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状況 3年後 「卒業式」―終―

「……なんてことだ。徹夜で考えた名演説が無駄になった」


 ウキウキとマイクに向かうグーシュに、すれ違いざまにテクトトリーが呟いた。

 グーシュはその美丈夫に、まるで黙って聞けという風に笑みを向けた。


 マイクの前に立ったグーシュは、いつもの……三年前散々に一木が聞いた時と同じように、にしばし無言で佇む。

 会場が沈黙するまで待つことで、注目を集めるかの悪名高い総統も多用した手法だ。


 とはいえ、ここは一般人集う演説会場や街中ではない。

 皆が規律ある軍人なのだ。

 さして待つことなく、沈黙が訪れる。


「……今日、故郷を別とするわらわと仲間たちは、本当の同胞となった。即ち、異世界派遣軍軍人と言う、固い絆と栄光と名誉で結ばれたのだ」


 グーシュがそう言うと、卒業生の半数が喝采を上げた。

 いわゆる、グーシュ派と呼ばれる者達だ。

 一方で黙っている者達は、テクトトリー派と呼ばれる者達になる。


「その一方で、本日はもう一つ喜ばしい……勝利の日となった。皆も聞いているだろう……わらわ達異世界人将官候補生の結束を崩し、学びを妨害し、社会的、物理的に葬り去ろうとする者達の存在を……」


 これには主に来賓たちがどよめいた。

 まさか、先の件に卒業式で触れるとは思ってもいなかったからだ。

 陸軍中将が異世界人を害していたなどと言う情報が拡散されれば、反地球感情に繋がりかねない……。


「だが、それに対してわらわ……そして、テクトトリー、そして地球人協力者の力を得て、卒業式前に捕らえることに成功したのだ! これはわらわ一人では成し遂げれなかった、栄誉ある出来事である……しかも、その中の一人は火人連の工作員であった! 喜べ諸君、わらわ達は卒業前に戦果を上げたのだ!」


 この言葉に卒業生たちは派閥問わず喝采を揚げ、来賓たちは安堵した。

 グーシュは幸いにも、その矛先をしっかりと火人連の方に向けてくれたのだ。

 一木達にとってはある種自明であるグーシュの地球への配慮だが、やはりと言うべきか、その警戒感は強い。


 グーシュのその後の演説は、卒業生達へ一体となる事を訴え、地球へ感謝と忠誠を持つことを訴えかける内容だった。

 ある種、当たり前の内容と言っていい。

 これからの事を考えれば、グーシュ派とテクトトリー派の和解が必要なのは自明の理だからだ。


 だが、グーシュは……最後にこういった。


「……さて諸君。最後にだが、わらわは皆に……皆の心に持っていて欲しい心構えがある」


 声のトーンを落としてグーシュは言った。

 空気の変化を感じ取り、卒業生達はそれまでの話で緩んでいた自らを引き締めた。

 

 そうして注目が集まると、グーシュは講義でもするかのような口調で語り始めた。


「2084年。異世界派遣軍の前身である外惑星派遣軍が創設された際……その結成に際して当時の大統領ホセ・ガブリエル氏はこう演説した。『諸君、ゲートを潜った先では紳士であれ。どのような文明、生命が存在しようと、頭ごなしに敵対してはならない。”地球連邦軍様、異世界へようこそ”と現地民に言われるような行動を心がけて欲しい』とな……」


 『地球連邦軍様、異世界へようこそ』


 一木は今まですっかり忘れていたが、異世界派遣軍将官学校で必ず習う言葉だ。

 

 異世界に住む人々にこう言われるような行動を心がけよ。

 将官学校に入学した生徒はその初期の授業において必ずこう言われるのだ。


 だが、これはあくまでも地球人将官候補生の場合だ。

 異世界人将官候補生の場合は異なる。

 

 よもや異世界人に『異世界の現地人に様付けでようこそと言われるように振る舞え』などとは言えないだろうと、ひっそりと授業で取り上げる事は避ける事になったのだ。


 無論あからさまに隠すような事はしていない。

 教科書のデータを読み込めば見つかるだろうし、詳細なデータや何ならガブリエル大統領の演説の動画すら見る事が出来る。


 それでも……。

 異世界人将官候補生が気に留めないように気を使ってカリキュラムを組み、万が一批判の声が出た差異は早期に火消しを行えるよう専門チームまで組んで気を付けてきたのだ。


 それを……。


(グーシュの奴一体何のつもりだ!?)


