第二話 ~黄金の島、佐渡~
人を殺した。
人の皮を被ったようなブタだったが、殺したことには違いない。
気付いたが、俺は子どもになっていた。しかも、現代ではなかったようだ。
しかし、深く考えている時間はない。俺はすぐに行動しなくてはいけない。
ブタに殴られて吹っ飛んだ少女・・・(レンと呼ばれてたな)は、まだ気を失っているようだ。
小屋の端に運び、体を横にして片膝を前に出す回復体位をとらせた。
そして、ブタを殺した塊・・・どう見ても金塊だ。恐ろしいくらいに眩しく黄金色に輝いている。どうして囲炉裏の灰の中にこんなものが入っていたのかは謎だ。これもこのままにしてはおけない。隠す適当な場所が見つからない。仕方ないので元あった灰の中に隠すことにした。
…… 重い。
よくこんな物が持てたのか謎なくらい重い。
金(Au)の密度は、およそ 19.3g/cm3。鉄の2倍以上も重い。水の約20倍だ。持てたのは火事場の馬鹿力といった所だろう。両手で抱え両足で踏ん張り、やっとのことで灰の端に隠すことができた。
最後にシズエとか呼ばれていたブタの始末だ。
四散した血垢は、藁で拭いて囲炉裏の火で焼いた。藁が燃える匂いで若干は薄まるだろう。
俺も血みどろになってたんだ。どうとでも誤魔化せる。
問題はこのブタの体だ。
ブタの両足を両肩に担ぎ、一歩、また一歩と進んだ。
ズルズル、ズルズル
この小さい体には堪える重さだ。だらしないブタだ。最後まで迷惑をかけやがる。
家の外に出た。冬に入る手前といったところか。雪は見当たらない。引きずる跡が残らず好都合だ。鬱蒼とした獣道のような細い道を進む。鈍重な錘が体に食い込むが、決死の覚悟で引きずる。
ズルズル、ズルズル
気が付くと獣道は益々らしい道ではなくなっていた。どこを歩けばいいか分からないくらいだ。
竹林もちらほらと見える。どうする…… 考えろ……
ザザッ!
危うく足を踏み外しそうになった! 気が付くと草むらの先が切り立った崖になっていた!
あと半歩踏みだしていたら、真っ逆さまに落ちていたことだろう。心の臓がさらにドクドクと脈打った。
崖下までは30mはあろうか。谷間のようになっていた。川が流れ、河原には岩がゴロゴロと転がっている。上流~中流といったところか。岩の角張りの様子から推測する。
…… これを利用しない手はないな。
俺は必死に引きずってきたブタをドサッと降ろすと、崖下に向かって思いっきり蹴落とした!
ガガガッ、ドン、ブシュッ!
崖の斜面と崖下の岩にぶつかり、ブタの体が汚らしく弾けた。これで崖から足を踏み外して落ちたように見えなくもなかろう。
…… 念には念を入れよう。
俺は周囲を見回し、緩やかな斜面を見つけると、そこから河原へと降りていった。ブタを引きずってきた体の重さで息があがる。あと少しだ。
ブタの体の所まで降りてきた。このままだと、見たときに岩に後頭部がぶつかったように見えない可能性がある。俺は手頃な大きさの鋭く尖った岩を見つけると、ブタの後頭部目掛けて殴りつけた。
ブニュ、っと鈍い音がした。構わずに何度も打ち付ける。何度も何度も。
岩がブタの後頭部の傷に馴染んだ所で、その岩をブタの近くに上向きに置いた。崖から滑り落ち、当たりが悪くて岩に後頭部が突き刺さり死んだというように偽装終了だ。
疲労はピークに達し、今にも倒れそうになりながら、ふと崖の反対側の斜面を見つめる。何か光ったように感じた。
…… 何だろう?
体は悲鳴をあげていたが、俺の好奇心の方がそれに打ち勝った。対岸に渡れるような川幅の狭い場所を見つけると、川の中の岩に目星をつけて慎重に対岸へと渡った。
そして、さっき光ったであろう部分の斜面に辿り着くと、その土壁の部分をそっと撫でた。
…… 嘘だろ
そこは、金色だった。
信じられないという思いで、さらにその周りも手で撫でた。金の壁が続いている。金だ。黄金だ!
対岸一帯の崖の斜面が、金の露頭なのだ!
唖然とする俺の鼓動が、川を流れる水の音と混じり合い、奇妙なハーモニーを奏でた。
戦国の世、黄金の島佐渡に転生した俺は、意図せずしてこれから永きに渡る黄金との出会いを果たしたのだった。