第十六話 ~離間の計と炮烙頭巾~
小説をUPしてから、12日。
まさか、まさかでブックマーク1000件に(´;ω;`)
「50件いくのも難しい」
とフレに言われていたのが、あれよ、あれよと言う間に四桁へ・・・
知識も文章力もまだまだな私の小説なのに、運やタイミングも味方してくれたみたいで・・・感謝感激です( ;∀;)
これからも、読者の皆様に喜んでいただけるような作品作りを目指していきたいと思います。応援ありがとうございます!
<佐渡国 羽茂郡 千手村 寺>
俺の目の前には、密教の世界観を表した曼陀羅が掲げられている。
ここは村唯一の寺。これからの動きを整理するため、俺は人を退け、寺の中で座禅を組んだ。
・・・・河原田本間氏と羽茂本間氏の間に楔を入れねばならない。10年ほど前に惣領家の雑太本間氏を倒すために手を組んだ仲ではあるが、次は自分こそが佐渡を束ねる領主になろうと互いを牽制しているはず。そこを後押しできる策を実行できれば、山頂から落ちた小石が周囲を巻き込み大岩となるが如く、大きな大きな綻びとなっていくだろう。
・・・惣領家の雑太本間氏は、力が急速に衰えているとはいえ、名目上は佐渡国の国主だ。その権力を利用して、羽茂本間氏にプレッシャーをかけることはできるはず。嘘やでっち上げでも、目の前に起きたこと、見たことならば信じない訳にもいかないだろう。黒蜘蛛からの情報を聞き、攻め方を考えるべきだ。噂通りの男ならいいのだがな。
・・・八日後、斎藤のクソ野郎共が村へ来る。あいつらは俺がまだ直江津から帰って来ていないと信じているはずだ。小木の港は羽茂本間氏の息のかかった者ばかり。何かあればすぐに手勢を出すはずだ。俺が直江津から小木に戻ったと報告があれば、得意の言い掛かりをつけて牢屋にぶち込みそのまま殺すことを、その辺の雑草を刈るより容易く行うだろう。
ミナを送り込んだことで、千手村をコントロールしようと斎藤は考えたはず。領主の本間高季は、斎藤の傍若無人な振る舞いに気づいているのか? もし気付いているのであれば、相当な悪人だな。気付いていないのであれば、相当な無能だ。いずれにせよ、目の前の障害であることは間違いない。
・・・一番の悩みどころは、羽茂本間氏と長尾家との繋がりだ。俺の持つ力をフルに活用することで、一か月後に羽茂本間領主、本間高季を打ち破る青写真は描けていた。しかし、その先に越後最大勢力の長尾家が待ち構えているとすれば、話は別だ。余りにも時間と戦力が足りなすぎる。今はこちらに肩入れしている越後屋だって、敵に回る可能性が高い。
今、俺が使える長尾家とのパイプとなると・・・
・・・離間の計、同情を装って相手を動かす計、空海屋の舟を使って直江津に戻る空蝉の計。そして長尾家と敵対しないための計・・・4つを全て成功させねばならない。
・・・よく練ろ。考えろ。自分が痛んでもいい。大局的に俯瞰して物事を考えろ・・・
俺は、ゆっくりと目を開いた。
頭の中は氷のように冴えきっている。
目の前には曼陀羅。
曼陀羅の中心、大日如来から「期待している」と言われた気がした。
気のせいだろう。俺は神や仏を信じない。
だが、何かに縋りたい思いは、あるのだろう。
目の前の数多の仏様達に深く礼をして、俺は陽の差す方向へと歩みを進めた。
____
<佐渡国 雑太郡 河原田城 城下>
河原田城、またの名を獅子ヶ城。
河原田本間氏の本拠地だ。20mほどの小高い丘の上にあり、旗が立ち並び、威勢のいい戦闘訓練らしき声が聞こえる。さすが佐渡内で今最も勢いのある氏族だ。
俺は、その獅子ヶ城の南にある城下町に来ている。魚屋や米屋、酒屋などの店が立ち並び、人々の活気が伝わってくる。
「・・・やるのか? 照詮?」
「おお。手筈通りに頼むぞ」
環塵叔父と目を合わせる。叔父が助けに入るタイミングが重要だ。
「ワシの子飼いの蜘蛛も潜ませております。うまく絡んでくださいませ」
黒蜘蛛は商人の格好のまま、ひっそりと、他人のようなナリで俺に話しかける。相手にするのは黒蜘蛛の手下だ。合図は左胸に右手を添えること。手ひどくやってくれるなよ・・・?
