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状況 3年後 「卒業式」―7

「詠唱はもういいのか?」


 グーシュが頭をポンポン叩きながらサニュに問うと、彼女は恍惚とした表情で元気よく頷いた。

 あの無口で不愛想で何も知らなかった娘の変わりように、グーシュは自分の責任を棚に上げてしみじみと感じ入った。


 だが、現状はそんな感傷を許す余裕などない。

 気持ちを切り替えたグーシュはミルシャの方に視線を送る。

 それを受けたミルシャは、ベットに縛り付けられた男をジッと見つめた。


「……な、なんだよ……俺は、知らねえよ。オクトパスなんて……工作活動なんて……」


 ミルシャの視線に対して怯えたように男は呻く。

 しかし、その言葉は逆効果だった。


「……意外と元気に喋りますね。もう少し痛めつけます」


「そうだな。失敗してもう一度詠唱するのは避けたい。くれぐれも死なせるな」


「や、やめてく……」


 グーシュとミルシャの言葉を聞いた男が絶望的な表情で声を上げる。

 しかしその言葉が終わるよりも早く、ミルシャの拳が再び男の腹部に撃ち込まれた。


「あっ、ぐっっっ……やっ! たしゅ……」


 肉を叩くような嫌な音を聞きながら、衰弱する男を皇女と皇帝がジッと見ていた。


 今ミルシャに腹をひたすら殴られている男が、グーシュとテクトトリーがずっと追い求めていた異世界人将官候補生の中に居るオクトパスの工作員……と目されている人物だった。


 だが、摘発するに足る足を出さなかった。

 取り巻きの様な連中による活動や、休日エデンの街で行われるアナログなやり取りを中心にした活動はこのハイテク社会においては存外に厄介で、この三年グーシュ達の活動は常に対処療法の様なモノに止まり続けた。


 ならばと、他の者の様に圧力をかけて退学に追い込もうとしてもそれも難しかった。

 なぜならこの男は他の異世界人と違い、身辺に常に副官役のパートナーアンドロイドを置いていたからだ。


 当然の話であるが、脅迫を含む圧力をかけて退学に追い込む行為は禁止されている。

 ノコノコ副官のアンドロイドの前でそんな行為をしては、グーシュとテクトトリーの方が退学になってしまう。


 だが、今日は違う。


 予めサーレハから卒業式において大規模な工作を行うと言う情報を得る事が出来た今日ならば、サーレハが派遣したアンドロイドに男のパートナーアンドロイドを業務を口実に連れ出した隙にこのような行為が出来る。


 無論、パートナーアンドロイドが戻ってきて暴行の痕跡を見つければ問題になるだろうが、その点も問題は無い。

 なにせ、明日の……正確には卒業式の三時間後には書類上は正式な異世界派遣軍の軍人となるからだ。

 

 在学中は法律上、特別将官候補生(外惑星居住民)として国務省と内務省から口を出される立場だったが、異世界派遣軍の所属となれば国防総省、そして異世界派遣軍本部の管轄となる。

 となれば、サーレハの口利きで穏当な扱いを得る事も可能なのだ。


 そしてこの卒業後の三時間暴力行為を隠蔽し、口を割らない男を自白させる切り札がサニュがたった一つ使える魔術だった。


 ノマワーク帝国皇族に代々伝わる「人を操る魔法」だ。


 これはそのままの効果の魔術で、術をかけた人物に一定の範囲内で命令を下しそれを実現可能な範囲で守らせることが出来る驚異の術だった。


 ノマワーク帝国には魔法と呼ばれる物は古代のおとぎ話としてしか存在せず、サニュ自身はおまじないか何かだと思っていたのだが、ヒアナを始めとする魔法を扱える候補生により解析が行われた結果その効果が判明したのだ。


 と、ここまで聞くと凄まじい魔術に思えるこの術だが、非常な欠点があった。


 まず、詠唱が長い。

 サニュが先ほどグーシュの隣で祈る様に何かを呟いていたのだが、あれこそがこの「人を操る魔法」の詠唱であり、おおよそ二十分ほどかかる。


 この長い詠唱を、ヒアナが作成した魔力とマナを補完する符を所持して行い、その上で対象に術を掛ける必要があるのだが、ここでもう一つの欠点が生じて来る。


 術を掛ける相手が衰弱している必要があるのだ。

 サニュが見たノマワーク皇族の記録を見る限りでは長期間の飢餓や同じく長時間の重労働。

 もしくは重大な精神的ショック状態にある必要があった。


 もはやここまで来ると、便利な魔法と言うよりは強制収容所か何かで洗脳する時専門の魔法と言った感じで、おおよそ実用的とは言い難い魔法であったが。

 だが、今日この状況下においてはこれに頼る他なかった。


 こうしてグーシュとサニュ、そしてミルシャは第一容疑者の部屋に押し掛け、拷問を兼ねた暴行を行った上で「人を操る魔法」の準備をしていたのだ。


「メリテーム ペカーティース モルスエスト アニマエル!」


 そうして、ひとしきりミルシャによる殴打が終わった後サニュが最後の詠唱と同時に「人を操る魔法」を男にかける。


 しばらくは何も起きないように思え、すわ失敗かとグーシュとミルシャは慌てた。

 しかし男に掲げたサニュの手が淡く輝き、男にその光が流れ込んだ事で術が掛かったのが見て取れ、二人はホッと胸を撫で下ろした。


「グーシュやったわ♪ どう? 凄いでしょ。五代前の皇帝陛下はこれで将軍達に永遠の忠義を命じたそうよ」


「…………ああ、凄いな」


 子猫の様にグーシュにすり寄るサニュに対し、一瞬ノマワーク帝国という国への空恐ろしさから引いたグーシュだったが、すぐに気を取り直した。

 なにせ、自分の祖母と曾祖父はもっとろくでなしだったのだから。


「よし、サニュ。まず聞くのはオクトパスの正体だ。所属、名前そのほか知る事一切。次に、今日の計画についてだ。卒業式まで時間がないぞ、急げよ」


「分かったわグーシュ。さあ、朕が命じる……お前に異世界人の育成妨害を命じた者の、お前が知る全てを教えろ」


 サニュが命じた瞬間、度重なる殴打によって青白くなった男が気味悪い程の俊敏な動きでサニュの方を見た。

 そして弱弱しい声で、それに反したハキハキとした口調で。

 三年間グーシュ達が求め続けた事を語り始めた。

明日も更新します。

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