることができれば、その効果は絶大だ。
各地で国人衆が陸で武装する中、水軍(海賊衆)は海を舞台に武装した集団だ。有名なのは、村上水軍や九鬼嘉隆率いる志摩水軍などがいたな。それくらいは覚えている。安宅船や鉄甲船を率いてたんだよな、確か。
漁師や鍛冶仕事、船の護衛、船大工などを行いつつも、時として商船を脅して荷の一部を分捕ったり、果てはまた襲って海の藻屑としたり、不景気の際には海岸の町や村を襲ったりして生計を立てる。パイ〇ーツ・オブ・カリ〇アンの日本版だ。ジョ〇ー・〇ップはいるのかな?
鯨波砦への同行者は、環塵叔父、弥太郎、白狼、白狼の手下2人の計5名。ここまでは、軒猿縁の上忍、白狼が案内をしてくれている。何でも、柏崎水軍の頭領と面識があるとか。
話がうまくいけば、どうということはない。うまくいけば、の話だが。
寂れた海辺の道を歩くこと数刻。特徴的な場所が見えてきた。
「こちらが、柏崎水軍の本拠、鯨波砦になりやす。お気を付けくだせぇ。一筋縄じゃいかねぇやつらでさぁ」
荒々しく飛び出た岩、切り立った崖。入口は重木製の柵と門で閉じられ、前には門番らしき荒くれ者が2人立っている。こちらに気づくなり笑顔で話しかけてきた。
「これはこれは。どこぞの名家の御曹司様で御座いますかな? 最も海の底に近い場所へようこそ」
「そのお綺麗なお着物。波の中を泳ぐにはちと面倒ですぞ。わたくしめが預かっておきましょうか?」
・・・海賊流の御挨拶、ってとこかな。この程度でビビっていたら話にならんな。
「海底に沈む気も、泳ぐつもりもないな。強いて言えば竜宮城へ案内を願いたい。『浦島太郎と白狼が来た』と、首領に伝えてくれ」
「ほ。白狼様とは。真かな?」
訝しげに尋ねる門番。
「へっ。その筋じゃ誰でも知ってるってかい。いかにも。あっしが本物の白狼だ。見るかい? 『狂狼の牙』を?」
そう言うなり、白狼は右袖をぐいと捲った。すると、右肩の辺りに彫り物が。恐眼の狼が、全てを喰らい尽くすように牙を剥いている。こえぇぇ。
「はは。こりゃすげえや。本物の『狂狼の牙』だ。死ぬまでに一度は見てぇと思ってたが」
門番二人は嬉しそうに顔を見合わせた。あれかな、不良が伝説のバイクを見て喜ぶ的な。
「どうぞどうぞ。こちらが竜宮城でございます」
門が開いた。
・・・一度足を踏み入れたら、もう治外法権だ。弥太郎と白狼達はいるが、生命の保証はどこにもない。
しかし、踏みとどまってはいけない。俺は進むと決めたんだ。
常人が入れば二度と戻れない門を、俺は迷いなくくぐり抜けた。
<越後国 柏崎 鯨波砦 首領家>
「ほほう、『白狼』の兄弟。久しぶりだなぁ」
そういって、髭面の首領が白狼を出迎えた。満面の笑み。潮風に焼かれた赤茶色の髪に北国では珍しい浅黒い肌。銭が描かれた派手な着物。そして、一癖も二癖もありそうな雰囲気。おいおい、いたわ。ジャッ〇スパロウ。
「お久しぶり、と簡単には言えねえなあ。『鯨の新人』。偉くなったもんだなあ。『日本海一の水軍』か? おめぇさんのおかげで、あっしは四方からお尋ね者になっちまったんだぜ。もっと言うこたぁあるだろうさ?」
クール忍者の白狼にしては、棘が鋭い言い方だ。どうやらこの海賊に嵌められた過去があるようだ。
「ああ、分かったぜ。『申し訳御座いません』っと。これでいいかい? 昔話をしに来た訳じゃなかろう? 何せここはおいらの港だ。鯨の餌にはなりたかねぇだろ?」
そういって周囲の子分達を見回す。「いかにもでさぁ」的な悪い雰囲気の海賊たち。
太々しいとはこのことか。大した玉だな。それでこそ口説きに来た甲斐があるってもんだ。
「この先は、俺が言おう。俺は本間照詮。佐渡で村主をしておる。柏崎水軍のお主らに頼みがあってきた。」
「はは。この坊主が話すか? 面白いな。いいだろう坊主。おいらにお願いしてごらん?」
侮っているな、新人。
「頼みと言うのは他でもない。・・・柏崎水軍の新人。お主ら、俺の軍門に下れ。」
「はぁ!?」
新人を始めとした柏崎水軍の面々。まさかの展開に拍子を抜かれたようだ。
「もう一度言おうか? 軍門に下れ」
「おい、兄弟? こいつは何者だ?」
若干呆れ顔の首領。思わず伝説の忍び、白狼に声をかけた。
「本間照詮殿。あっしの主よ。年に騙されるなよ・・・ 妖よりも怖い御方よ」
「はっ。白狼も年取って犬になったか? 前はもっと白刃なんかよりもよっぽど光ってたのによ」
「どう思ってもらっても勝手よ。だがな、お前ぇさんも分かると思うぜ、照詮様の凄さってやつをよ」
白狼からは最上級の賛辞をいただけた。嬉しいな。
それを聞いた新人は笑い出した。
「はは。参った参った! いいぜ、軍門に下る? よろしゅう御座います。この柏崎水軍の力、お使いください」
意外なほどに従属を受け入れた。
・・・まあ、額面通り受け取ることはできないだろうが。
「つきましては、当座の資金を、十貫文(百万円)、頂けないでしょうか? 乳飲み子を五人も抱える哀れな手下ですから」
「じゅっ、十貫文?」
白狼の手下が驚く。そりゃそうだ。十貫文あれば数年は贅沢三昧で暮らせる。
「お、そうか。弥太郎!」
俺は弥太郎に命じた。
「わかっだ。」
膂力無双の護衛は、麻布製の丈夫なリュックから30kgほどの金属の塊を取り出した。
ドン!
