状況 3年後 「卒業式」―8
「何、本当か!?」
地球連邦軍の来賓たちとひとしきり語り会場の隅にいたテクトトリーは、脳裏に飛び込んで来たサニュからの魔術通信を聞いて驚きを露にした。
『本当よ。そいつが最後のオクトパス……朕たちの敵よ。お前は会場にいるそいつを拘束して頂戴』
サニュの言葉を聞いたテクトトリーは少し不安そうにあたりを見回した。
いくら証言を言えたとはいえ、それだけで一介の異世界人将官候補生が地球連邦の将官を拘束など出来るのか不安だったのだ。
「俺だけでか?」
『お前にそんな期待してないわ。ナナナが教官と憲兵を連れて来てくれたの。全員サーレハの息のかかったアンドロイドよ。グーシュは今その半分とミルシャを連れて卒業式妨害の阻止に行ってるから、お前はもう半分とナナナが付き次第動いてちょうだい』
相変わらずの気の強そうな、意地の悪い様な、甲高くて、幼い印象の声に青筋を立てながらも、テクトトリーは「わかった」と応じた。
と、そこで彼は気になった事を尋ねた。
「卒業式の妨害阻止? 奴らの計画ってのは……何だったんだ?」
『襲撃よ。オクトパスの秘書が火人連のスパイだったそうよ。アンドロイドに偽装したサイボーグ。そいつが武器を持ち込んでて、それを受け取った学生数人に襲わせる計画だったのよ』
「来賓諸共か!?」
『もちろん。もし実行されてたら物理的にも社会的にも朕たちはお終いだったわね』
あまりにも乱暴な計画だが、それだけにその脅威は絶大だ。
仮に火人連のスパイやオクトパスの関与が明らかになろうとも、軍の高官を巻き込んでのテロともなれば異世界人の軍人への起用と言う計画は再起不能の打撃を受けたのは確実だ。
「……グーシュはそんな武器を持った連中の制圧なんて出来るのか? いくら憲兵がいるとはいえ……」
テクトトリーはグーシュの身を心から心配した。
この三年間同士として活動してきたかけがえのない仲間であり、女にしておくには惜しい程の逸材であり、少年の様な活発なあの皇女がテクトトリーは気に入っていた。
だが、そんなテクトトリー以上にグーシュに心酔している筈のサニュはあっけらかんした様子でこう言ってのけた。
『大丈夫でしょ。だってミルシャがいるのよ?』
※
それから数分後。
卒業式会場にナナナ大佐が連れてきた憲兵が到着。
彼らを率いたテクトトリーは最後のオクトパス……つい先ほど話していた、肥えた陸軍中将を拘束した。
「この人物だ! この人物こそが、我々異世界人将官候補生に対し繰り返し妨害工作を仕掛けた首謀者……火星民主主義人類救世連合の工作員、オクトパスだ」
テクトトリーの突然の糾弾に周囲は騒然としたが、異世界派遣軍本部憲兵がその指示に従い動いているためか、思っていた程の混乱は無かった。
テクトトリーがそれよりも心配していた一木弘和と一行の安全についても、慌てて駆け寄ってきた彼がモノアイをグルグル回している様子が見て取れた事で確認する事が出来た。
だが、唯一不可思議なのが陸軍中将の様子だった。
テクトトリーの糾弾が始まった当初こそ驚愕していたのだが、ひとしきりそれが終わり憲兵が拘束するに至り、その表情はむしろ穏やかな、ホッとしたようなものに変わっていったのだ。
「よかった……やっと、やっと解放される……」
「……解放? おいお前、どういう事だ?」
中将の不可解な呟きに疑問を持ったテクトトリーが尋ねると、中将は心の底からの安堵を声ににじませて喋り出した。
「あの女からだ。あの女……火人連が連絡員に寄こした、あの化け物。俺は確かに今の連邦に不満を持っていたし、火人連に手を貸すつもりだったが……だからと言って、あんな化け物を寄こすなんて……あいつは素手で、人間を細切れにするんだぞ?」
早口の中将の言葉を聞いて、テクトトリーは思わず青ざめた。
アンドロイドへ偽装した火人連サイボーグの事は知っていたが、どれも潜伏と偽装に主眼を置いたために普通の人間やSL程度の性能の筈だ。
それが、素手で人間を細切れにするなど……。
そしてそんな存在の元に今、大切な仲間が向かっているのだ。
「おいお前、知っている事を全部教えろ! お前の秘書ってのは一体……」
テクトトリーの言葉に、中将は感情を爆発させ目を剥いて叫んだ。
「お前も知ってるだろ! RONIINだよ。三年前ワーヒド星域会戦で一個師団を壊滅させ、空間湾曲ゲート守備艦隊を壊滅させたあのRONINN……その潜伏特化型のサイボーグだ!」
「グーシュリャリャポスティ!!!」
中将の叫びを聞いた瞬間、思わずテクトトリーはグーシュの名を呼び、そして駆け出していた。
桜並木のホログラムの彼方。
この部屋の反対側、襲撃者の集合場所へと。
次回更新は12月18日の予定です。




