第十四話 ~空海屋~
<佐渡国 真野湾 真野港>
その日、いつも通りの穏やかな真野湾に、見知らぬ二隻の廻船が入ってきた。旗にある家紋は、長尾家の「九曜巴」、本間家の「十六目結」とも違う。「風に波」…見慣れぬ紋だ。
「おい、だれかおるか? 知らせに行ってまいれ」
港の警護をしていた侍大将白井孝之は、主君雑太本間氏と、実力者の河原田本間氏にそれぞれ報告の使いを出した。
ここ真野港は、佐渡の中央に位置する国仲平野の西、国府である雑太郡の玄関口。近くには、佐渡国の中心、国を束ねる雑太本間氏の居城、雑太城がある。北へ行けば、河原田本間氏の居城、河原田城も見える。
主家である惣領家雑太本間氏は、数年前に国主の威信をかけて佐渡での覇権を確立すべく兵を挙げた。しかし、河原田本間氏と南の羽茂本間氏の連合軍に敗れ、急速に勢いが無くなっている。越中や加賀での一向一揆の余波も、国仲平野を中心に佐渡国でも続いている。
(もうそろそろ、主家を見限って河原田本間に付くべきかのう)
そんな思いを胸に抱きつつの白井孝之は、本来ならば必要のない河原田本間への使者も出した。白井家は羽茂本間の家老職を歴任する名家。しかし孝之は次男のため、雑太本間傍流の養子に出された。一向に日の目を見ない惣領家の様子と自分とを重ね合わせ、少々うんざり気味だ。……これを機に河原田の殿様から「気が利くのう」と思われれば……そんな打算も働いての行動だった。
二艘の船は、どちらも帆や船体に痛みや汚れはここからではほとんど見当たらない。新品ではなかろうが、それほど年月は経っていないようだ。三十人ずつぐらいが二隻、といった所か。武家とは思われないが……商家の船か?
伝馬船(小型の連絡船)を出したが、何事もなく普通に戻ってきた。どうやら商家の船らしい。
この港に越後屋と柏崎屋以外の船が来るのは稀だ。もちろん来ない訳ではないが、それほど大きな商いにはならない。こちらから出せる物と言えば、米や柿、魚介類、稀に見つかる西三川の砂金や山で見つかる銀などの鉱物や宝石類など。佐渡に住む者としては申し訳ないが、正直な所、旨味のない地だ。
船が着岸した。物腰の柔らかそうな爺が降りてきた。主だろうか?
「これはこれは、お出迎え有難う御座いまする。私共は、直江津の港で新たに立ち上げました商家『空海屋』で御座いまする。私は主の黒兵衛と申します。佐渡の港との商いを広げるべく、馬や反物、農具や酒類などをお持ちいたしました。よろしくお取り計らいをお願いいたしまする」
悪気の一切ない、商人特有の笑顔だ。
「相分かった。商いの許可証を見せよ」
「はは、こちらに御座いまする」
許可証には、長尾家と越後屋からの「商売を許可する」という証が記されていた。問題なかろう。
「うむ、間違いないな。それでは荷を検めさせてもらおう。数刻(数時間)かかるが大人しくしておれ」
「勿論で御座いまする。お忙しい中、大変で御座いまするな。お手柔らかにお願いいたしまする。おお、そうそう。これはホンの気持ちで御座いまする。よろしくお願いいたしまする」
と、会話の途中で翁から袖の下に渡された物があった。こっそりと受け取ると、大きさの割に大層な重量があるものだ。
まさか、と思いちらと見れば、碁石ほどもある金の塊だった! これだから港役人は止められぬな!
「お、おほん。本日は日も暮れて参った。荷はワシが直々に見た所、問題は無いように見える。下船を許すぞ」
「お話の分かるお役人様で、大変ありがたく思いまする。荷を下ろし、また七日後には真野港へ来る予定ですから、その際も……ぜひ」
爺はそういうとニッコリと微笑んだ。また頂けるというのか! 毎日でも来てもらいたいものだ!