叔父と、荷物を背負った護衛役の弥太郎がその場を離れ、魚を買うようなそぶりを見せる。黒蜘蛛も近くに潜む。
俺は城下町の大きな酒場に一人で入った。6歳の子どもが入るのは場違いだ。
酒場の中には7~8人が昼間から酒をあおっている。2~3人はごろつき。4人は侍の格好をしている。河原田本間氏の者のはずだ。そして、ごろつきの中の一人が、こちらを向いて右の掌を左胸につけた。決めていた合図だ。蜘蛛だな。
俺は、急に大きな声で悪態をつき始めた。
「あ~あ! 辛気臭い街だなあ! しみったれて、ろくな店がないな~!」
のんだくれ、侍、主人、酒場内の目線が一気に俺に集まる。
「何だと!? 小僧!?」
蜘蛛が手筈通り俺につっかかる。ドスドスと足音を立てて俺の目の前まで来た。
演技とはいえ、怖そうな人だ。すげー酔っぱらってそうに見える。目つきもいっちゃってる感じ。
「羽茂本間の小木の港の方が、ず~~~~と賑やかで華やかな街だもんな。しかたねーな!!」
「とんでもねえことをいいやがる! ここは佐渡で一番勢いのある、河原田本間様の城下だぜ! どこの口が言うんだ!?」
「だって、本当のことだもん。羽茂じゃみんな言ってるよ! 河原田はしみったれでドン臭いって!」
「野郎!」
ゴスッ! と男が俺を殴った。俺の体は店から飛び出し、道まで飛んだ。手加減してくれてるはずだが、相当に痛い。
「この河原田の悪口は、お天道様が許しても俺が許さねえぞ! 泣きべそかいて謝れ!」
「何べんだって、いってやらあ! しみったれた北の猿共だ! 猿みたいな奴ばかりだ! 領主が猿顔だからだ!」
「てめぇ! ご領主様に向かって!」
ゲシッ!
今度はケリだ。俺の腹を目掛けて蹴り上げた。一瞬、体が宙に浮いて、道にまたゴスッと落ちる。
「何だ何だ?」
「餓鬼が何か悪口を言ってるようだぞ?」
周囲の人々も集まってきた。いいぞ。集まってこい。
「羽茂本間こそ、佐渡国の領主だ! 河原田に向けて兵を用意してるんだからな! 猿顔の間抜け領主と一緒に、お前らなんてあっという間に日本海の底に沈んじまうぞ! カニのエサになっちまえ!」
「まだ言うか!」
男は馬乗りになり、俺を両手で殴り始めた。ちょっ! 痛い! やりすぎ!
必死で防ぐ俺。その最中、黒蜘蛛は野次馬を装って流言飛語を流す。
「確かに、小木では兵が集められていたなあ。あれは河原田に向けた兵なのか」
「何だって?」
町民が驚いた表情を見せる。
「河原田は佐渡の主には相応しくないとか、言ってたような・・・はて、聞き間違いじゃったかのう」
「前からそんなことを聞いたことがあるぞ?」
「やっぱり、思ってたよりも仲が悪いのかねえ。戦になるのかねえ」
いいぞ。その調子だ。酒場にいた侍にも吹き込んでいる奴がいるぞ。そのまま領主まで伝わっちまえ!