「ほら、十貫文だ。受け取れ。乳飲み子を飢えさせてはならんからな」
荒糸でしっかり縛ってある一貫文(銅銭1000枚)。それが10束で十貫文だ。
・・・
(おいおい。本当に出しやがった)
(十貫文だぜ? 今日会った奴に十貫文、渡す奴がいるか?)
海賊の子分達は互いに顔を見合わせ、目を白黒させる。
俺、環塵叔父、白狼、弥太郎は泰然自若といったところだ。どう出る? 新人?
「・・・はは。これは有難い施しでございます。貧しい我が子のために一肌脱いでいただき、感銘を受けました」
しかし、まだ続ける。
「ただ・・・年老いた爺婆が四名おります。極楽浄土へ旅立つ準備のため、もう十貫文必要でして・・・」
ドン!
言い終わるや否や、弥太郎がさらに十貫文を積み上げた。合わせて二十貫文だ。
(な、なんでぃ。こいつら!?)
(・・・妖か何かか? 二十貫文だぞ?!)
ニヤリと笑い、額に汗する新人。
(「日本海に新人あり」と恐れられる程の存在となったこの俺。口説きに来た奴はいたが、ここまで思い切りのイイ奴は初めてだぜ。嬉しいじゃねぇか・・・ だが・・・)
さらに言葉を続ける新人。芝居がかった動きに拍車がかかる。
「・・・照詮様の御威光は、かのお釈迦様にも届きましょう。これで年老いた爺婆を往生させられます。・・・ああ、ここまでお助けいただきましたのに申し訳ありませぬ。船の補修にさらに三十貫文! これが足りずに我が柏崎水軍、船を出すこともままならぬ状態でして。まあ、あと三十貫文など、とても無理でし・・・」
ドンドン、ドドン!
環塵叔父から、絹袋が投げ出された。
片眉だけピクッと動かしたのち、新人はゆっくりと袋に手を伸ばす・・・
・・・砂金だ。見たこともねぇぐらい入ってやがる・・・
(バケモンだな。こいつら・・・)
「まだ何かあるか?」
俺はスマイルで交渉をするのが好きだ。笑顔になれば皆、幸せになれる。そうだろう?
・・・
「白狼? この小僧は・・・」
「小僧ではないぜ。本間照詮様だ。分かったかい?」
開いた口が塞がらない新人。
おいおい、それじゃ日本海一の海賊の名が泣くぞ?
(これじゃいかん。やられっぱなしじゃ。何とかせねば・・・ そうじゃ! あれで黙らせてやろう)
海賊が余裕を失ったら御仕舞だ。板一枚隔てた下は死の海。時化にも動ぜぬ胆力を身につけた海賊の首領はこのままでは終わらない。
「参りました。照詮様。降参です。降参いたします。五十貫文、確かに。おいらと柏崎水軍は、貴方様に従います」
浅黒い顔をした海賊は頭を垂れた。相変わらず嘘くせ~奴だ。
そして、急に最初のようなべらんめぇ口調に戻った。
「ただ、力量を示してもらいてぇ。とても簡単な賭けだ」
そう言うと、懐から古びた永楽通宝を一枚取り出した。
「ここに『永楽通宝』が一文ある。字が書いてある方が表、何も書いていない方が裏。これを」
海賊が早業で、右手でピーンと跳ね上げた。回転する銅銭。そして、落ちてきた所を新人が左の掌でパシッと受け止めた。
「表が出てたら、お前さんの勝ち。五十貫文はすべて返しましょう。何も書いていない裏が出てたら俺の勝ちだ。五十貫文を、倍の百貫文にしてもらおう。どうだい、乗るかい?」
何とも海賊らしい賭けじゃないか。面白そうだな。
表と裏が出る確率は等しく50%。表が出れば0、裏なら100か。
五十が百になろうが、大して痛手ではないが。さてさて・・・
・・・まあ、気になる賭けだよな。変な所がある。
俺は少し考える。海賊の面々はニヤニヤ笑い中だ。
・・・
弥太郎を見た。うん、やはりそうだよな。
分かったぞ。
「よし、決めたぞ」
俺は決めた。
「おお、乗るかい?」
喜び勇んで問いかける新人。
「いや、乗らない」
ガクーン
ズッコケる新人たち柏崎水軍の面々。
「おいおいおい・・・嘘だろ。飛んだ腰抜け野郎だったな! そんな奴じゃ俺たちは使いこなせねえぜ? なぁ、そうだろ?」
ハハハと笑う海賊たち。
しかし、俺は答えた。
「いや、だって、その永楽通宝、どっちも裏だろ?」
(!?)