 困惑した一木が小声で呻くが、他の来賓の反応も似たようなものだ。

 卒業まで爆発しなかった爆弾をに火をつける様な行動に、誰もがやきもきしていた。


 グーシュはそんな来賓席の様子……そして、多少差別的なニュアンスが含まれた言葉に気分を害した者がいる卒業生達をジッと見つめている。


 数人の卒業生がヒートアップし、近くの生徒と大きめの声で喋り始め、ざわめきが生じ始める。

 グーシュはそうなっても尚、黙って見ている。


 やがて司会役の教官アンドロイドがざわめきを戒め、静けさが戻るまで黙って見ていた。


「……どうやら不満を持った者が多少なりともいるようだな。だが……だが皆。確かに異世界の民が、実際に我らに対しこのように呼びかける事は……まあ、自然にしていればまずないだろう。しかしだ。我々が心に持つべき心構えとしては、この言葉は望外に優秀な言葉なのだ。だからこそ、あえてこの場で話として取り上げさせてもらった」


 語りながら、グーシュはじっくりと卒業生達を見回した。

 まるで、一人一人と目を合わせる様にじっくりと見回した。


「どう足掻いても侵入者という立ち位置のわらわ達が、文化も技術程度も違う者達に歩み寄るのは困難極まる事だ。地球人以上に多様なる文化文明である我々異世界人ならば猶更だ。そんな存在が、アンドロイドなどというまだ地球連邦を知らぬものからすれば異様な存在を連れていけば……どれほどの衝撃なのか、皆が一番よく知っているだろう?」


 グーシュの問いかけに、幾人かの卒業生が小さく頷いている。

 古くから地球連邦傘下に入っている者を別とすれば、この場にいる者の多くが多少なりとも突如やってきたエイリアンとその仲間であるアンドロイドへの驚愕を経験した者達だ。

 故に、グーシュの問いかけは覿面に効いた。

 自らが味わったあの衝撃、驚愕を自分たちが与える側になるのだという、今まで直視してこなかった事実を実感したのだ。


 そんな様子を見て取ったグーシュは大きく頷きながら、卒業生に言い聞かせるように言った。


「だからこそ、先の言葉を胸にしてほしい。この言葉に対し、思う事がある者もいるだろうが……それでも、あり得ざる言葉を口にする心情へと、過去の自分たちと同じ者達をどうすれば自分がいざなえるのか。そのことを考えながら軍務についてほしい。故郷にいた時の自分と、向き合いながら……」


 そこまで言うと、グーシュはスピーチを終えた。


 故郷にいた時の自分と向き合え。


 そして、自分にこう言わせてみせろ。


 地球連邦軍様、異世界へようこそ。と……。


 こう言われた卒業生達には高揚感というよりも、困惑に近い雰囲気が残った。

 ある種地球人が懸念した通りの状況になったのだ。

 現地人に尊敬され、感謝されるようにという意味合いで送られた言葉だが、その一方で強烈な異世界人差別とでも言うような感情の混じった言葉……。

 

 それを心にしまえと言われたのだから、当然だった。


 だが、そんな困惑もそこまでだった。

 首席によるスピーチの後の恒例行事。


 空に映し出されるメビウス戦闘機の映像と轟音に困惑の空気は消し飛ぶ。


 そしてその空気の霧散を狙いすましたように、グーシュが叫ぶ。


「このエデンで皆と出会い、学び、そして戦った三年間を誇りに思う!」


 スッと、そこまでグーシュが叫んだ所でいつの間にか隣に異動していたテクトトリーが次いで叫ぶ。


「さらば、我が愛おしい同志たちよ! 異世界人将官候補生一期生、解散!!」


「「「「「わああああああああああああああああああああああ!!!」」」」」


 その後はもはや暴風だった。

 予めの予定通り、卒業生達は手にしていたベレー帽を桜舞い散る青空に向かって放り投げる。

 

 黒いベレー帽が青空を埋め、桜吹雪のホログラムを隠す。

 そしてそのベレー帽が桜吹雪と共に降ってくるよりも早く、卒業生達は一気に入り口に向かって走り出していく。


 壇上にいる上位成績者達も例外ではない。

 いち早く駆け出したオルオロペ大佐が横転させた演説台をジャンプして飛び越えて、まるで子供の様に笑顔で駆けていく。


 それを見た来賓や一木は、一時しのぎとは知りつつも胸を撫で下ろした。







「貴様何を考えている?」


 桜の木々のホログラムの中を掛けながら、テクトトリーがグーシュに尋ねた。

 

