第8話 想定外
申し訳ございませんが、明日は仕事が忙しいために更新はお休みします。
ご了承ください。
「こちら上空コマンド。地上コマンドは予定通り爆破を実行せよ。カタクラフト3、4は救助準備。エネミーポイントは爆破と同時にエネミーを捕縛せよ、送れ」
「「「了解」」」
「よかったのか?」
命令を下した一木に殺大佐が声をかける。
この強面の参謀は、どうにも面倒見がいいところがあった。
正直言って、今はこの配慮がありがたかった。
「ええ。この程度の罪悪感に飲まれて作戦を失敗させるわけにはいきませんからね」
そう自分に言い聞かせるように呟く一木を、後ろからマナがそっと抱きしめてくれた。
生身の頃だったら泣いていただろうが、有難いことに泣く機能を失って久しい。
久しぶりに今の体に感謝しながら、一木は石橋を行く車列を眺めていた。
「こちら地上コマンド。五秒前よりカウントダウン開始。5、4、3、2、1……爆破!」
一同がジッと眺める中、爆薬がさく裂した。
その威力は黒色火薬などとは比較にならず、また緻密な計算と橋の構造に沿った設置方法によりその威力は凄まじいものになった。
橋は一瞬にして構成する石一つ一つ、いや。粉末状に見えるほどにまで細かく砕かれ、馬車と橋の上にいた護衛の兵員たちは吹き飛ばされることもなくほぼ垂直に落下していった。
作戦は成功だ。
「馬車が……落ちる!」
一木が生身の頃映像で見たビルの爆破解体。巨大な建造物が一瞬で消える妙技だったが、この橋の爆破はそれ以上だ。
グーシュ皇女の安全を保つため、馬車が横転や回転することなく川に落下するように調節する。
そうすれば馬車は姿勢を保ったまま川に落ちる。
その後カタクラフトが上空に赴き、ロープで降下した救助要員によってグーシュ皇女とミルシャ。可能な限りの護衛兵を救出する流れになっていた。
着水から救助までの時間は約一分半と見積もられていた。
馬車の構造上浸水は避けられないだろうが、死亡ないし障害が残るほど水を飲むような事態は避けられると考えられていた。
それでもイレギュラーな事態に備え、ニャル中佐には完全な心肺停止状態になる事態をも想定した治療体制を準備させていた。
そんな状況下、馬車を見ていた一同は驚愕することになった。
一木達の見ている中、馬車の扉が開きグーシュ皇女を固く抱きしめたミルシャが川に飛び込んだのだ。高さ百メートル以上とはいえ、落下に要する時間など一瞬でしかない。
ましてや突然の爆破により、何が起きているかもわからないような状態だ。
そんな中咄嗟にグーシュ皇女を抱きかかえて馬車から飛び降りるなど、人間技ではなかった。
もっとも、即座に馬車が川に落ちようとしているということを理解したとするならばそこまで悪手とも言えなかった。ミルシャには上空に四機の救助用垂直離着陸機が待機していることなどわかるはずもないのだ。
馬車の中でおぼれ死ぬことを考えれば、仕方ない判断とも言える。
だがそれは同時に一木達にとっては悪夢以外の何物でもない。
安全に救助までの二分弱彼女たちを守ってくれるはずだった馬車は中の人間が飛び出した影響でバランスを崩し、岩にぶつかるとバラバラに砕け散った。
「こちらエネミーポイント。想定と違う事態が起きている。馬車はバランスを崩し完全に水没。グーシュ皇女及び騎士の生死は不明。こちらからは橋の破片と煙で状況の把握が困難、至急指示を求む、送れ」
一瞬放心状態になった一木は、その通信で我に返ると矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「こちら上空コマンド。グーシュ皇女は騎士と一緒に馬車を飛び出し着水した。これよりグーシュ皇女のGPS反応を頼りに捜索、救助を行う。カタクラフト3、4は着水地点から川を下る機と五キロ下流から登る機に分かれて捜索。本機とカタクラフト2も緊急降下! 捜索に加わる、送れ」
「いいのか司令官? 地上の連中にカタクラフトに気が付かれるぞ?」
殺大佐が確認するように一木に呟いた。
確かに現状、帝都の人間に対しては航空機の情報を隠匿するようにサーレハ司令から命令が出ている。だが、今はそれを言っている状況ではない。
「救助を最優先します。地上コマンド、地上各隊は予定通り作戦を続行せよ、手の空いた部隊は順次救助作業に加われ。救助の指揮は上空コマンドに統括し、以後救助コマンドと呼称する、送れ」
「こちら地上コマンド、了解」
一通り命令を下すと、機体が急降下を始めた。
一見荒っぽい機動だったが腕は確かの様で、機内の備品に損壊一つなかった。
「この機のSA! 聞こえるか?」
一木はこのカタクラフトを操作するSAに声をかけた。すると、若い男の声が聞こえた。
