第百十話 ~大沼小沼~
<天文九年(1540年)十一月 蝦夷 道南 宇須岸舘~大沼>
道南の仕置きを終えて、俺は今日ようやくアイヌの酋長と会談することになった。
道南十二館のうち、残っていた抵抗勢力は降伏すれば国替え、反発したら殲滅させた。この辺りは厳しくいく。甘えは許されない。
和人本拠点としての象徴とも言うべき勝山舘は廃城とした。せっかく切り拓いた場所なので捨てるのは勿体ないが、悪い思い出は残さない方がいい。俺にとってもアイヌの人々にとっても。
道南十二館のうち、俺は二つの拠点だけを残した。
一つは大館。
現代で言えば松前町だ。渡島半島の西南で北日本海から最も近い。対馬海流の影響を受けるために北海道の中でも最も温暖。雪も少なく寒暖の差も少ない。平地もそれなりにあるし、近くには川も流れていて水利もいい。松前藩の拠点がここだったのもうなずける。とりあえずここを羽茂本間の拠点とする。有望な漁場が近いのも利点だ。ウニやアワビ、マグロも楽しみだ。
大型の船の行き来する港の整備は急務だな。
もう一つは宇須岸館。
言わずと知れた函館市だ。下田と共に、黒船来航と共に開港された港。夜景で有名な函館山が城塞砦として非常に優れている。どこからも四方を見渡せて敵が来てもすぐに発見できる利点は大きい。太平洋方面へ艦隊を派遣したり、交易品を運んだりすることにも重宝しそうだ。
こちらは荒れ果てているため、一から作り直すことになる。だが壊してから作るよりはよっぽど楽だ。水利があまりよくないのが難点か。
函館山は眺めがいいからなあ。時間ができたら登って周囲を見回したいものだ。残念ながら夜景を楽しむには程遠いが。
俺は上機嫌で馬を走らせていた。
宇須岸~大沼までの道のりを弥太郎、信綱、白狼、仲馬達と共に進んでいる。会合の場所が大沼と聞いて驚いた。前世の俺の超地元じゃないか!
「殿! ちと早うございませぬか?」
「もうすぐだ! この山を越えれば『駒ヶ岳』が見えてくるぞ!」
俺は馬が横たわるような形をした、高さ1133mの雄大な秀峰、北海道駒ヶ岳を思い出した。それをもうすぐ見ることができる! そりゃ進める馬も速くなるさ!
よし、ここからだ! どうよっ! って、
「…… あれ?」
そこには俺の想像とは全く違う、富士山のような形をした大きな成層火山が聳え立っていた。
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<天文九年(1540年)十一月 蝦夷 道南 小沼 沼畔>
しばらくあんぐりと口を開けてしまった。ビックリした。
見てから気付いた。駒ヶ岳は江戸時代だったかに大爆発して前世の形になったんだ。だからこの時は富士山のような蝦夷富士のようなものだったんだ。羊蹄山みたいだな。これはこれで見事だが。呼び名も違うだろうな。
加えて、だんごで有名な大沼もなかった。あったのは小沼と蓴菜沼だけ。火山の影響で川が堰き止められたり、岩が降ったりしてきて現代の大沼公園ができたんだった。五百年ほど昔だと全然違うもんだな。
「あぁ、でもこの先は結構同じだ! ちょっと行って来る!」
「ちょっっ!! 殿!」
俺は小沼の畔に向かって駆けだした。まあ、こんな山の中だ。大丈夫だろ。
俺は森を抜けて沼畔に着いた。紅葉が鮮やかに色付き、それが沼の水面に映えて絵画のように美しい。これだよこれ! 大正時代に函館の開港と共に作られた、日本で最も歴史のあるリゾート地の風景だよ! 『千の風』の原点だよ!
そんな感じで一人で俺が盛り上がっていると、
パチャン
と音がした。 ん? 魚でも跳ねたかな?
音がする方を見ると、そこには……
「あっ……!」
裸の、俺と同じくらい年の娘がいた。
顔の彫りが深く、すらりと伸びた手足。明褐色の美しい肌。腕には複雑な模様の入れ墨が入っている。アイヌの娘だ。沐浴中だったのか、何も身に羽織っていない……
……
思わず見惚れてしまった。
てかこれじゃ犯罪者だよ! 覗きだ! 出歯亀だ! 何か言い訳しなくちゃ!
「ぽ、ポロトポント!!」
……
アイヌ語でポロトは「大沼」、ポントは「小沼」。大沼公園のある七飯町のマスコットゆるきゃら二人の名前です。
……
あぁ! もう無反応だよ! 俺の知ってるのはサムスピのナコ〇ルくらいなんだよ! もっとゴル〇カムを読んでおけばよかったよ!
「ルイベ! カムイコタン! カムイワッカ! チャシナイ! ユーカラ!」
知ってるアイヌ語を連呼した。
ルイベは鮭を冷凍した保存食。カムイコタンは……
そんな焦ってる俺に向かって入れ墨のある娘が話しかけてきた。
「あせらなくていい」
えっ……?
娘は表情を変えずに冷静に答えた。意外なことに日本語だ。
「はなしはきいている。わじんでしょ? あっち」
細い指先を東の方へ向けた。会合のある集落の方角を指差したようだ。
「あっ…… はい、ありがとう。よかったらこれ、使って……」
俺は羽織っていた黒貂毛皮の防寒着をそっと置いた。十一月の湖水で水浴びとか寒そうだし。
俺はなるべくそっぽを向きながら元来た道を後ずさりした。そういや、アイヌの人の中には和人と交流をもって日本語を覚えている人もいると聞いた。ごく少数だが。あの娘はその一人なのかも。
「殿、どうなされました? 上着は!?」
「問題ない。集落はあちらのようだ」
俺は少女が指さした方に顔を向けた。白く細い煙が数本、晩秋の空に立ち上っていた。
大沼・小沼・駒ヶ岳の歴史に関しては、書籍やウェブサイト等で学ぶことができました。
「駒ヶ岳」と名のつく山が日本にはいくつもあるのですが、北海道で駒ヶ岳と言えば道南のこれしかありません。寛永17年(1640年)の大噴火によって山頂部が崩れ、1700m級だった富士山型の山が今のような形になったそうです。
その激しさは、空を厚く火山灰で覆われ、火砕流が起き、多くの死傷者を出したそうです。
駒ヶ岳には、「アイヌの人々から追われて大館から大沼まで逃げて自害した和人と娘がいて、その和人が乗っていた馬が駒ヶ岳に上っていった」という伝説があります。(wiki様参照)
アイヌの人々から逃げるのであればそんな内地に逃げたら助かるはずもないとは思うのですが、そのように伝えられております。作中の娘が日本語を話せることと関係があるかもしれません。
大沼公園は、四季を通して湖沼と駒ヶ岳が色鮮やかに変化していく姿が美しいです。風光明媚という言葉につきます。
オススメは夏です。涼しいです。お盆休みが終わってしまいそうですが、新函館北斗駅から車で30分程度。東京駅から5時間もかからずに付くことができます。だんごと牛乳、わかさぎ、ソフトクリームがシーズン問わずオススメです。
サム〇ピはガルフ〇ード使ってました。ゴル〇カムはさらりとしか読んでません><