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第3話 騒ぎ

 一木達が到着した時、城門周辺はお祭り騒ぎだった。

 それだけならまだ楽しげにも感じられただろうが、その中心になっているのが骨にわずかばかりの肉や筋だけになったバニフの死体という所がおぞましい。

 一木から見ると、どう見ても未開の部族の怪しげな儀式にしか見えなかった。


 とはいえ一木が命じた、なし崩しに街に師団を入れるという命令は達成されているようだった。

 あたりには兵士はおろか街の人々が次々と訪れ、師団の兵員や調理係、文化参謀部の人員が忙しそうにバニフ料理や開封した缶詰、レトルトパック、酒等を配っていた。


 見ると、すっかりできあがった老人にワシャワシャと頭を撫でられる歩兵型が、祖父に撫でられる孫のように笑顔ではにかんでいた。

 一木はどこか楽しげな、それでいて寂しいような気持ちになりながら、串に刺したバニフ肉に様々な香辛料を振りかけるシャルル大佐に近づいていった。


「シャルル大佐、うまくやったようだな」


 シャルル大佐は一木に気がつくと、手に持っていた串を調理台の前にいた部下に手渡し、ニコニコとした笑顔で応じた。


「あー! 一木司令! お疲れ様です。こちらはご覧の通りうまく行ってますよ」


「そのようだな。しかしどうやったんだ? ここの人たちは味覚が地球人とはだいぶ違うと聞いていたが……」


 肉の臭みを風味や旨味と見なすというのはどうにも一木にとって理解し難い感覚だった。

 となれば既存のメニューや、食文化が分からない異世界配布用に風味を極力抑えた肉風大豆たんぱくの塩煮込み缶詰などはこの世界では受けづらいと思っていたのだが、見る限りはバニフ肉と同じように高評価を得ているようだ。


「こんな新鮮なバニフ肉初めて食べたよ! 」


「いやお前……こっちの海向こうの肉を煮たやつ、こいつは……信じられねえが……初めて食べた味と匂いだがめちゃくちゃうまいぞ……もう森豚の脂身食べれねえな……」


 一木の耳に入ってくるだけでも、異世界者のテンプレの様な感動セリフが聞こえてくる。

 すると、シャルル大佐はドヤ顔で語り始めた。

 同時に、背後からニヤけた殺大佐とミラー大佐の視線を感じる。

 またしても地雷を踏んだことに気が付きながら、一木はシャルル大佐の話に耳を傾けた。

 

「いやー、私も気になっていたんですよ。肉の臭みを旨さと感じるとは面白いなーと。それで色々考察してたんですが、今回バニフ肉をさばいて料理して、皆さんに振る舞う過程で概ねこの国の方々の嗜好と食文化の背景がつかめました」


 そこまで一息で喋ると、シャルル大佐は手に持っているバニフ肉の刺さった串を一木に見せた。


「このバニフ肉に限らず、メインで食べられる森豚……まあ地球で言うと熊に近い生き物なんですけど。こういった動物全般臭みが強いんですよね。それでいてこの土地……いえ大陸全体かな? 香辛料はおろか、にんにくや生姜みたいな香味食材自体が乏しいんですよ」


 言わずもがな、胡椒を始めとする香辛料を求めて地球では莫大な金が動き、外洋航海に赴く原動力にもなったほどだ。そしてそこまでして香辛料を求めた理由というのが、肉を美味く、そして保存食として安全に食べるためだ。

 ところがここでは、臭い肉は臭いままで。腐った塩漬け肉は煮込んで無理やり食べられている。


「しかしそもそもそういった臭み消しや殺菌作用のある食材が無かったのか……」


「香草の類は多少あるんですが、どうも医薬品として用いられるのがメインみたいですね。医療は結構まともに発展しているみたいで、薬草の薬効も詳しくまとめられているようです。さっき薬草採取の仕事してるおっちゃんが言ってました」


 このくらいの文明の異世界だと、とんでもない医療体制でいることが多々あった。

 ケガや病気の人間への治療が手や足の切断という世界や、石を丸呑みさせると言ったとんでも無い世界も珍しくは無い。

 しかもそういう世界に限って、地球の先進医療を敵視して、導入に激しい抵抗を示す事が多かった。

 予防接種した子供を殺そうとする神殿、医療貴族の連合軍と大規模な戦争に発展し、八十万人もの死者を出したジャーミンという異世界の事は異世界派遣軍軍人の間では有名だった。


