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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
「目覚め」
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第十話 ~蟾蜍か鷹か~

 日戸市は、メインストリートと呼べる大路とは少し離れた広場で開催されていた。

辺りは雨風をしのぐだけの掘っ立て小屋的な物がいくつか並び、商談のためだろうか、取引ができそうなやや大きな家屋があった。

 普段ここは無人の広場なんだそうだ。ただ一点の用途を除き……


 …… ここの商品は、「人」だ。

 「日戸」は「ひと」の隠語か。


 戦で敗れた者、乱取りで捉えられた者、借金の身代わりに親に売られた子どもなど。政府公認の人身売買だ。長尾家の者らしき役人も見える。

 この時代、どこの地域でも多かれ少なかれ行われていたはずだ。ここだけが特殊な訳ではない。だが、縄で手を縛られた、絶望したような目をした人を見るのは堪える。


「かなり集まっておりますよって。百はおりますかな」

「うむ、仲介を頼むぞ」


 直江津の豪商、蔵田五郎佐と番頭がその場に着くと、周りの者達は「顔役が来たぞ」「越後屋さんや」と少しざわついた。この地域ではかなりの影響力があるみたいだな。声が大きくて汗掻きだが。


 役人に挨拶をする。

「越後屋でございます。本日競りに参加させていただきます。よろしゅうお願いしますよって」

「うむ、心得た」

 すると、掘っ立て小屋の前へと役人に案内された。競り会場だな。


 引き連れているのは、長尾家の家紋「九曜巴」に加えて、「九曜」の旗を掲げた黒ずくめの集団だ。中心にいるのは二十台後半くらいの目つき鋭い勇壮な武将だ。どうやら彼らが先陣を切って乗り込み、乱取りしてきたようだ。自分たちが連れてきた者共を管理して、誰が買うのか見定めるといった所か。


「では、まずは働きのよい男から」

 進行係らしき役人が告げると、30人ほどの男達が現れた。どの男も精悍そうで強そうだ。


「越後屋、この男たちは?」

「長尾家に粛清された妙高、越中辺りの侍じゃろうて。よき働きをしそうですな」

「皆、擦り傷くらいはあるが、腕や足などちゃんと付いてるな。激しい戦じゃなかったんだろうか?」


 俺の言葉に越後屋は低い笑いを浮かべる。

「怪我して売り者にならんものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 …… 殺してきたってことか。俺は自分の浅慮を恥じた。体が震える。


 最初の男が台に上がった。中肉中背だが、身の動きが素早そうな男だ。耳がやけに大きい。

「三百文から」

 役人が告げると、

「三百!」「三百五十!」「四百!」と値が上がっていく。やはり、働きの良さそうな者には値が付く。田畑の仕事、荷運び、護衛、戦、様々な用途があるからな。

 しかし、五百文まで上がると声は止まってきた。これくらいが相場と言ったところか。


「どうしましょ?」

「買いたい」

 俺は即答した。元武士であれば今一番欲しい戦力だ。何人いてもいい。

俺の回答を聞いた蔵田五郎佐は、番頭に目配せした。すると、番頭が「六百!」と声を出してその競りを終わらせた。これで俺は、戦働きできる人を1人手に入れたことになる。


「中々に羽振りがようおまんなあ」

 そんな越後屋を見て、蛇のような顔をした商人がこちらに絡みついてきた。

「これはこれは柏崎屋さん、今は少々高こう出しても、人が要り様ですよって」

 商人らしい笑顔で蔵田五郎佐は返した。相手は柏崎港を仕切る商人か。


蛇はさらに絡みついてくる。

「初めから余りに飛ばしますと、息切れしますえ。息切れしたら後が苦しいおまっせ」

初めの男をもう少しで落とせたことに、少々苛々を募らせているらしい。

「いつもながらにご心配有難いことですよって。けんどもこれでも息は長いほうですよって」

蔵田五郎佐も負けじと返す。殴り合いなどはないが、言葉でバチバチと火花を散らす。これが商人の喧嘩か。


「お稚児さんを連れてまんなあ。お可愛いですが、お孫はんでっか? お育てするのもええでんが、ここはちいと山椒が効きすぎるんと違いまっか?」

 俺に絡みついてきたな。俺は蛇が嫌いなんだ。

「ありがとうな。蛇みたいなおっさん。だいぶ()()()()が効いてる所だ。けど、俺も引けないからな。よろしく頼むよ」

「…… すぱいす?」

 意外な言葉を返されて、柏崎屋は困惑気味だ。環塵叔父は笑っている。多少の嫌がらせなど今の俺には意味がない。村のために全力を尽くす、危急存亡の秋なのだ。


「ま、お手柔らかに願いますわ」

 そう言って、柏崎屋は離れていった。次の競りが始まる。これはまた強そうな男だ。六尺(約182cm)ほどもあり、眉が太く、頬に傷がある。腕や足の筋肉が盛り上がっている。平均身長が五尺一寸(約154㎝)ほどなのだから、群を抜いて大男だ。

 役人が告げる。

「この者、武者働きで三名分の働きをした豪の者。七百文から」

「七百!」「八百!」「八百五十!」値が上がる。


「どうしますよって?」

「買いだ」

 即答だ。強い者はノータイムで買いだ。越後屋は番頭に目配せする。


「一貫文(銅銭1000枚)!」

 番頭の声で辺りが静まりかえる。また一人競り落とした。柏崎屋はこちらを見てチッと舌打ちをする。


「この感じで()()()()