・・・てか、このごろつきに扮した蜘蛛男、いつまで経っても俺を殴るの止めないんだけど!
演技だってば! やりすぎだ! 環塵叔父、何してるんだ!
「おら! もう一発じゃ!」
ごろつきが更に殴ろうと拳を突き出そうとした瞬間、
パシッ
群衆から歩み出た白い炮烙頭巾を被った侍が、その拳を止めた。片手で易々と。
「何しやがる!」
「大の大人が小僧相手に、みっともないとは思わないかね? 大きな力を必要以上に振るうのは『匹夫の勇』としか言えんぞ」
侍はごろつきに沈着冷静に語りかけ、拳をフンと突き放した。ごろつきは態勢をよろめかせたが、収まるどころか「なんだと?」とさらに怒り心頭だ。
そこへ、ようやく環塵叔父がやってきた。
「おうおう、申し訳ない。この小僧、自分が思ったことを何でも正直に言ってしまう奴だっちゃ」
「ん? 誰じゃ!? 乞食坊主が出てくる時じゃねえぞ!?」
「ほんに申し訳ないのう。拙僧は、この小僧の主じゃて。この小僧、どうにも口が止まらぬ奴ゆえに、拙僧の下働きの修行に出されておる者なのじゃが・・・こやつめ! またやりおったか、戯け!」
バシッと叩かれる。ひどい!
「これより先の仕置きは、拙僧に任せておくっちゃ。ここは、これでお怒りを鎮めてくれっちゃ」
と言い、乱暴男に小粒銀を渡して拝む。男は、「チッ」と舌打ちをしたが、銀を袖口に入れてまた酒場へ戻っていった。周囲の人垣もそれを見てわらわらと散っていく。侍4人は、互いの顔を見て頷き合い、城の方へと向かっていった。
環塵叔父は、「仕方ないやつじゃ!」とボヤキながら、俺を立たせる。
一応はやることはやったな・・・
そこへ、先ほど止めに入った侍がボソっと耳元で囁いた。
「小僧、何を考えておるか知れんが、儂の目は誤魔化せんぞ」
「!?」
こいつ、気づいていたのか!?
「おおよそ、『離間の計』と言った所だろう。うまくやったものだな。何が狙いだ? 誰に頼まれた?」
「・・・俺が、俺のためにやった。俺と俺が大切な者を守るために必要なことじゃ」
俺は平静を装うように、着物の砂ぼこりを払いながら答えた。
「河原田と羽茂を引き裂くか・・・佐渡は益々荒れるやもしれんな」
「一時的な荒れはある。が、俺が平定する。俺が佐渡を泰平に導く」
強い意志を侍に向けた。ボロボロの体、ズタズタの着物、しかし瞳は爛々と輝いた。
!?
今度は侍がたじろいた。
(小僧、なんという目をするのじゃ。まるで修羅か仏じゃ・・・)
「・・・小僧、お主、侍を求めてはおらぬか?」
「? 超絶絶賛募集中じゃ」
「儂が入ると言ったら、どう答える?」
面白いおっさんだな。
「そうだな。『三顧の礼』をもってしても手に入れたいな」
一瞬にして俺たちの魂胆を見抜いた知恵者だ。離間の計を見破り、河原田と羽茂の争いの先にある佐渡の行く末を予知した者だ。どうあっても欲しい。
白頭巾の侍は驚きつつも、満更でもないというような顔をした。
「ほう、後漢の故事まで知っておるとは。気に入ったぞ。まずは一顧としようか」
「なんじゃそれ。あと二顧ってことか?」
そこへ、「駿河守様!」と炮烙頭巾のお供らしき侍が数名やってきた。
「お主が生きておればな。ではまたな。幼い劉備殿よ」
そう言っておっさん侍は去っていった。何だよ。名前も名乗らずに。
<佐渡国 雑太郡 寂れた道>
俺は叔父と共に雑太の方へと歩みを進めた。
しばらく歩いて人気がなくなったのを見計らって俺は叔父に言う。
「叔父。出来はどうだ?」
「なかなかええんちゃうかな。綻びは作れたじゃろ」
叔父は無精ひげをなぞりながら、また他人事のように話す。
「じゃが、あの変な頭巾を被ったおっさんにはバレてたぞ」
「ほほ。大した者じゃな。まぁ、大丈夫やろて」
いつもながらに飄々とした叔父だ。本当かな?