「さっきの演説か? 簡単な事だ。地球人の差別意識が込められた言葉を意識させる事で地球人への反発を思い起こさせ、それでいて自分自身が地球の尖兵であることを意識させる事で異世界との隔絶を思い出させる。地球連邦軍様、異世界へようこそ……この奇妙な一言で、わらわ達はまとまる事が出来るのだ。即ち、地球人でも異世界人でもない、唯一無二の異世界派遣軍の異世界人として……」


「そんな事を聞いているのではない」


 グーシュの言葉を遮ると、テクトトリーはグーシュの手を掴んだ。

 そして、桜並木の中で立ち止まる。


 他の卒業生達は、シミュレータールームを出た先……食堂に用意されたパーティー会場に特別に用意された各異世界と地球のご馳走と酒に夢中で、立ち止まった二人に気が付かない。


 足音と歓声が遠ざかり、桜吹雪の中……少年の様な小さい皇女と美少女の様な大きな皇太子が対峙する。


 走っていたせいで軽く乱れた二人の息遣いだけが、桜の中少しだけ聞こえる。


「……ミルシャも、女皇帝もいないこの時に聞きたかった。貴様の目的を……」


「それは、わらわ達異世界人将官候補生の……あ痛」


 グーシュが思わず顔をしかめる。

 テクトトリーが掴んでいたグーシュの手首を少しだけ捻ったのだ。

 そうして身動きを封じた上で、テクトトリーは歪んだグーシュの顔に自分の顔を近づけた。


「ごまかしはやめろ。本当の事を言え。そうでなくばこのまま接吻するぞ」


 テクトトリーの言葉を聞いたグーシュは、珍しく怯えた表情を浮かべた。

 それを見たテクトトリーは言っておいてかなり傷ついたが、精神力でそれを押さえ付けた。

 そうして、ゆっくりと顔を近づけていく。


「……やめろ。言うから……他の奴には言うなよ」


「……最初からそうしろ」


 テクトトリーは、少し名残遅そうに顔を離した。

 

「お前が大統領を目指しているのは前に聞いた。この国は民主主義だし、こうして軍人として地球のために血を流す立場になれば合法的に政治に関わる事がいずれ出来るはずだ。だが、先の演説といい……お前は……」


「そこは変わらん。変わらんが……地球連邦は、変わりつつある」


 テクトトリーの声を遮ったグーシュの声は、少し自慢するような高揚があった。

 その様子に一瞬考え込んだテクトトリーは、グーシュの言わんとする事を察して目を見開いた。


「貴様……まさか……」


「……民主主義を地球が守り続けるのなら、わらわは大統領を合法的に目指すが……もし、この国が独裁を再び選択するのなら……」


 言葉を紡ぐグーシュの圧に負けた様に、テクトトリーは思わず顔をさらに話そうとするが、今度は逆にグーシュがテクトトリーの頭を押さえ付け、鼻が付くほどに顔を近づけた。


「テクトトリー。お前、わらわと一緒にこの国を……場合によってだが、盗る気はないか?」


 テクトトリーは息のを呑んだ。

 地球連邦を、盗る。

 あり得ざる事だと、思っていた。


「……お前、皇帝になる気か?」


「呼び名はどうでもいいがな。皇帝でも王でも終身大統領でも総統でも構わん」


「グーシュ、お前は……」


「ああーーーーー! こんな所で逢い引きしてる!!!」


 グーシュとテクトトリーの秘密の会話は、一旦サニュの大音声で中断されることとなった。

 故に、この場での陰謀はここで終わり。

 具体的な話は、次の機会に持ち越されることとなる。


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ皇女と皇太子と皇帝は、こうして地球連邦軍人としての第一歩を歩み出した。

 だが、この日は。

 

 歴史にはこう刻まれることとなる。

 地球連邦崩壊の一歩目と。


 かくして一木弘和が解き放った怪物は、仲間を得て躍動を始めた。

これにて、本編終了となります。


不完全燃焼に感じるかもしれませんが、当初からの予定通りの終わりです。


というのもX(旧Twitter)等で度々言っていましたが、今作はFateで言うとzeroにあたる物語なのです。

本来の本編はダッカが主人公で、グーシュはその上司という役割でした。


詳しいことは後程後書きの様な物を書いて説明したいと思います。


次回更新は1月8日の予定です。

内容としては後書きを予定していますが、余力があれば短編や設定解説も投稿したいと思います。


まずはひとまずの完結……皆さま、本当にありがとうございました。


とはいえ、まだもう少しだけ更新は続きますので、よろしくお願いいたします。

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