第12話―2 降下作戦開始
揚陸艦の大きさを六百メートルから三百メートルに修正しました。
六百メートルは別の艦のサイズでした、申し訳ありません。
「重力制御良好、力場値安定。揚力既定値確認。現在速度六十五ノット」
ツキの報告を聞いて一木はひとまず安心した。
というのも、この大きな航宙艦で空を飛ぶシステムというものが非常に厄介な代物なのだ。
現在飛行しているこの揚陸艦を始めとして、異世界派遣軍の航宙艦には『重力制御装置』と『力場発生装置』が搭載されている。
これは異世界派遣軍の創設の際にナンバーズから供与されたブラックテクノロジーだ。
『重力制御装置』は文字通り重力の限定的な制御を可能としており、艦内に人工的に重力を発生させたり、搭載した物体自体の重量を増減することが可能な装置。
『力場発生装置』は搭載している物体に、目に見えず、重量も無い固体状の力場をまとわせる事が出来る。この力場はそこまで堅牢では無いため、いわゆるバリアーの様な使い方は出来ない。
だが、重力制御によって自重を軽くした上で、揚力を発生させる形状の力場を航宙艦にまとわせれば、ここまで大きく、飛行に向かない形状の航宙艦を大気圏内で飛行させることが出来る。
とはいえ結局のところ未知の技術であり、現代の地球の技術では使用と製造、保守整備が出来るのみ。
このシステムの原理や科学的な裏付け、どういった機械なのかすらろくに理解っていないという曰く付きの代物だ。そのため、便利なシステムではあるものの、地球周辺及び地球での使用が禁止されていた。
正直一木としてはそんな代物を異世界でおおっぴらに使用することに罪悪感を感じるが、この状況でそんな事を言っても仕方がない。
「よし。ツキ、目標の三十キロ手前で全艦停止。海沿いの予定ポイントに降下挺を向かわせろ。降下順は予定通り。ムーンは足場を確保したあと低空でホバリングさせるんだ」
「了解」
揚陸艦自体を陸地に降ろして一気に部隊を展開したほうが勿論効率は良いのだが、目標の海岸線は崖ばかりの上、揚陸艦を一度におろせるような空き地が殆どない。
あってもルニの街から近く、騒ぎが大きくなってしまう。あくまで最初は向こうの住人にとっても常識の範囲内の存在として接触を図りたかった。
そのため、全長四十メートル程の降下挺を用いて目標地点に歩兵部隊をまず降下させる。
足場を確保した所で、崖沿いにムーンをホバリングさせて、ムーンに搭載された車両を降ろし、その後ルニ子爵領に向かう。
「見つからないといいが……」
不安から一木が呟くが、それを聞いた殺大佐は笑い出した。
「降下予定場所に現地人がいたら、そいつは自殺志願者だよ」
「なんでだ? ルニの街に近いんだろ? 」
「崖とは言え、あの化け物がうようよいる所に近くに、それも真夜中に行くやつなんかいないさ」
化け物。この星の海に巣食う凶暴な大型生物。このルニ子爵領の沿岸には、全長十メートル程のトドに似た肉食獣、現地で”バニフ”と呼ばれている生物が大量に生息していた。
資料映像を思い出す。鶏肉宿で焼かれていた鳥といい、どうにもこの星の生物は可愛げが少なすぎる。あのエイとサメを恐怖を抱くように加工したかのような顔はトラウマものだ。
確かに近づきたいとは思わない。
だが、そんな話をしているとウキウキとした様子のシャルル大佐がとんでもない大荷物を持って近づいてきた。背負っているザックとベストから少し見えるものだけでも鍋、包丁、フライパン、瓶、おたま、ノコギリ、金槌、調味料入れ等など。何をしに行くかわかっているのだろうか?
