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状況 3年後 「卒業式」―9

 テクトトリーが駆け出したその時。

 ちょうどグーシュはミルシャと憲兵たちを引き連れてシミュレータールームの外れに来ていた。

 卒業生会場からは随分と離れた、今日に限って言えば僻地の様な場所だ。


「やあ、いい景色だな秘書官殿」


 着くや否やグーシュはその場所にある大きな桜のホログラムに向かって声を掛けた。

 反応は無かったが、声を掛けた後も数秒程見つめ続けると観念したように一人のSLが桜の木から抜け出る様に姿を現した。


 陸軍の制服を着た秘書官用のSLだ。

 一見すると何の変哲もない量産型で、見た目も地味な二十代の黄色人種にしか見えない。

 しいて言えば薄い茶髪くらいしか特徴の無い、印象の薄い女性型だ。


「今日卒業の大佐ですね? このような所で何を……私は閣下に命じられて」


 そしてその印象の薄いSLは姿を現すや否や無表情のまま口を開いた。

 しかしグーシュはその話を聞く気はなかった。

 話を遮る様にグーシュが手を上げると、背後にいた八人の完全武装の憲兵がMS44カービンを構え、秘書官に狙いを定めた。

 さらに音も無く滑るように動くと、一瞬にして秘書官を取り囲むように展開した。


「残念だが言い訳を聞くほど暇ではないのだ。すでに証拠はそろっているし、その閣下も今頃捕まっているだろう。そもそもだ。お前が持ち込んだ銃を渡す予定だった連中ももう来ないぞ。今頃は教官連中が摘発している」


 グーシュの言葉を聞くと、とうとう女の表情が歪んだ。

 歯を食いしばり、目を細めてグーシュを睨みつける。


「おお、怖い怖い」


 だが、グーシュはひるまない。

 そうしている間にも数人の憲兵が近づき、秘書官の女を捕えるべく行動し始める。

 手にはアンドロイド拘束用の強化カーボン製の手錠が握られている。

 先に動いていた憲兵の一人が秘書官の隠れていた桜の木のホログラムの場所を調べると、すぐに何かを見つけ出す。


「ありました、銃器の入ったカバンです!」


 そう言ってその憲兵がカバンを頭上に掲げながら桜のホログラムから出て来る。

 ぱっと見にも拳銃やサブマシンガン等の小火器が大量に入ったそのかばんに、一瞬視線が集中する。


「じゃっ!!」


「殿下!」


 奇妙な息を吐く声と、寸分たがわず同じタイミングのミルシャの声が響いたのは、その時だった。

 何が起きたのかグーシュは認識する事が出来ない。


 分かった事と言えば土のホログラムに半ば身体を埋めるように、実際には硬化樹脂製の床とミルシャの身体に挟まれて倒れていることぐらいだった。                                                                                                                                           

「ふぅ……皇女殿下、やってくれたよなあ。まさか俺がこんな所で終わっちまうとは……」


 次いで聞こえてきたのは男の声だった。

 まだ若い、チンピラの様な印象の声。


 だがその実力がチンピラと言えるようなものではない事は、シリコンと樹脂と金属部品をぶちまけて沈黙している憲兵だった者達の上半身と下半身が物語っている。


「殿下お下がりを。ここは僕が」


 グーシュの背中が軽くなる。

 グーシュを庇い押し倒していたミルシャが立ち上がったのだ。

 女性型の秘書官だった男と、グーシュの間に立ちふさがるミルシャ。


 足を大きく開き、腰のアンドロイド専用刀に手を掛ける。

 卒業式に向けてグーシュが通販で買った黒いスケスケの下着が視界に入り、思わずグーシュは凝視した。


「頼んだぞミルシャ。しかし、随分と大物が釣れたな……」


「随分と余裕じゃねえか! 副官のSS如きで俺が止められると思うなよ……お前らを始末したら次は会場にいる連中……その後は本部に殴り込みをかける……殺せるだけ殺してやる」


 男の声には一切の悲壮感が無かった。

 自らの戦闘力に関する絶大な自信が伺えた。


「威勢がいいな。わらわの名はグーシュリャリャポスティ。将官候補生大佐だ。貴殿の名は?」


 身を起こしたグーシュはミルシャ越しに男に尋ねた。

 相変わらずその声に動揺はない。

 男はそれに怒りを覚えたのか、威嚇するように表情を歪めた。


「お前……ワーヒドの姫さんの妹かよ。なら話は早え。その余裕もすぐ消える……なんせ、俺はRONINN……しかも特殊戦に特化した9番隊の隊員だ。ワーヒド同様にこの世からも追い出してやるよ!!!」


 瞬間、男は再び自身の()()()()を起動した。


 ジンライハナコの万物を切断する刀剣術。

 ルドラ・ヴァルダの力場による不可視の拳。

 ハン・ヨヌの電磁加速で駆ける高速機動脚。

 エリザベットの空間を支配する分離能力。


 それらRONINNの隊長格しか使用不可能なシステムと呼ばれる特殊機能を、9番隊の隊員はその全員が用いる事が出来た。


 ここにいる彼の場合は肘に仕込んだ液化バッテリーを電源にした、腕部の自在変化能力。

 クラレッタ大佐やシャルル大佐がRONINNやアイアオ人との戦闘で用いた能力と類似のものだ。


 先ほどの憲兵を攻撃したようにワイヤー状に変化させれば、自身の周囲にいる相手を一瞬で切り殺すことも出来る強力な能力だ。


(副官が死んでも余裕が見せられるか見ものだぜ!)


 RONINNは強い愉悦と共に太いワイヤー状に変化した両腕を、呑気に刀を構える副官……ミルシャに叩きつけた。

 彼女はあっけなくRONINNの視界から消えさり、息を吐くような擦れた悲鳴が辺りに響いた。

次回更新は12月21日の予定です。

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