「おれ、あるじがしんぱいになった。たすけにはいろうか、まよった」
「ありがとうよ、弥太郎。演技だから大丈夫だ。手筈通りだ。にしても、ちょっとやられ過ぎたけどな!」
そう言ってニヤッと笑うと、屈強な護衛も俺の方を向き、少しだけにんまりとした。
「いやはや、うまくいきましたな」
いつの間にやら、黒蜘蛛が俺の傍で歩いていた。流石忍び。商人のなりをしているが、身のこなしは常人ではないな。
「疑心暗鬼。人の心ほど操りやすい物はありますまい。あとはさらにワシの手のものを使って広げていくだけ。蜘蛛が巣を広げるのはお手のものですわい。何せ足が八本ありますからな」
黒蜘蛛はそういうと、ふぉふぉふぉと笑った。
「にしても、黒蜘蛛。お前の手の者、やり過ぎだぞ! もうちょっと手加減するはずだったろ?」
「はてさて。予定は伝えておりましたがな」
黒蜘蛛は意外そうな顔を見せた。
「ワシの子飼いの蜘蛛ではない者が、主様に跨っておりましたので操ることができなんだ。ただ、侍の方には毒を撒いていたので結果よしと見ましたぞ」
「ええ!?」
おいおい。それじゃ、侍に吹き込んでいたのが蜘蛛の手下で、俺を殴ってた奴はただのゴロツキだったのか?
じゃああの合図は?!
「たまたま胸が痒かったんじゃろ!」
環塵叔父はガハハと笑う。おいおい、一歩間違えたら大変だったぞ。
まあ、河原田本間氏と羽茂本田氏の離間の計は始まった。羽茂の方は紫鹿のおばちゃんが同様な手口で悪意をばら撒いてくれる。やり方は・・・やっぱり夜の業を使うのかな?
予定通り、俺はどこから見てもボロボロになった。次の計は、雑太本間氏の領主を騙すことになる。
情に脆くてお人好し。当代の雑太本間の主、本間泰時は聞いた通りの男のようだ。
ごろつきに殴る蹴るされた傷が堪えるが、歩みを止める訳にはいかない。
俺は、あの白頭巾を被った侍が気になりつつも、この先に行う計略に意識を集中することにした。
白い炮烙頭巾の侍・・・いったい何佐美なんだ・・・(*´ω`)
三国志の故事を使って、交流を持たせました。三顧の礼、誰しも知ってるイベントですよね。
何佐美さんが被っている、上がクラゲみたいになって、横に四角い布が垂れてる頭巾は、炮烙頭巾と言うようです。黒田官兵衛とか安国寺恵瓊、大谷吉継とかも頭巾を被っていて、頭巾を被っている人は知略が高いイメージ。
当時は上条定憲の下で長尾為景と抗争中。戦いの最中、お忍びで佐渡ヶ島を視察してる、もしくは本間氏と何かしらの会談をする前・・・というシチュェーションでの出会いとなりました。すぐに配下にするにはもう一声かなと(*´Д`*)超使える人物のイメージだけど、もうちょい我慢。
※追記 老将なイメージの何佐美さんは1489年生まれ。1536年頃を想定しているこの作品では47歳。まだおっさんでいいかなと~(*'ω'*)
ご愛読、評価、ブックマークありがとうございます(*´ω`)今後ともよろしくお願いいたします。




