第二十一話 ~春日山城 「天か魔か」~
<越後国 直江津 春日山城城内 評定の間>
「どうしてこうなった・・・?」
俺は、滝汗を掻きながら城の中にいる。
いや、正確には春日山城の天守の評定の間、越後守護代長尾為景の目の前、しかも多くの名だたる武将たちの前に座っている。
多くの戦、死地を乗り越えてきた歴戦の武将達の視線がグサグサと突き刺さる。
痛い! 痛すぎる!
話は昨日まで遡らねばならない・・・
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<越後国 直江津 林泉寺>
「天室光育師。私、本間照詮は、佐渡ヶ島を平定しとう御座います!」
言った。言ってしまった。大それた野望だ。しかし、誰かがやらねばならない。
人の死を目の当たりにした。混乱を続ける佐渡ヶ島。貧困と暴力が渦巻く佐渡ヶ島。
混迷する島を、戦乱の世から救いたい!
俺にその資格があるか分からない。力が足りているかは知らない。だが、挑戦したい。挑戦しなければならない。
慧眼を持つ天室光育和尚は、ゆっくりと思案した。空を見上げ、地に目線を落とし、その後、目を瞑った。
・・・
しばしの沈黙。そして、目を半眼に開いた。仏のようだ。
「よかろう」
・・・え?
まさかの答えだ。
「阿呆!」とか「何故だ!?」「修行が足らん!」とか言われるのを承知で言ったのに。すんなりとOKとか意外すぎた。どうしよう、呆然としてしまった。
「明日、同じ刻。寺へ参れ」
そう言うと、虎千代を連れてさっさと寺の奥へ戻っていってしまった。
「ご、御坊! 明日は長尾家に一千貫文の寄進を・・・!」
俺の叫びは聞こえているのか、いないのか分からなかった。和尚はこちらを一切振り返らずに歩き続けた。大丈夫なんだろうか・・・
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翌日、俺は越後屋に仕立ててもらった最高級越後布製の正装用直垂を着て寺へ向かっていた。
環塵叔父は、一張羅の鳶色の袈裟。弥太郎もそれなりの着物。これは越後屋からの借り物だ。小柄だが筋肉が超盛り上がった弥太郎に合うサイズがなくて、妙にぶかぶかだけどな。
顔の腫れが目立っていたが、昨日の夜から屋敷の赤燕婆ちゃんに秘伝の軟膏を塗ってもらっている。かなり染みたが、傷の治りを早めてくれる。さらに傷を隠すために、忍が使う顔塗りをしてもらった。よく見れば分かるが、ちょっと見ただけでは分からないようになった。
赤燕婆ちゃんは対外的に動く忍びというよりは、裁縫とか細かい手作業、医療や変装などに特化した人みたいだ。ありがとうな、婆ちゃん。
越後屋から渡された一千貫分の砂金は最高級の絹袋に入れ、桐製の高級な木箱に収められている。これは弥太郎が持ってくれている。リヤカーとか一輪車とかあれば持ちやすいだろうが、この時代にはない。もっとも、膂力無双の護衛にはこれくらい屁の河童といった様子だ。易々と持ち上げている。鬼小島に10kgくらいは、どうってことないか。
<越後国 直江津 林泉寺>
林泉寺に着いた。
「御坊、約束通り来たぞ!」
すると、天室光育和尚は・・・
何と、いつもの灰色の粗末な衣ではなく、萌黄色の衣に紫色の袈裟。白いケモケモがついた拂子を持ち、緋色のスリッパまで履いている。どうした曹洞宗!? 華美な服装はダメなじゃなかったっけ?!
驚く俺を後目に、
「ふん。大事であればそれなりの服装はするもんじゃ。ついてまいれ」
と、和尚は説明も適当にスタスタと歩いていく。どこへ行くんだー?
・・・
・・・
<越後国 直江津 春日山城城内 評定の間>
で、たどり着いた先が、評定の間という訳だ。
もうちょっとこっそりとした会談だと思ったんだが・・・なんと大評定じゃないか!?
