第二百十五話 ~過剰請求~
<天文十六年(1547年) 三月 摂津国 堺湊 天王寺屋 分店内 >
「…… 持之様、本当にやるんですかい?」
「当たり前のことを言うねえ? やるって言ったらやるんだよ?」
手代の一人が、天王寺屋番頭の持之の言葉を確かめていた。
「二束三文の壺を『五十貫文(五百万円)』と吹っ掛ける。そろそろやべえんじゃねえですかい?」
「ははは、何を言うんだい? あんなおのぼりさん達、どう考えても鴨中の鴨じゃないかい? 身形からして金はありそうだし、先生方に囲んでもらえば、何とでも言うことを聞くと思わないかい??」
「ま、まあ、そうですけど……」
「それとも何かい? 細川の血続きのアタシの言いつけが聞けない、とでも言うのかい?」
「そ、そんなことは…… !」
慌てる手代の素振を見て、痩身細面の番頭持之は冷たく笑った。
持之が天王寺屋店主津田宗達から細川の血筋を用いて無理矢理出したこの分店の中の品物は、安物偽物ばかり。天王寺屋の看板が掲げてあるから誰しもが信用して買っていた。
しかし目利きの利く商人には見破られる。
その時は態と傷つけさせたり割らせたりしてその代価を要求する。相手がゴネれば手飼いのならず者達を嗾けて脅し取る。「スッポンの持之」と呼ばれる手口だった。
「…… これは酷いですな。『全て絹』と書いてありますが粗悪な麻が多く使われております」
「小鬼はん! こっちの屏風や扇子の出来も酷いモンでんがな! 一貫文(銅銭千枚≒十万円)どころか、こんなものは五十文でも高い代物ですよって!」
「この壺なんて見ろよ~! 取っ手が今にも取れそうだぜ~ 『とってもひでえや』 はは~」
「「…… 尚久……」」
持之はギロリと目を剥きながら、商品を見破るこの一行を越後かどこかから出てきた成金商人達と予想をつけた。
(あの真ん中の若造が商家の若旦那かい? 間の抜けた面してるねえ?
…… 佐渡の阿呆が堺の町を焼くなんて噂はあるが、そんなことはないだろうよ? 堺を焼くなんてできっこないさ? でも、念の為に品物を掃いておくかねえ?)
「ははは、お客さん達? うちの商品はどれも堺で知らぬ者はいない『天王寺屋』お墨付きの逸品ぞろいだよ? 難癖を付けるのも程々にしてくれないかい?」
「いや、だってよ~ 物がさ~」
「そうです! こんな……」
ガチャン!
「…… え?」
「あ~らら? やってくれたねぇ?」
手代の一人が商人一行の中で一番若い小姓の足元に態と安物の茶碗を置いた。小姓は咄嗟に避けたが、手代は擦ったような振りをして茶碗を自ら割った!
「ち、違う! 僕は割ってないぞ!」
「あらあらあら? 悪い事をした人はみ~んなそう言うんだよ? その茶碗はこの店の中でもとびきりの品なのにねえ?」
「…… 幾らだ?」
商人一行の中心にいた、目つきの鋭い若者が持之に凄んだ。持之はその若者の目を見てビクッと一瞬震えた。だが喰われてはなるまいと、元から用意しておいた言葉を発した。
「そ、そうねえ? 百貫文(約一千万円)?」
「ほう! このガラクタが、か?!」
「ヒッ!? え、ええ! そうよ?! 何か文句でもあるの? せ、先生方? 何してるの!? 早く来て?」
ガラガラガラッ!!
「「ヘイッ! 大番頭様!!」」
店の奥部屋からは酒の臭いを漂わせた四名の男達がどやどやと肩を揺らしながら現れた。
「どう? 分かる?! アンタ達の置かれている意味が!?」
「…… 焙烙頭巾? お前、知ってたな?」
「さぁ? 何をでしょう?」
凄みのある若者は、横に立っていた壮年の頭巾を被った男に意味あり気に話しかけていた。
「ちょっと! 払うの?! 払わないの!?」
「…… 一度だけ警告しておくが。俺達に関わらない方がいいぞ?」
「ヒィィィ!!?」
悪徳番頭は恐怖した。底知れぬ若者の気味の悪い声に。
だが、端金で雇われた腕の悪い用心棒達にはそれを感じ取ることができなかった。
「ああん? てめぇ、大番頭様に逆らうってのか?」
「今すぐズタズタにしてやろうかぁ? あぁん?!」
「どうしてもってんなら、許してやるぜ?」
男達の凄味に若者は明るく答えた。
「ほう!? どうしたら許してもらえるんだ?」
「え? そりゃ、おめぇ……」
「ひ、百貫文、耳を揃えて払いやがれッ!」
「んー、今は持ち合わせはないんだが? 京の都には心当たりがあるんだが!?」
あっけらかんと答えた若者。用心棒達は訳が分からなかった。
「京だあ?! そんなに簡単に行けねぇぞ!?」
「じゃあ共の者を呼んでいいか?! 共の者と一緒に百貫文取ってくるぞ! それならいいだろう?」
若者は脅されているのが分かっていないかのようにウズウズと体を揺らし始めた。
悪徳番頭は一抹の不安を抱いた。だが言い逃れできないように証拠を残すべきだと閃いた。
「待つんだよ?! 売買証文を残させて貰うよ? 『天王寺屋』と『お前の店』との公のやつだよ? いいかい!? 逃げられはしないよ!!?」
「ああ! それそれ! それを待っていたんだ! 逃げも隠れもせん! 今すぐ書くぞ!!」
「…… いいよ? それでいいなら?」
「あと、この店はガラクタが多すぎる! そしてこの区画も治安が悪すぎるな。一千貫文払うから、全部好きにしてもいいか?」
「…… 百貫文という金の高さに、気が触れたかねえ? 一千貫文(約一億円)?」
痩身細面の番頭は訝しがった。店? 区画? だが細かいことは気にしないことにした。こんな店に一千貫文なら安いもの。それに西南地区をどうにかできるならやってみるがいいと。
絵空事より金だ。物的証拠があれば必ず取りたてることができるから。持之はほくそ笑んだ。
サラサラサラ
売買証文は書き終わった。
一千貫文、取り立て料として半分取られたとしても、持之の懐には五百貫文が転がり込んでくることになったのだ。
「…… ヒヒヒッ!? お前さんも馬鹿だねえ?」
「ん? 何がだ?!」
「『紙を書けば逃げられる』とでも思ったんだろう? でも残念だったねぇ? うちの取り立ては日ノ本一厳しいんだよ? アンタが京だろうが越後にだろうが逃げ出しても、必ず取り立てるんだよ?」
「ああ、それはないな」
「何だって?!」
形の整わない字を書いた若者は二本の指を立てた。
「精々二番だ。何故なら、俺達が一番だからだ。日ノ本一は、な」
「…… その減らず口、どこまで続けられるか見ものだねえ? さあ、さっさと『共を呼んで京へ向かいな』よ!? 」
「言われずとも、な。 …… 忠平!」
「は、はい! 殿!!」
「…… 殿?」
細川家血続きの番頭は何故か血の気が引いた。
(商家の当主を殿と呼んだ?)
「何か大きな間違いをした」、悪徳番頭はそんな気がしたが……
「全く、二度も『過剰請求』に合うとはな…… 喰う側だと思っている奴ほど、喰いやすい、な……」
それは気のせいではなかった。
「忠平! 船からみんなを連れてこい!!」
「はいっ!!!」
快進撃の始まりです(((o(*゜▽゜*)o)))