 それを考えれば、きちんと薬効のある薬草を用いているこの世界の医療は進んでいると言える。

 しかし、それだけに貴重な薬草をまさか肉の臭みを消すためだけに使うような事はおいそれと出来ないのだろう。


「それで話を聞いて解ったんですが、どうもこういった臭みの強い肉ってそもそも腐りにくくて、食あたりも起こしにくいんだそうです。臭みの無い肉もあるにはあるんですが、昔からそういう肉は食べると死ぬとか腹を壊すって言われているみたいですね」


「ああ、つまりは臭みを消す手段が無いだけでは無く、臭みがある肉を食べられる人間が生き残ってきたから、結果的に臭みがある肉を美味しく感じるようになったってことか」


 これも一つの環境適応なのだろうか。一木はそう考えたが、それにしては軍の食料も美味しそうに食べられている。その事をシャルル大佐にたずねると、彼女は不敵に笑った。


「そこはこれ、私という天才文化参謀の手にかかれば簡単ですよ。臭みに適応した方たちに出す食事ならば、癖の強い調味料や香辛料を使えばいいんです。塩麹、五香粉、魚醤、クミン……ここらへんをうまーく使えばこの通りですよ!」


 そう言ってシャルル大佐が指差す方を見ると、寸胴鍋にたっぷりと入れられた肉風大豆たんぱくの塩煮込みに、エゲツない量の香辛料が入れられていた。


「そうか……ありがとうシャルル大佐。引き続き街の人を饗してくれ。ああ、ここの食文化に馴染んだなら、皇女様の会食で出すメニューも考えておいてくれ」


「ああ……ミラーちゃんの情報にありましたね……ふむふむ……お肉が苦手で果物と菓子ばかり……発育不良……かわいそうに……私がきっとまるまるムチムチにしてあげますからね……」


 一瞬頼んで大丈夫だったか不安になりつつ、一木は60式装甲車に登ると、音量を最大にして声を上げた。


「お集まりの皆さん! わたしは海向こうの使節団代表の一木将軍です。今宵は遅い時間にお騒がせして申し訳ありませんでした。お詫びと言っては何ですが、出来る限りの酒、食事を用意しました。どなたも気になさらずにどんどんおいでください。今宵は帝国と我が祖国、地球連邦の素晴らしき未来の第一歩の為に、どうぞ好きなだけ飲んで、食べていってください!」


 最初は人間離れした一木の声と、甲冑もどきの姿に呆然としていた街の人々も、一木の声に合わせて追加された酒と食べ物を見て歓声をあげた。

 見ると、一木の声と歓声に誘われたようにゾロゾロと人々が集まってきた。

 その様子を見ながら、一木は背後の殺大佐に訊ねた。


「子爵の様子は? 」


 一木の質問に、殺大佐は楽しげに答えた。

 子爵を見張っている部下と感覚を共有しているようだ。


「今部下から報告を受けてるな……思ったより慌ててないな。ああ、また早馬を出すみたいだ。奥さんの出産中以外は歓迎しながらもしっかりと帝都に情報送り続けてる」


「やることはやってるってことか……大佐、早馬なんだが……」


「大丈夫だ」


 一木の言葉を途中で遮って殺大佐は告げた。


「書簡の中身は確認済み。書いてる場所の天井に監視ドローン潜ませるからな。あとはヤバそうな内容の書簡を持ったやつには消えてもらうとしますか」


 殺大佐は当たり前のように言ったが、一木は不快そうにモノアイを動かした。


「殺大佐、命は取らないでいこう」


「……いいよ。司令の命令ならば。ではまずい書簡持ちには不幸な事故にあってもらって、その後優しい商人や旅人に助けて貰いますか」


 この場合の優しい商人というのは、潜入させていた行商人に偽装した諜報課のことだろう。


「あれ、なんか随分とあっさりだな? 」


 一木は拍子抜けしていた。てっきりまたなんでその判断を? と質問攻めに遭うと思っていたのだ。


「あんたの性格も実力も理解ったつもりだ。少なくとも俺からは試験みたいな事はしないさ。頼んだぜ司令官……」


 一木はやっと認められ始めた事に嬉しさを感じると同時に、参加者が増え続けるこの宴会がいつまで続くのか、若干の焦りを感じていた。

 狂乱の夜は更けていく。

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