ボディチェックでは頭の髪の毛一本一本から足袋の中まで、隅々まで調べられた。弥太郎は危険ということで一千貫を渡した後は、控室で待機だそうだ。「大事な護衛なんだ!」と言ったが、聞き届けられなかった。
「御坊、久しいな!」
一番奥に座っていた優美な口髭をたくわえた、世界のケン・ワタ〇ベみたいなダンディー武将が、御坊に向かって親し気に話しかけた。御坊と為景は仲がいいんだな。
「はは。為景様も壮健そうで何よりです。虎千代様も若竹の如く、しなやかに伸びておりますぞ」
「ふふん、あの跳ねっかえりの四男坊か。少しくらい才が秀でていると調子に乗りおって。世継ぎは長男の晴景に決まっておる。あ奴には、寺での修行が相応しいわ」
なるほど。虎千代様は為景に少々疎まれているんだな。世継ぎは決まっているのだから、面倒な子はいらない、という訳か。可哀そうだと思うが、それは現代的な考え方か。
世間話は終わりか。為景は矢庭に強い口調となった。
「して、此度はそこの童を連れて参ったな。どういうことじゃ?」
天室光育和尚は、慧眼を細め、迷いなく言った。
「この者、天賦の才がありましてな。佐渡を平定したいと申しております。その許可を貰いたくて連れてまいったところです」
「天賦の才・・・? フフッ、ハハハ、ハァーッハッハ!」
為景は、堪え切れずに大口を開けて笑い出した。
それを見た座にいた武将達も、声を揃えて大笑いだ。
「和尚、ちと年を取りすぎたのではないか? こんな小僧に天賦の才?? 和尚が伝えてきたのはこれで二人目じゃぞ? 虎千代の次はその小僧か? はは、これは愉快じゃ!」
言うなり、周囲はさらに大爆笑だ。
ガハハ! ワッハッハ! ヒーッ!
涙目になり、膝を叩き、指を指して笑っている者までいる。
・・・
俺も和尚も環塵叔父も、一切笑いはない。
くそっ。俺を貶すだけでなく、御坊に向かっても軽口を叩くとは・・・
これまでビクビク恐れていた自分は消え去り、怒りの炎で頭が冴え渡ってきた。
「笑い事では御座いませぬ!」
和尚は語気を強め、熱を込めて答えた。
「この者、幼きにも関わらず、禅の何たるかについて気付きつつあります。礼に秀で、節を知り、己の弱さを熟知しております。さらに戦の読みに関しては鬼才! 『軍神』と称してもよろしいでしょう。既に儂の技量を遥に越えております!」
一瞬の沈黙の後、場の空気が一気に、嘲笑から騒めきに変わった。
「・・・何だって? 『軍神』?」
「天室和尚より技量が上!?」
「そんな馬鹿な・・・? 童だぞ・・・?!」
笑っていた為景は、和尚の言葉を聞くと真顔に戻った。
(先代からの御縁のある御坊。冗談を言う方ではない。まさか本気で? 試してみるか・・・)
為景は頬杖を外して俺の方を直視し、問いかけた。本題はここからだな。
「ならば聞こう。童。お主、何者じゃ? いかがして佐渡を収める?」
頭は冴え切っている。
侮ったな? 長尾為景とその一味。答えてやろうじゃないか。
「失礼を承知でお答えさせていただきまする。某、佐渡国羽茂郡は千手村が村主、本間照詮と申します。齢六つなれど、既に三十を超える手勢、五艘の廻船を用いた商家、十万貫文(百億円)を超える資金を有しております。越後屋、忍びの軒猿とも交流があり、懇意にさせて頂いております。明日には柏崎の水軍(海賊衆)も我が味方となりましょう。某の持つ資金を用いて五百を超える兵を廻船にて佐渡へと渡らせ、始めは羽茂本間氏、次いで河原田本間氏、終いに雑太本間氏を屠る計画、着々と進んでおりまする。既に、初めの羽茂本間氏を打ち破る手筈は十二分。唯一つ、羽茂本間氏と長尾家との血縁の繋がり、越後帰還の際の助力の義恩の縁のみが些かな憂いで御座います。然らば此度、一千貫文を用意してまいりました。佐渡での某共の戦、『長尾家は与り知らぬこと』と言っていただけるのであれば、長尾家に一千貫文の矢銭を寄進させていただきます。二十年余前の出来事、力ある者が生き残る時世。長尾家の皆さまのご英断をお願いいたしまする!」
・・・絶句
場は凍り付き、長尾家の歴戦の武将達が、妖か魔物にでも逢ったような表情を見せた。唯一人を除いて。
(商家? 十万貫文?)
(戯れ言か・・・?)
(・・・ 嘘だろう? ・・・六つ?)
だが、童子の目からは嘘偽りの様子が微塵にも感じられない。天室光育和尚や連れの和尚からも、少しも怯んだ様子が見られない。
剛力無双の勇者たちを差し置き、この場を支配している僅か六つの童子。曇りなき眼で主君、為景を見つめている・・・
・・・
(何も言うことができない。何者だ! この童!? 誰か何か言ってくれ!?)
