第12話―3 一木代将とグーシュ皇女
ミルシャに怒鳴られたグーシュは、右手の中指をペロリと舐めると少し考え込み、納得したように言った。
「なるほど、普通の人間とは違うな」
「殿下! いくら何でも酷すぎます!」
ミルシャの怒りにもグーシュはどこ吹く風だ。
「わらわとしてはこれが一番判断しやすい。なるほど、ここまで精巧な作り物の人間を作るとは、地球連邦恐れ入った」
一木はこれを聞いて、あいまいに頷く事しか出来なかった。
そして、あらかじめ隣の部屋で待機させていた歩兵型に必要なくなったと通信を入れた。
どうもナイフを用いた、未来から来た殺人ロボット仕込みの証明は必要なくなったようだ。
もっとも一木としては、かわいらしい歩兵型の腕を切り裂く必要がなくなりホッとしたが。
そうしてグーシュは再び席につくと、背後で顔を赤くしているニャル中佐にウインクした。
それを見たミルシャが顔を真っ赤にする。
口からは小さく「はしたない……」という呟きが漏れた。
上品とは言えない行為の様だが、ウインクの意味するところは同じようだ。
当のニャル中佐は顔を赤くしたまま俯いていた。
病人の前にいる時とは偉い違いだ。
「照れる所まで人間そっくりとはな。ああ、すまなかったなイチギ代表。さあ、続きを頼むぞ」
どこかすっきりとした表情でグーシュは告げた。
一木はどこか毒気を抜かれたような気分で頷く。
すると、グーシュはニヤリと笑みを浮かべた。
「かしこまる事は無いぞ、イチギ代表。皇女なんぞと言ってもこんなものだ。わらわとあなたはこれから親しく語り合う仲だ。硬くならないでゆったりしてほしい」
一木は一瞬、この世の全ての皇女に謝った方がいい、と思った。
しかし、これがグーシュの配慮だと気が付くとモノアイを回すしかなかった。
まさか、こんな破廉恥な事をしてまで自分に配慮してくれるとは!
だが、自信満々のグーシュを叱るミルシャによって、一木の感動は吹き飛んだ。
「殿下! ご自身の破廉恥な行動を代表のせいにするなど、恥ずかしくないのですか!」
「ええい、合法的に美人に触れる機会を逃せるか!」
「動画を再開しますね」
マナの無機質な声が主従の言い合いを遮った。
そうして二十分ほどの動画は終わった。
それを見たグーシュの感想は、やはり地球連邦は嘘をついているというものだった。
医療や宇宙関連など、技術や科学に関することはおおむね正直に述べているが、どうにも政府や歴史の部分に関する事柄に嘘が混じっている。
さすがのグーシュも、ここまで未知の国家がどう嘘をついているのかまでは分からない。
だが、どうにも綺麗すぎるように感じたのだ。
劣化や塗り間違いのある壁面に、ヒビ一つない部分が所々にある様な違和感を感じた。
だが、グーシュは逆にこの事に満足していた。
隠すという事はそこが急所か、恥部に違いない。
そこから相手が欲しい”利”と、欲しくない”不利益”や”損”を見つけ出せばいいのだ。
これですべて真実を語られては今後の交渉の糸口を見つけるのが困難になっただろう。
「グーシュ殿下。今見ていただいた通り、我々は正確には海向こうの人間ではありません。もっと遠い場所から来たのです。嘘を付いたようで誠に申し訳ありません」
「気にすることは何もないぞ。わらわ達にとって海向こうも星空の彼方も同じようなものだ。むしろ、そんな遠いところからよくぞ来てくれた」
グーシュが笑顔で告げると、一木はホッとしたようにモノアイをぐるりと回した。
「では殿下、まだまだいろいろとお話ししたい事はあるでしょうが、今はまだお身体も完全ではないでしょう。少しごゆっくりされては? その間に宿営地をご案内しますよ。正式な会談はその後にでも」
「それはありがたい。だがイチギ……いや一木代表。わらわはもっと見たいものがあるぞ」
そう言った瞬間、グーシュの瞳がキラリと輝くのをミルシャは見逃さなかった。
あの目をしたときはとんでもないことを言い出す時だ。
南方蛮地に巨大蟹を見に言った時。
あの時は蒸し暑い森の中で……したせいで全身虫刺されだらけになった。
北方工業都市に行った時。
食事と空気が合わなくて夜……最中に吐しゃ物を掛けられた。
東の公爵領に行った時。
夜這いに来た公爵の四男をうっかりミルシャが斬り殺してしまい、証拠隠滅に一晩中駆けずり回った。
