第百四十八話 ~断罪~
<天文十二年(1543年)八月二十七日 大隅国 熊毛郡 種子島 門倉岬 沖合い>
どうやら間に合ったようだ!
灼熱の日差しが俺を照り付ける。だがここで怯んではならない。今日一日の行動は数年分の価値がある!
「王直と南蛮人を捕えよ!」
「殿! 奴ら逃げ出しそうですぜ!」
「何っ!?」
見れば砂浜に漂泊していたであろうジャンク船が、帆を高げ既に陸地を離れ始めている!
数名が取り残されたらしくギャーギャー言っている声がここにも届く。
ジャンク船の船足は? 帆は? 喫水は!?
…… ふむふむ、なるほど。
俺は静かに右手を挙げて合図を出した。
「さすが倭寇の親玉、逃げ足だけは一級品だな」
「殿! 悠長に構えている場合ではありませんぞ!」
「南蛮人を捕えねば!」
「焦るな、信綱、海太郎。あれを見よ」
「え?」
すると、舞也率いる高速第七艦隊五隻が一気にジャンク船の行く手を阻むように進んでいた。
「あちらは一級、だがこっちは特級だ」
積載容量を減らして水の抵抗を減らし、速さだけを追求した特別艦だ。鈍重なジャンク船など海亀を陸で追うようなものだ。
みるみるうちに五隻はジャンク船に追いつくと回り込み、躊躇なく帆やマスト目掛けて砲撃した!
ドドッ!
ドーン!!
ジャンク船の帆が一気にビリビリと破られ、三本マストのうち一本は倒れた!
どうやら、三田が撃ち込んだ弾は鎖弾だな。人員や船体を狙うものではなく、帆やマストを損傷させることを目的にした弾だ。船を沈めるのではなく止める為の砲撃。いい選択だ。
「ウワアアアアアアアッ!!!」
そして、接舷しての白兵戦が始まった。
相手は百名ほどいるが、第七艦隊の船員はその三倍以上。加えて兵達は鍛錬を重ねてきた佐渡水軍の精鋭、ボロ雑巾のような倭寇になぞに決して負けはせん。
「エイエイ、オー!」
「エイエイ、オー!!」
うむ、勝鬨が聞こえる。あれよあれよという間に拿捕したようだ。
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<天文十二年(1543年)八月二十七日 大隅国 熊毛郡 種子島 門倉岬 沖合い 龍王丸甲板>
「クソッ!! 何てことしやがる!」
「年貢の納め時だな、王直」
傷だらけになり褌一丁になった王直、さらに三名の南蛮人が三田率いる第七艦隊から俺の旗艦龍王丸に連行された。
「xxx、xxxx」
「殿、この南蛮人三名は『俺達はポルトガル人の商人で、難破した所を王直に騙されて連れてこられた』と申しております」
「ほう? そうか」
海太郎が訳してくれたことを確認した。どこまで本当か疑問だがな。
「お、おい! ちげーぞ! そいつらは馬六甲や暹羅で悪さをして逃げてきた奴らだぞ!」
「ほうほう」
「xxxx! xxxxx!!」
王直とポルトガル人三名は縄で縛られながら口喧嘩を始めた。どうやら仲間割れの様だ。
まあ、ポルトガル人の裁きはポルトガル人に任せるとするか。
「来年三月にはポルトガルの船が来る。三名はそれまで、対馬に幽閉しておくぞ」
「承知しましたっ!」
俺の沙汰に海太郎が返事をした。
ポルトガル人三人は商人だって言っていたが、目つきや動きから判断するに嘘くさい。どう考えても海賊だ。王直と共謀して種子島にやってきた線が濃い。
というか、ポルトガルの日ノ本特務大使レイリッタは「自分達以外の者は日ノ本に来させない」と言っていた。だから、この三名はそれを無視してやってきたのだから処罰される可能性が高い。しばらくしたら対馬から逃げ出す筈だ。そこを咎めて牢屋行き、うん、これでいこう。
「おい! 小僧! 俺が倭寇の親玉だって知ってるんだろ? 俺を怒らせたらどうなるか分かってるんだろうな?」
「あ゛ん?」
王直の野郎、どうやらこの俺を恫喝するらしい。
「明国や朝鮮で仕事してる奴らを、全部こっちに連れてきてもいいんだぜ? ここら一帯、ズタズタに引き裂くぜ? いいのかッ?!」
「なるほど、悪党らしい交渉方法だ。恫喝して他人を思い通りに動かすつもりか」
「へっ、それの何が悪いっ!」
「数々の湊を襲い、人々を騙し、殺めてきたこと、反省はないのか?」
「はん! よえー奴が、騙される奴が悪いんだよ!! 坊やは大人しく……」
やはりクソ野郎だ。散々悪事を働いておいて、反省の「は」の字もない!
