第15話―2 真意
第3章のタイトルを変更しました。
順調に本文が長くなっており、予定を変更しました。
また、各タイトルに話数を入れ忘れていましたので修正しました。
「!!」
そう、その情報は一木達も知ってはいた。
現場で回収したイツシズの配下が仕掛けた火薬は湿気った不純物だらけの黒色火薬であり、到底石橋を破壊するだけの威力は無かったのだ。
しかし、まさか当の皇女がそれを知っていたとは……。
「二年位前か……ミルシャ覚えているか? 騎士団の薬式鉄弓でわらわが試し撃ちしすぎて文句言われた時の事を」
「あ、はい。覚えています」
「いくら何でも二、三百発撃ったくらいで年間の訓練と実戦運用に支障が出るなど、おかしいと思って帳簿を調べたらな、兄上が懇意にしている商人が火薬の輸送に関わっていたのだ。あとはいろいろと手を尽くして、帝都にある穀物の倉庫に、隠匿火薬の山を見つけた……が、やつら火薬を火を付ければ爆発する便利な粉くらいにしか思っていなかったようだ。あんな雑な扱いでは、とても北方工業都市で使われるように石の建造物の破砕や鉱山の掘削に使うことなど出来はしないと……あ、この事は秘密にしておいてくれ? 北方工業都市の火薬の独自使用は帝国法違反だからな」
火薬の工業利用は無いという情報だったが、なるほど。北部の都市までは諜報課の手が足りなかったという事だ。
もしかすると鉱山自体が秘匿されているのかもしれないが、結局のところは一木自身の情報収集に関する確認不足だ。
マナとの個人的な問題に気を取られて疎かになっていた。そう言われても何の反論も出来ない。
「なるほど。それでは我々はとんだ道化だったわけだ。そのうえで、我々の反応を見てあなたは確信を得たというわけですか……」
「落ち度とはわらわは思わんがな。先の火薬の件が無ければ疑問には思っても疑おうとは思わなんだ。それに橋の件を一木代表に聞いた時の反応もだ。確かに不審な反応ではあったが、あれはわらわが意地の悪い聞き方をしたせいだ、許されよ。なぜあの粗悪な火薬で橋が落ちたのか、その疑問を問うだけの質問だったが、情報が欲しいあまり欲張ってあの聞き方をしたのだ」
「……」
「真の決定打は兵たちの言葉だ。橋が落ちた際、まるで橋が消えたように落ちた。破片が粉になったようだ。その言葉を聞いて、わらわは橋を落としたのがそなたたちだと確信した。あの火薬でよしんば橋を崩せても、石材が粉になるような崩れ方はしないはずだ。そうなるとだ、残ったのはなぜ使節として向かっている途中のわらわを落としたのかという疑問が残ったのだが……」
「食事中に私がイツシズの配下の件を伝えたことで、気が付いた」
「そうだな。崩落の仕方やわざわざ助けたことから、何らかの価値をわらわに認めた事は分かったが、わざわざ橋を爆破した理由が分からなかった。ひょっとすると、派閥対立があって、わらわを殺そうとする強硬派と生かそうとする穏健派がいるのかとも思ったが……なるほど、イツシズの配下が下手な爆破をもくろんだ事を察知して、それを利用してわらわの信用を得ようとしたのか。ハハハ、それではミルシャのやったことにはさぞかし難儀したであろう」
朗らかに話し続けるグーシュ皇女に対し、一木は困惑していた。
なぜ、この皇女は兵たちを殺した自分に対し、笑いかけているのだろうか。
だが、その思いはミルシャにとっても同じだったようだ。
「殿下! 先ほどから、なぜ笑っているのですか……殿下の言葉が正しければ地球連邦は兵士や護衛隊長を殺したのですよ!」
「……ああ、確かに兵たちは死んだな。酷いことだ。だがなミルシャ、彼らの行いによってわらわは多くのものを得た」
「なんですか?」
「一木代表の罪悪感だ。一木代表は心のある方だ。話してみて分かった。非情な行いや決断をしても、心の根は慈愛に満ちた方だ。そんな方であるなら、わらわが一番利を得る方法はただ一つだ。一木代表、わらわはすべてを許そう。そのうえで、あなた達に全ての感謝を捧げよう。さあ、胸を張るがいい。慈愛に満ちた方、あなた達の目的はすべて達成された」
グーシュ皇女の言葉を聞いて、一木は完全に圧倒されていた。
すべてを見抜き、さらにその上で許し、こちらの思惑に乗ると言っているのだ。
一番の利を得る? その通りだ。
一木の心は罪悪感と後悔で埋まり、決して拭えない。
恩をグーシュ皇女に売る? とんでもない。
今この瞬間、一木はグーシュ皇女に完全に敗北したのだ。
もちろんグーシュ皇女の言葉を否定する事は容易いが、それではグーシュ皇女は地球連邦への信頼を無くすだろう。まずこちらの言うことを聞いて神輿になるような事はない。
そうなれば強硬派である皇太子派との困難な交渉を強いられることになる。
とうぜん武力無しに成し遂げることは難しい。
つまりは穏便なルーリアトの連邦への帰属は失敗に終わる。
一木が敗北感に打ちひしがれている中、ミルシャもまた歯を食いしばっていた。
だが、滲んだ涙をぬぐうと、スッと頭を下げた。
「すまんなミルシャ……この非道な考えがわらわだ。辛い思いをさせるな」
「いいえ、殿下。全ては、殿下のために……」
信頼厚い主従の姿。
それを見て、一木は疑問に思う。
やはりミルシャとグーシュ皇女の絆は厚い。
とても、全権大使になりたいからとミルシャの命を危険にさらすような関係性には見えないのだ。
このままでは終われない。
確かにグーシュ皇女は地球連邦に対して、自らの信頼と一木達の小細工の真相という二つのカードを切ることで優位性を得た。
そのうえでこの後具体的な対価を要求することだろう。
だが、このままグーシュ皇女という人間の本性を知らないままでは、とてもではないがその対価は払えない。
「グーシュ皇女殿下、提案があるのですがよろしいでしょうか?」
一木は渾身の策に打って出ることにした。
「うむ? 何かな?」
「私はグーシュ皇女のおっしゃる通り、橋の崩落が私たちの手であることを認めましょう」
一木の言葉に、マナとシャルル大佐が驚いた様子が感じられるが、一木はグーシュ皇女から目をそらさずに言葉を続けた。
「そのうえで、今後の我々の関係について、私と二人きりで交渉していただきたい」
「なりません殿下!」「駄目です弘和君!」
大声と共にガタッという音を立てて、ミルシャとマナが立ち上がった。
だが、呼ばれた二人は答えずにじっと互いの目を見ていた。
「構わんよ、一木代表。だが、当然とは思うがそちらには遠くの声や動きを見る仕組みがあるはずだ」
グーシュ皇女の言葉に再び一木の心に動揺が走る。
まさか、ろくな説明も受けずに監視カメラや盗聴に気が付いているとは……。
だが、来るならこいだ。一木は逆に闘志を燃やす。
すべてを知っているなら、そう想定して立ち向かう。
「マナ、この部屋のセキュリティを全解除。憲兵を二人呼んで扉に歩哨として立たせろ」
「せきゅりてー解除……よし、信じよう。配慮痛み入る」
グーシュ皇女が発した言葉によって、二人きりの闘いが決定した。
一人はより多くの利を得るため。
もう一人は相手の全てを見極めるため。
瞳とモノアイが交錯する。
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