長尾家の評定の間、武将達は硬直して瞬き一つもできない。
そんな中、沈黙を打破しようと、評定の間の中では俺に次いで若いであろう侍が問いかけた。
「あー、おほん。一千貫文を寄進すると言ったが、それは誠であろうな? 持ってきておるのであろうな? 『後で持ってくる』など発足は通用せぬぞ?」
(若様! 不用意すぎますぞ! 嘘を言っている声では御座らん!)
武将達は為景の長男、長尾晴景の一言に明らかに困惑した。
「これはこれは・・・ ご心配をお掛けして申し訳ござらん。某の供が一人で担ぎ入れ、長尾家の家中の方にお預けしてあり申す。・・・ですな?」
俺は案内役の侍に目をギンと向ける。
三十を過ぎたろう侍だが、ビクッと体を震わせた。彼は急いで控室に戻ると、弥太郎が運んできた砂金の入った木箱を評定の間に運び入れた。そして、中央に置いたその上等な木箱の蓋を開けた。中にある絹袋を恐る恐る開く・・・
キラリ、キラキラ
磨き上げられた砂金粒が、袋の中から眩い光を放つ。一千貫文。間違いなかろう?
眩しい光を見つめながら、長尾家の武将たちは再び呆然とした。
(まさか、本当に持ってきておるとは・・・)
(美しい・・・)
(着ている着物も越後布の最高品。足利将軍ぐらいじゃぞ、あんな物を着ておるのは・・・)
(・・・何という化け物を連れてきたのじゃ、和尚!?)
(天の者か。もしくは魔の者じゃぞ! なんたる妖。本当に現世の者か!?)
再び、場が氷付く。
だが、そんな空気を跳ね抜けたのは、越後守護代、従五位下長尾信濃守為景だった。
「はは! 御坊の言う通りじゃ! 天賦の才。見せてもらったわ。これは信じるしかなさそうじゃ!」
大きく声を上げ、愉快そうに為景は笑う。しかし、主君を二度殺した戦国の奸雄。そう簡単に折れはしなかった。
「照詮。お主の器、野望、大した物じゃ。言っておったことも真じゃろう。・・・じゃが聞こう。もし仮に儂がこの一千貫文、『受け取らぬ』としたら、どうする?」
受け取らない、ということは、羽茂本間の味方となるということか。なるほどそう来るか。だが、答えは用意してあるぞ。
「お納めいただけぬ、ならば致し方ありませぬ。諦め申す」
ホッ。周囲の空気が少しだけ緩む。
「ですが! 某はやりますぞ! 佐渡を平定するまで、この魂、止まりはしませぬ!!」
死を目の当たりにしてきた。嘘偽り、冗談や思い付きで言っているのではない!
引くに引けない。俺は、やり遂げなければならない!
(!!?)
当惑する家臣団。
が、刹那の間を開けた後、飛んでもないことを叫んだことに気づくと、魔物に対する怒りが噴きだしてきた。
「小僧! この長尾家に盾突いてでも、羽茂本間氏を攻め滅ぼすというのか?!」
「何という増長!」
「痴れ者め!」
矢庭に殺気立つ評定の間。光育和尚、環塵叔父にも詰め寄ろうとする。
「待ていぃ!!」
その刹那、怒気を含む皆を制するように声を上げたのは、領主為景だった。
「仮に、じゃ。仮の話じゃ。受け取らぬとは言っておらぬ。上杉との決戦が間近に控えておる。そうそう佐渡へ後詰めを出すことは難しかろう。それに銭はいくらでも必要じゃ。お主の気持ち、受け取ろうかと思うぞ」
為景からは穏やかな声が聞けた。どうやら予定通り事が進みそうだ。
しかし、
「お待ちくだされ」
声を上げたものがいた。残念ながら、そう簡単にはいかないか。
主人公に大見得を切らせました('ω')
「見得」は、「自分を誇示するような態度・言動をする」で「切る」ものですが、で、「他人によく見られる様にうわべを飾ること。体裁をつくろうこと」は、「見栄」を「張る」のようです。
作中、長尾為景が主君を二度殺したことに触れました。
1507年に上杉房能を殺して傀儡を立て、1510年には立ち上がってゴラァした関東管領・上杉顕定も殺しています。「二度、主君を殺した奸雄」。知りませんでしたが、戦国時代を代表するような人物だったのですね。戦も大好きですし。
「天か魔か」
対比の言葉って、いいですよね~
戦国で言えば、「天と地と」とか痺れるタイトルですよね。
謙信と信玄の戦いの中に、主人公はどうやって関わっていけるのか? また、そこまで書けるのか!?
気長にお付き合いいただければ幸いです。
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