俺はクソ野郎が一番大嫌いだ!
「黙れ!!!」
バンッ!!
「ヒッ!?」
「王直! 調べはついている!! キサマの人を人とも思わぬ蛮行、決して許さん!」
「な、なっ…… 」
「平戸の館も叩き壊した! キサマの帰る場所はもう海の底だけだ!! 覚悟しろ!!」
「なっ!? い、嫌! ままま、待ってくれ!!」
涙を浮かべ怯んだ王直。
どうやら命乞いをするらしい。
「お、俺の持ってる道を使えば、明から硝石を持って来れるぜ? いいだろう?!」
「いらん! 道は自分で切り拓く!!」
「グッ?!」
「人々の血を汚く啜ってできた道なぞ使わぬ!」
ブルっと震えた王直。
もう俺の肚は決まった。
「お、お、俺様を殺せば、り、り、『龍の姐さん』が黙ってないぜ?」
「龍の? 誰だ?」
「龍造寺周家の正室の! 『かず』様だ! あの方は怖いぜ?」
「なるほど、お主のようなクソ野郎と繋がっているクソ女だな? 覚えておこう」
「ま、ま、待てっ!!」
いい加減、こんな奴と話すのは飽き飽きしてきた。
「弥太郎、頼む」
「…… あ゛い」
弥太郎が腰の刀をスラリと抜いた。
「ま、待て! た、た、頼む! 助けてくれ!!」
「お前は、命乞いをした者を、一度でも助けたことがあるか?」
「う゛…… 」
「やれ!!」
「う、わああああぁああああああああぁああああ!!」
ザシュ
悪党の首が、胴から離れた。
倭寇? かず? おとといきやがれ!!
「種子島へ船を寄せるぞ! 挨拶だっ!」
「ははっ!」
鉄砲の伝来は阻止した。
だがこの先はまったくの未知の海だ。
種子島はどうする? 種子島家と繋がっているあの島津家は?
それに、第二、第三の王直が鉄砲を運んでくるかもしれん。
琉球への道は? その先は?
…… 青写真は描けている。赤い血は大量に流れる。だが、実行するのみだ。
…… いいさ。
やってやる。やってやるよ。
俺はくるりと振り向き、ポルトガル人三名に極めて優しく微笑んだ。
「じゃあ、しばらく大人しくしてろよ?」
ジョォー
尿が漏れる音がする。どうやら三名とも失禁してしまったようだ。
言葉は通じないはずだが、おかしいな。優しく言ったはずなんだが?
2020年2月末から書き始めた「佐渡ヶ島から始まる戦国乱世」は、百四十八話、五十万字を越えました。正直、ここまで来れるとは思っていませんでした。
皆さまのおかげです、ありがとうございます(*´ω`)
本作品を書く中で長尾為景、神保長職、大内義隆など馴染みの薄かった人物に触れることができ、調べる度に自分自身「おおっ、そうだったのか!」という驚きの連続でした。調べる、知る、考える、まとめる。歴史小説を書く奥深さを味わう毎日です。
2020年、ご愛読ありがとうございました。
来年こそ日ノ本統一! さらにその先まで成し遂げたい\( 'ω')/ !
皆様、良いお年をお迎えください。
引き続き2021年もよろしくお願いいたします(/・ω・)/