「一木さん、一木さん。でもそんな凶暴なバニフちゃんは、現地では高級食材なんですよ」
「あれを食べるのか……けどどうやって採るんだ? 崖下に降りるのか? 」
「降りたら一瞬で餌ですよー。たまーに死んだ個体が漂流したり、岩場に引っかかってるのを見つけると、街から騎士団まで出して紐を引っ掛けて引き上げるんだそうです。そして腐敗した中から食べられそうな部位を選り分けて、塩漬けにするんです。中でも塩漬けにした脂身は高級調味料なんですよ」
うっとりした顔で話すシャルル大佐には悪いが、全く美味しそうに聞こえなかった。
それを言うとこの帝都周辺の食文化自体が日本人には合わない可能性が高いだろう。
主食は麦と粟の中間の様な穀物を餅にしたもの。これはまだいい。
問題は調味料で、動物の脂身を塩漬けにしたものがメインの調味料なのだ。しかも臭みがあるほど美味とされているらしく、サンプル品をケーブルで接続して味覚共有したマナ大尉に食べさせた時、一木は悶絶した上、この体になって初めての吐き気に見舞われた。
この世の中にトドより臭い肉があったのかと驚いたものだ。
「しかしそれは使えるかもな。シャルル大佐。先行して上陸した部隊で手隙な連中を使って、二、三頭採ってもらえないか? ルニの街に土産代わりに上げれば喜ばれるだろう」
その提案をした瞬間、シャルル大佐はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。
「ヤター! よっしゃー、許可が出たぞー。シャルル大佐、先行してバニフ狩りに向かいます」
そう言うとシャルル大佐は発進デッキへと走っていった。
「そう言えば……」
シャルル大佐がいなくなると、不意にミラー大佐が呟いた。
「あの皇女様、普通の食事が食べられないんですって」
「食べられない? 」
「臭くて駄目らしいわ。それで果物や菓子ばかり食べてるんですって」
「ああ、それであんなに発育不良なんですか」
「そこはどうでもいいけど……、それならもしかして地球の食事が口に合うんじゃない? 」
異世界人に地球の食事を食べさせるときほど気を使う事は無い。
それは将官学校で一木が散々習った事だった。
「な、なんてうまい料理なんだ! 」という小説でありふれたリアクションがもらえることもあるにはあるのだが、惑星が違う文化圏ともなるとそうもいかないことが多い。
有名なのとある惑星で起きたビーフシチュー事件である。
避難民のキャンプの食事に、シェフ監修の缶詰のビーフシチューを出した所、「臭い」「苦い」「油っぽい」と大不評。しかもなんの肉を食わせたのかと暴動が置きかけ、安心させるために牛の写真を見せた所、「こんなおぞましい生き物を食わせるなんて」と大規模な暴動に発展。多数の死傷者を出したのだ。
この文化参謀という役職が出来るきっかけにもなった事件を考えると、皇女様の食事の事も安易に考えるわけにはいかない。とは言えあの脂身が苦手と言うなら可能性はある。
「あとでシャルル大佐と調理係にメニュー案を出させましょう」
「会食で相手をもてなす。たまにはいいわね」
外務参謀がそんな当たり前の事をたまにしかしないことにツッコミを入れたくなったが、一木はぐっと我慢した。ミラー大佐。さぞ、高圧的な交渉だけをしてきたのだろう。
「一木司令、ご歓談の所申し訳ありませんが、歩兵部隊の揚陸作業もうすぐ終了します。最後の降下挺にご搭乗ください」
命令を出してから一時間足らず。やはりこの艦隊と師団は練度が高い。
一木は満足げに立ち上がり、参謀たちに号令を掛けた。
「よし。行きましょう、ルニ子爵領に! 」
「申し訳ないけど一木司令……」
意気込む一木に、ジーク大佐が不満げに告げる。
「そろそろ副官殿と手をつなぐのを止めてはどうでしょうか? 」
一木は慌てて手を離した。
マナ大尉とジーク大佐の言い合いと、他の参謀たちの笑い声を背に、一木は発進デッキへと歩き出した。
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