第4話 方針決定
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城門前での喧騒が終わりつつある頃。
ルニ子爵と領地の主要幹部数人が、子爵の屋敷に集まり対応を協議していた。
「ではやはり、あのバニフを狩ったのは奴らで確かなのか?」
騎士団長の問いに答えるのは、先程まで城門前にいた兵頭だ。いくらかご相伴に与かったのか、少々顔が赤い。
「ああ。現場で奴らの指揮を取っていたシャルルとか言う女が自慢気に言っていたよ。嘘か本当か空を飛ぶ乗り物に乗って薬式鉄弓で仕留めたとか……」
「空飛ぶ乗り物だと? そんな嘘を真に受けてどうする!」
戸惑った様な兵頭の言葉に噛み付くように騎士団長が声を荒げる。
しかし、それを家宰がまあまあと制すると、むっつりと腕を組む子爵に水を向けた。
「子爵はどう思われますか?」
「ワシは信じるな。逆に言えば、いかにバニフを狩る者たちといえど、普通に川を行くのと同じ形の船でやってきたと言うより、空を飛んできたという方が納得する」
「しかし子爵……」
「団長。今は奴らが空を飛べるかどうかを問う時間ではない。まずは今後の対応を考えるぞ。今ハッキリしたことは、あのチキューレンポーはバニフを容易く屠る戦闘力を有しているということだ」
「あの様な女ばかりの連中を……過大評価では?」
騎士団長はどうにも四四師団を過小評価しているようだ。逆に警戒する子爵を諌めるような口調だった。
「ワシは逆にお前の過小評価っぷりを危惧しとる。あいつらの移動手段はどうあれ、海向こうから来たことと、未知の技術力を持つこと。そしてルニの街千五百の民に配ってもなお余りある食料を持っているのだ」
そう言って子爵は懐から手のひらほどの大きさの紙束を取り出した。地球人が見ればそれは札束に見えただろう。
それは異世界派遣軍が現地で配布する食料との交換券だった。
貴金属との交換を前提とせず、信用のみで成り立つ不換紙幣が存在しない異世界で手っ取り早く軍票の代わりとなるように発行される物だ。
通常は最低価値の物で一日分の食料。最も大きい物で一ヶ月分の食料と交換できる。
交換量は現地人の食生活を考慮し、カロリーベースで決められていた。
発行に関しては規則が厳重に決められており、地球連邦の信用を守る為に発行量と即時配布可能な食料の量が必ずイコールになるよう定められている。
子爵が取り出したのは一日分の食料との交換券だった。二十一世紀の紙幣同様、細かい絵柄と偽造防止のホログラムや透かしが入り、現地語で一日分の食料と交換可能と書かれている。書かれているイラストは麦の束を抱えたテンガロンハットのアメリカ人農場主のものだ。
勿論異世界人にはそれが何なのかはわからないが、恐ろしく精緻な絵が一枚一枚に書かれていることは分かる。
「あやつらはこれを明日、食料を売っている業者に十枚ずつ配るように言って渡してきたそうだ。先程ワシの所に届いた。あれ程の食料を配ってなおこの街の商売人にまで配慮する余裕があるのだ。今街の前にいるだけではない。さらに大きな支援隊がどこかにいるはずだ。戦うなど戦力的にも、道義的にもありえんよ」
子爵から渡された交換券の束を見た騎士団長と兵頭は冷や汗をかいていた。
これほどの紙質、実物と見紛う程の素晴らしい絵画。これらだけで価値を持つこの紙は、しかもあの美味極まりない料理と交換してくれると言うのだ。
この一束の紙が、あの奇妙な集団の力をまざまざと示していた。
「申し訳ありません……私が軽率でした」
「うむ……。それにな、お前たちには申し訳ないが妻のこともある」
子爵の言葉に家宰が頷く。
「奥方様の事は誠によい結果になりました。まさかあの状態から奥方様もご子息も助けるとは……」
「まさかこちらの断りの言葉にあの様な返しをするとはな。人助けは責務と言われては、あれ以上断る事が逆に責務を邪魔する行為、という口実になってしまう。妻を失った上に手出しの口実を与えては泣いても泣ききれん」
「しかし奥方様に危害を加えられるとは思わなかったのですか?」