空海屋は、二隻の船から荷馬に積んだ多くの物資と、人員を下ろした。
商人とは思えぬ筋骨をした者や、七つほどの童、六尺はありそうな巨漢、顔を布で覆った者も見られたが、大層な袖の下を頂いているのだ。またの荷下ろしに支障が有ってはならん。詮議立てることは止めておこう。
者共は、「様々な所で商いを伸ばしたい」と移動していった。
主家と河原田本間氏には、「新たな商家が来た。大変実直で誠実な者共故、詮議不問」と答えておこう。
それと、港受け入れの当番は、必ずワシにしてもらわんとな。
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「うまく雑太に入れましたな」
役人と交渉した爺 ~軒猿の忍びの一人、黒蜘蛛~は、さきほどの能面・翁のような商人の顔は捨て、能面・小悪尉のような恐ろし気な顔に戻した。
「うむ、ご苦労。素晴らしい腕だな。というより顔か」
俺は黒蜘蛛の交渉術に恐れいった。相手に取り入り、懐に入り込む能力に長けていると聞いたが、ここまでとは。そうして取り入った相手の腸を、蜘蛛の牙で徐々に食い破る。味方としてはこれ以上ない存在だ。相手にしてみれば地獄だろうが。
一昨日、俺の配下になった軒猿縁の忍びのうち、白狼と赤燕は直江津に留まってもらっている。軒猿から可能な限りの人材を引き入れ、越後の長尾家、周辺の国衆を中心に情報を集めてもらっている。
黒蜘蛛と紫鹿には、空海屋の役割を担ってもらうことにした。心を操ることが得意な黒蜘蛛は主役で、惣領家の雑太本間氏、実力者の河原田本間氏、それぞれと交渉を介して、配下の子蜘蛛達(男も女も)8人を懐に入れさせ、情報を引き出してもらう。蜘蛛の糸で覆いつくし、最後は蜘蛛の毒で、という狙いだ。紫鹿おばちゃんは番頭役で、羽茂本間を主に担当してもらう。手下は女ばかり4人。お色気の術とかあるのかな? 期待していいみたいだ。
「空海屋、なかなかよかろう?」
環塵叔父はしたり顔だ。越後屋から譲り受けた船二隻を使って、商家を立ち上げる。あと三隻もらえることになっているので、さらに船を増やしていきながら、自前の交易ルートを拡充させていく。兵員や物資の輸送といった兵站も担う。空海とは、遍照金剛空海様から取ったことに間違いはない。
越後屋におんぶにだっこでは自由に動けない。自前の物流は必須条件だ。
「付近の農村と取引をする体で、遠回りをして千手村へ帰る。先発隊はそこで羽茂本間氏への備えを行う。俺はしばらくしたら、もう一度直江津へ行って更なる戦力を手に入れてくる。まだ二十日ほどある。着実に手は進めていくぞ」
「羽茂本間の方は、私の担当ね~」
人の良さそうなおばちゃんに見えた、~軒猿の忍びの一人、紫鹿~は役割を確認した。島の南、羽茂・小木まで行くが、千手村までは一緒に向かう。
「そうだ。紫鹿には、空海屋の交易をしつつ南の羽茂本間氏に取りいってもらう。情報を引き出すように、うまく気に入られて欲しい。そこが一か月後からの戦略目標だ。迅速に頼むぞ」
「はいな~」
そういうと紫鹿は、その辺のおばちゃんといった体から、急に妖艶な熟女のような雰囲気に変わった。「おおっ」と周囲から声が漏れるほどいいオンナになった。変幻自由だな。
「主様、我らは千手村で準備ですな」
巨漢の椎名則秋、身の動きの素早い捧正義、膂力無双の小島弥太郎など18人、3日前に日戸市で雇い入れた戦力全てを、まずは千手村に移動する。防衛戦の準備だ。斎藤からの嫌がらせが続いているかもしれない。村主の俺が村の皆に顔を見せて安心させてやらねば。
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<佐渡国 羽茂郡 千手村>
真野港から千手村へはかなり時間がかかり、着いた頃にはもう夜中だった。
行燈の明かりを頼りに、ようやく村へ着いた。くたくただ。
「おお、照詮様。よくぞご無事で」
仲馬おじ達、村の大人が出迎えてくれた。レンは寝ていたのだが、俺が帰ってきたと聞くと跳ね起き、走って「おかえり!」と猛烈に抱き付いてきてくれた。嬉しいなあ。
「皆、変わりはないか? 約束通り力を手に入れてきたぞ。更に増える予定じゃ!」
「おお、それは! ですが・・・」
嬉しそうな表情を浮かべる反面、憤りを隠せない村の皆。
どうやら、留守の間にも斎藤の奴、かなりの嫌がらせをしてきやがったようだ・・・
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Sadogashima_Island_Relief_Map,_SRTM-1.jpg) wiki様の地図を引用、加工
この物語の佐渡国の地図 ~大体こんな感じと思っていただけたら(*´ω`)
訂正 二見港x ⇒ 真野港
真野港から羽茂城までは、海沿いを通って約25kmくらい。
千手村は17kmくらい。ただ、山道で舗装もされてないので時間はかなりかかりそう。
西三川は真野港から海沿いに10kmほど下った場所。この辺は平安時代の1100年ほどから砂金が取れたようです。西三川ゴールドパークは一度だけ行ったことがあります。砂金探し体験などもできるので楽しかったです(*'ω'*)
作中の千住村付近からは、金が出たという記録は無さそうです。金山で有名な相川は河原田城から北へ5kmほどの場所です。ですから作中の「不入の谷」は創作ですが、ただ、「もしかして出たら~」という作品ですので、ご理解とご了承をいただければと思います( ;∀;)
佐渡の国の中は、雑太本間氏・河原田本間氏、羽茂本間氏の三国志状態(*´Д`)
史実では、雑太が消えて河原田と羽茂がバチバチ。そのうち1589年に越後の上杉景勝に両本間家は討伐されてしまうのですが・・・
島で同族同士の戦いとは、混迷した戦国乱世を如実に表すような歴史ですね。キテ〇様なら、「みんななかよくして! おともだちでしょ!」とお怒りでしょう(*´Д`)
章立て機能に気づきました\( 'ω')/ ここから第二章です!
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