 俺は越後屋に告げる。

()()ですよって!?」

 越後屋はトレードマークの大きな声と滝汗に加え、目を丸くして俺の方を見る。大きなおでこから、汗が滴り落ちる。


「要り様とはお聞きしよりましたが、戦でもするつもりですよって?」

「……」

 俺は無言でYesと答えた。越後屋は少し難しい顔をしたが、クライアントの要望を十二分に把握した上でこう答えた。


「競りは暗黙の了解っちゅーもんがありますよって。一人を買ったら次は控える。二人連続だとちと例外ですよって。それが三十も続けば、競りが成り立ちませんよって」

「しかし、俺には人手がいる」

「確かに必要なんでしゃろ。でんも、今だけではおまへんでっしゃろって。長く付き合うには相手を思いやるのも重要ですよって。相手に花を持たせるため、ここは十五で抑えておきまひょ。これでもこの蔵田五郎佐、物(商品)を見る目は確かですよって。安心しておくれやす」


 俺は環塵叔父の方を見た。知らず知らずのうちに、俺はこの叔父を頼ってしまっている。

 叔父はウンと言うように首を縦に振った。ここは言われた通り、蔵田のおっさんにお願いするとしよう。


 そう言うと蔵田五郎佐は、並んでいる男の列を見て目星をつけると、戦働きできる者を見定め、厳選して落札していった。強そうに見えても病を患っている者、大男でも心が弱そうな者、俊敏そうに見えても命令に従わなそうな者などは他の商家に譲った。

 結構凄い男だったんだな。相変わらず汗ヤバイけど。


「最後の戦男になります。この男、異形の姿にありますが()()()()()()()()()()()()()()()()になります」

 何だって? 十人を瞬時に!?


 どんな巨漢かと思ってみると、なんと四尺(約120cm)ほどしか背がない男だ。しかし、到底、小男とは言えるはずもなかった。

 何故ならば、腕や肩、胸板、足、それらがまるで岩のようなゴツゴツした筋肉の鎧をまとって膨れ上がっていたのだ。特に、肩の筋肉が異様に盛り上がっている。首がほぼ見えない姿、まるで蟾蜍(ひきがえる)だ。


 台に上がったその筋肉蛙は、重そうな瞼で周囲を見回した。その直後、「グアアア!」と大きく叫んだ。威圧しているのか、警戒しているのか、自分の状況に憤っているのか。それは異形と言っても何ら不思議ではなかった。暴れまわるこの蛙のような男を、黒武者達数名が必死で抑え込んでいる。


「三貫文(銅銭3000枚)から!」

 周囲が大きく響動(どよ)めいた。この人とも思えない者が三貫文?! 高すぎる! 


「これは、無いですな」

 越後屋は平然と言った。他の商家も手を挙げようとはしない。十人を殺す力があるので三貫文とつけているのだろうが、余りにも値が高すぎる。


「どうしてこんなに高いんだ?」

「まあ、買う者がないということで、城内で嬲り殺しするか、もしくはどうにか働きをさせるよう仕込むってことですかもしれませんよって。言葉を喋るのも苦手そうです。いずれにせよ、買いはありえまへんですなぁ」

 蛙男は引き続き周囲を見回し、唸って暴れている。


 ……


(これだけの筋肉、戦働きできる腕、唸っているのは失語症か何かか? 目は死んでいない。周囲を探す様子、もしかしたら・・・?)


俺は決めた。


()()()

「ひょえええ!?」

 直江津の豪商は飛び上がった。


「正気ですよって?!」

「ああ、マジだ。あいつは使える」

「後悔しますよって? あんな蟾蜍(ひきがえる)みたいなモンを?」

 俺は、強い意志を示す瞳を、蔵田五郎佐に向けた。滝汗の蔵田五郎佐。それを見て面白そうに無精ひげを掻く環塵叔父。


 それでも尻込みする商人。業を煮やして俺は叫んだ。


()()()!」


 会場全員の目が俺に集まる。

「十貫文!?」

「とんでもない!」

「正気か?」

 周囲が再び響動めく。


 黒揃い武者の中心の武将だけは、「ほう」と感心したような声を出した。



 きっと、この男は俺を助ける者になる! 

 俺は自分の直感を信じた。



 天空高く舞っていた鷹が、ピィーーッと鋭い声を響き渡らせた。

日戸市は創作ですが、人身売買するのに「売りますよ!」とは流石に戦国の世でも声高に言えないと思うので、端っこの方かなと思って書きました。



家紋については、「家紋と名字」(西東社)を読んで使わせて頂いております。識字率が低い戦国時代に、文字が読めなくても相手を認知できる家紋は重宝されていました。それぞれに意味があり、またデザインも素晴らしいものが多いので、ちょくちょく作中に出させて頂こうかなと思っています。

上杉家は「竹に雀」ですが、まだ関東管領を謙信が譲られていないため、桓武平氏由来の長尾家の「九曜巴」をつけています。真ん中の巴の周りに8つの巴がくっつき、雷様の太鼓のようです。


越後の長尾家は、度々越中(富山県にあたる地域)に攻め入っていたようです。

謙信の祖父・長尾能景は、1506年10月の越中での「般若野の戦い」で一向一揆・神保慶宗連合軍と戦って敗死。謙信の父・為景は、仇討ちを含めて長期にわたる抗争を繰り返していたようです。年代的に少し齟齬があるかもしれませんが、全体的に物語が進めばいいかなと、若干強引に進めさせていただいております><


黒ずくめの武将、蟾蜍のような男については、次話で~(*´ω`)


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