その騎士団長の問に、ルニ子爵は豪快に笑みを受けべて答えた。
「わざわざ海向こうから来て、こんな小領主の妻を苦しめるような相手なら交渉する価値はないという事が分かる。助けてくれるならあやつらの医の力が分かる。放っておけば死ぬ妻の命がそういう形で活かせるならば良いと思ったのだ。まさかあそこまで大きな力を示されるなど予想外だったがな」
子爵の言葉に家宰が手元の紙を見ながら頷いた。
「結果的にわが領は、大きな恩恵を今の所受けております。とはいえ向こうの要求がわからない以上、慎重に見極めながら明日の会談を進めなければなりませんな」
「やはりまずは情報だな。帝都には早馬をこのまま情報が入る度に送り続けろ。あとはジャルアに連絡を取れ。明日からあやつらの宿営地を見張らせるのだ」
「いかにジャルアといえど何か分かるでしょうか?」
「いや、あの男ならばやってくれるやも。認めたくありませんが、正面切っての戦い以外ではとてもでは無いがジャルア盗賊団に勝てない、それほどの力が奴らにはあります。信じてみましょう。ジャルアを」
疑問を持った家宰とは対象的に、騎士団長はジャルアへの期待を滲ませた。
豪胆なジャルアへは、小さな女だらけの異世界派遣軍と違って信頼を寄せているようだった。
そうしていると、不意に窓が開いた。
ぎょっとする一同がそちらを振り向くと、そこには窓枠に腰掛ける美しい女が一人座っていた。
殺大佐だった。手には何やら布に包まれた丸い物を抱えていた。
「突然の訪問失礼いたします。実は忘れていた贈り物がありまして……」
にこやかな表情であった。しかしそれは、子爵達一同、異世界派遣軍を軽視していた騎士団長ですら冷や汗を掻くような圧を感じさせるおぞましい笑みだった。
しかし、子爵はいち早く立ち直ると豪快に笑って見せた。
「おお! たしか将軍の補佐の方だったな。今宵はわしの世継ぎが生まれ、あなた達海向こうの友人がやって来た目出度い日だ。なんの遠慮があろうか。それでどうしたのですかな?」
「ええ。これです」
そういって殺大佐は包を開く。それは、ジャルアの首だった。
「!! そ、それは……」
「あ、ああ……ジャ……ジャルア……」
子爵が驚きで声を失い、騎士団長がガクリと膝を着く。家宰と兵頭は目を背け、恐怖と吐き気を必死に堪えていた。
「ご存知の盗賊でしたか。いきなり襲いかかってきたもので、二十名ほど差し向けて討伐致しました。庭先に手下の首八十二個も置いて置きましたので、どうぞお受け取りください」
八十の首という事は、ジャルア盗賊団は壊滅した……その事実に一同は驚愕した。
しかもだ。あのジャルアがあの数千の得体の知れない集団に策もなく手を出すはずが無い。
突然の訪問も状況が出来すぎだ。ジャルアの話題を出した瞬間に。
見張られていたのだ。今の話し合いも、ジャルアも。いや、この領地が、もしやすればこの国がだ。
鉛の様な空気の中、子爵はそっと生首を受け取った。
盗賊と言えど、長年領地の為に働いていた男の首は、幸いな事に安らかな顔をしていた。
「盗賊の討伐までしていただいて、感謝しかありません」
さすがの子爵も、取り繕うことが出来ず、硬い声色になる。
「なあに。我々地球連邦はあなた達ルーリアトの民の事をとても大切に思っていますので。これくらいなんでもありませんよ」
そういうと、殺大佐は笑みを消した。冷たい、どこまでも冷たい殺気に満ちた顔だった。
「妙な間違いなどがなければ、今後も良い関係が築けるでしょう」
「無論です。明日の会談ではそういった事が無いように取り決めをしましょう」
それを聞くと、殺大佐はサッと敬礼をして、二階の窓枠から人間離れした跳躍で闇に姿を消した。
呆然とそれを見送った子爵は、窓を静かに閉めると諦めたように言った。
「方針は一つだ。要求には全て応えるしか無い。我々はすでに心を覗かれ、両腕を失っていたのだ」
子爵に反対する声は無かった。
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