「な、弥太郎?」
「ああ、すりかえてた。あと、回ってる、どうせんみた。ぜんぶ、字がけずってあ゛った」
大体、表か裏か選べない賭けなんて、怪しすぎるだろ。
・・・というか、鬼小島弥太郎。なんつー動体視力だ。回転している硬貨の柄が見える?!
「くっ、くっ、くっ。はははッ!!」
大声をあげて新人は笑い出した。
「ははッ! 大した野郎たちだぜ! こいつに引っかかった奴は百はくだらねえってのに!」
心から声が出た。
左の掌を除けてやった。『永楽通宝』の文字が削り取られた銅銭。裏返して見せると、こちらにも書いていない。そう、インチキだ。だが、インチキの何が悪い? 引っ掛かる奴が悪いんだ。自分の愚かさの代金をおいらに渡せばいいのさ。だがこいつら、それをまんまと見破りやがった。
(こんな底なしの連中、初めてみたぞ。上杉や長尾の連中なんて、堅苦しく言うだけで何もしちゃくれなかった。だが、こいつは別だ。別世界の者みたいだ。こいつについてきゃ、退屈なんてしなくて済みそうだ。)
「気前もいい、度胸もいい、それでいて賢い。俺たちの力、どんどん使ってくれよな」
「ありがとよ。とりあえずは、小木の港を足止めしてほしい。襲う必要はない。姿を見せて牽制してくれるだけでいい」
「そんなもんかい? まだまだできるぜ? 何といっても、俺たちは『日本海一』だからな!」
佐渡の平定、そのほかにも大きな仕事が出来そうな面々だ。頼りにしているぞ?
「『とりあえずは』だ。もっと大きな仕事になると思うぞ。鯨波の皆には鬼ヶ島への渡し船以上の働きをしてもらわんとな!!」
新人は派手な着物をたくし上げ、大きな左手でドンと胸を叩いた。
「任せときな! ぃよし! オメエら、酒だ! 酒もってこい! 歓迎の宴を開こうじゃねぇか!!」
「おおー!!」
海賊と言えば酒だ。手荒い歓迎会となりそうだ。
だが俺は、子どもだから酒は飲まんぞ! 酒は飲んでも飲まれるな!
・・・環塵叔父は『酒!』と聞くと、もう舌を舐めずりまわしている。生臭坊主だなぁ。
この時代の水軍の話と言えば、和田竜先生の「村上海賊の娘」が非常に有名ですね。漫画化や映画化もされているので、知っている方も多いのではないでしょうか。
瀬戸内海まで出張ることになれば、ぜひ絡みを書きたいですねぇ~(*´ω`)
始めは、どう考えても「敵」でしょうけどね。
海の話は大好きなんで、広げていきたいと思っています。
海賊の名は、知り合いから~(´∀`*)ウフフ
作中の「三津七湊」
安濃津 - 伊勢国安濃郡(三重県津市)
博多津 - 筑前国那珂郡(福岡県福岡市)
堺津 - 摂津国住吉郡・和泉国大鳥郡(大阪府堺市)
(坊津 - 薩摩国川辺郡(鹿児島県南さつま市)が入っていること説もあり)
三国湊 - 越前国坂井郡(福井県坂井市)、九頭竜川河口
本吉湊(美川港) - 加賀国石川郡・能美郡(石川県白山市)、手取川河口
輪島湊 - 能登国鳳至郡(石川県輪島市)、河原田川河口
岩瀬湊 - 越中国上新川郡(富山県富山市)、神通川河口
今町湊(直江津) - 越後国中頸城郡(新潟県上越市)、関川河口
土崎湊(秋田湊) - 出羽国秋田郡(秋田県秋田市)、雄物川河口
十三湊 - 陸奥国(津軽、青森県五所川原市)、岩木川河口
(wikiより)
やっぱり日本海側が多いですね。
陸路があまり整備されていない時代、また荒れていた時代に、大量に安全に荷物を運ぶ船は、今のトラック輸送とは比べ物にならないくらい重要だったのでしょうね。
「清濁併せ吞む」ように、主人公は色々な勢力と輪を広げていきます~
ご愛読、評価、ブックマークありがとうございます(*´ω`)今後ともよろしくお願いいたします。