またあんな目に遭うのかと思い、ミルシャはげんなりとした。
そんなミルシャの事など知る由もなく、一木は能天気に聞いた。
「なんでしょうか?」
「確か先ほど、宇宙に一木代表の上司がいると言ったな。いかに全権をそなたが持っていようが、この星系における地球側のトップにわらわが挨拶もしないでは失礼であろう。だから、わらわとミルシャを宇宙にあるあなた達の艦隊に連れて行ってほしい」
この申し出に一番驚いたのはミルシャだった。
「で、殿下! そんな得体のしれない……」
「ミルシャ。海向こうには行くと言ってくれたではないか。星々の彼方には行ってくれないのか?」
「しか……了解しました。騎士ミルシャ、どこまでもお供致します」
さすがに付き合いが長いだけあり、ミルシャの諦めは早かった。
一方一木は、落ち着き払った様子で答えた。
「わかりました。殿下のご希望とあらば検討しましょう。艦隊司令のサーレハ大将と調整いたしますので、しばしお待ちください」
「うむ! うむ! 飛行機! 宇宙! 無重力! 宇宙艦隊! 楽しみだ、なあミルシャ! 」
「……はい、殿下……」
不安げに答えるミルシャだが、その一方で心の中で冷や汗を流すのは一木だった。
(後程サプライズで艦隊訪問を提案しようとしたのに……まさか得体のしれない場所に自分から行きたいと言うなんて……)
グーシュの好奇心を甘く見ていたツケを再び払うのであった。
「では一木代表。そちらの予定には異論無いが、わらわは生き残った兵達に会わなければならん。それにもう一つだけ、確認したいことがある」
「なんでしょうか?」
「橋が崩れたことに関してだ。地球連邦では何か知っている事はないか?」
あまりに自然な聞き方だったので、一木は一瞬呆然としてしまい、何を聞かれたのか分からなかった。
偶然ではない。
宇宙に行きたいという発言のあと、一木が落ち着いた一瞬のスキを見逃さずに聞いたのだ。
それも冗談を言うような気軽さで、だ。
「……我々は……そら……飛行機で移動中に橋の崩落を見つけて、殿下たちを救助しました。現在詳細は調査中です。場所がルニ子爵領という事もあるので、現在子爵とも協力しています。調査中の情報に関しては子爵との取り決めもありますので、調査が終了次第お知らせします」
嘘は言っていない。
子爵との取り決めでは、「地球連邦は代価として、子爵領内の治安維持代行、道路の舗装、拡張。各種インフラの整備。食糧支援を行うものとする。ただしこれらはルニ子爵の事後承認を必要とする」となっている。
つまり、捕縛した連中の取り調べが終わった後に、子爵の事後承認を得て初めて調査が終了すると見なせる。
どんなに時間や調査が進んでも、子爵に承認を得るまでは調査中なのだ。
つまりその気になれば、一年後に承認を求めることも可能という事だ。
当初はある程度の情報をグーシュに渡すことも考えられていたが、一連のやり取りを別室で見ていたミラー大佐からの通信で、このように誤魔化すように助言された。
それだけ、外務参謀のミラー大佐から見てもグーシュという人物は厄介なのだろう。
「昨日の今日ではな……わかった。では兵たちの所へ頼む」
あっさりと引き下がると、グーシュは立ち上がった。
「ええ、わかりました。ニャル中佐、殿下をご案内してくれ。私は殿下を歓迎する準備をする。殿下、少し早いですが昼食を準備しました。兵達に会った後に一緒にどうですか?」
「おお、ぜひご一緒しよう。ありがとう、一木代表。さあ、ミルシャ行くぞ」
そう言うとグーシュは部屋を後にした。
ニャル中佐に先導され、すぐ後ろにミルシャと歩兵型二人を従える姿はまるでこの宿営地の司令官の様だ。
グーシュがいなくなった後、一木はマナを手招きした。
察したマナが一木の頭を抱き寄せると、一木はフーっと顔の排熱口から風を吐き出した。
「すっごい疲れた……」
「はい」
「いきなりニャル中佐に指突っ込むとかヤバすぎだろ」
「はい」
「すごいミラー大佐がキレてるけど、仕方ないよな」
「はい」
「…………」
(けれども、なんだこの気持ち)
あまりに破天荒なグーシュだったが、一木の胸中には言い表せない高揚感が残っていた。
明日は仕事が忙しいためお休みする可能性が高いです。
申し訳ありません。
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