「は、一木代将。軌道空母ジブリール第二中隊所属のミョーであります」
「よし、ミョー。お前の実力を見せてもらうぞ。このまま降下して、川の上空三十メートルまで降下しろ」
「弘和く……司令!」
その一木の命令に、マナが驚いて声を荒げた。
ここまで取り乱したマナを見たのは初めてだった。
「こんな大型機でその高度、しかも両側が崖の川の上など……あまりに危険です。降下しての直接救助は他の三機に任せてください。あなたにもしもの事があれば……」
一木はそこまで喋ったマナの口を指で塞ぐと、なるべく優しく聞こえるように告げた。
「これは指揮官として必要なことだ、マナ。それに俺はこの艦隊の優秀なアンドロイド達を信じてる。ミョーの腕前ならこの大型機でも大丈夫だ、そうだろミョー?」
一木が呼びかけると、感極まったような声でミョーが答えた。
「イエッサー! 一木司令! ケツの四十ミリ砲が川に浸かるくらいまでだって降下できます!」
「よーし、期待してるぞ。ただし降下するのは三十メートルで良い。着水地点からGPS反応を見ながら低速で進んでくれ」
「イエッサー!」
そんなやり取りをしている間にもう、着水地点まで降下していた。
カタクラフトの性能とミョーの腕前に感心しつつ、一木は指示を下す。
「ミョー、ハッチを開けろ。各員光学監視! 皇女様を見つけるぞ!」
降下した機体は時速六十キロほどで飛行しながら川を下っていく。
見れば、川は増水して茶色く濁り、流木なども流れ危険な状態だ。
川底の石などにぶつかっても危険だ。すでにかなりの重傷を負っている可能性もある。
「殺大佐! GPS反応はどうなってる?」
「今地上コマンドからデータ転送を……よし来た! データを全隊に共有させたぞ!」
殺大佐の言葉と共に、一木の視界に黄色い矢印が表示される。
「ミョ―にも見えるな? そちらに向かってくれ」
「イエッサー!」
カタクラフトが速度を上げて矢印の方向に飛行していく。
全長四十メートル近い大型機が、滑らかな機動で狭い川の上を飛んでいく。
すると、見えた。
一見すると黒い塊が、川の真ん中にちょこんと飛び出た岩にへばりついているように見える。
しかし一木のモノアイがズームで捉えたのは、皇女を守るという職務を果たす男たちの姿だった。
二人の少女を四人の男ががっしりと腕を組んで囲い込み、激流の中の流木や石から身を守り、今必死で岩にしがみついていた。
黒く見えたのは彼らの血だ。
皮鎧は裂け、その下の体も深い切り傷でいっぱいだ、どす黒く変色した血と肉が彼らの姿を黒く見せていたのだ。
まさに、忠義だ。あの状況下でどうやってあの二人にしがみついたのか。あの激流で体を岩に斬られ、木に殴られながらも耐え続け、そしてあの岩にしがみついたのだ。
「助ける……絶対に助けるぞ」
一木が呟く中、次々とカタクラフト部隊が現場に集まっていく。
見る間に機体からロープで体を固定した救助要員が降下していく。
しかし……。
「救助コマンドへ、こちらカタクラフト3救助班。ダメです、こちらが呼びかけても反応がありません。聞こえているのかもしれませんが、どうも意図的に無視しているようです」
「この状況下で……」
一木は歯がゆく思ったが、ニャル中佐が呟いた。
「いや、当たり前です。護衛兵にしてみれば皇女を狙った爆破の後、突然見たこともない女がロープにぶら下がって現れてる状況です。信じる方が無理なのでは?」
一木は頭を殴られたような衝撃を受けた。
自分のマヌケさにだ。
現地の人間が自分たちを見てどう思うのか全く考慮していなかった。
ただ救助に向かえば被害者は自然に助けを求める。そう考えていた。
(どうすればいい……どう説明すれば信じてもらえる……信用を得るには……何を言わせれば)
そこまで考えた一木の脳裏に、アイディアが浮かんだ。
そうだ。この国は甲冑がステータスなのだ。
ならば今この状況で信用を得られるのは……。
「殺大佐」
黙っていた一木が突然名前を呼んだことに、殺大佐は一瞬驚いたようだった。
「どうした司令官?」
「この後の指揮をお願いします。救助後はグーシュ皇女とミルシャの治療を最優先でお願いします」
「おい……何考えてる」
殺大佐の声を意識的に無視すると、一木はマナを抱き寄せた。
「いつもありがとうな、マナ」
そう一方的に言うと、一木はマナを奥の方へ突き飛ばした。
そして、次の瞬間ハッチからその身を投げ出していた。
「一木!」
「司令官!」
「弘和君!!!」
三人の悲鳴のような声を聞いた次の瞬間、
一木の金属で出来た体は濁流に飲み込まれた。
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