状況 3年後 「卒業式」―6
男の言い訳の一件をグーシュ達は箝口令を敷いて隠ぺいした。
単なる言い訳かつ、無為に地球人への敵意を煽ると考えたからだ。
男の話を聞いた者達に無許可で暴力を振るったという負い目があった事もあり、この事自体は成功した。
にもかかわらず、その後も発生する暴力沙汰や危険物の窃盗、持ち込みを行う人物の少なくない者が最初の男と同様の事を語るに至り、グーシュとテクトトリーは外部からの介入を疑わざるを得なかった。
ありきたりと言えばありきたり言い訳である「地球人にそそのかされた」という話ではあるものの、エデンの街で複数の仲介者を介しつつ置手紙によって指示を出すという手法が一致していたのだ。
そうしている間にも候補生による騒動は多発かつ過激化を続け、とうとう素行不良者続出による異世界人育成の中止話がグーシュやテクトトリーの耳に入るまでに事態は悪化した。
この時、もしも異世界人達を率いていたのがテクトトリーだけならば、彼らは早々に詰んでいただろう。
しかしグーシュと言う人間には、他の異世界人には無いコネクションがあった。
「多少効きすぎる薬になるかもしれんが……こういう状況ならば頼らざるをえんな。まあ、わらわに任せておけ」
「グーシュ貴様……地球人に伝手があるのか?」
テクトトリーはこの問いの際、珍しく驚きの表情を浮かべていた。
彼にとって最も親しい地球人とは故郷の駐留軍の司令官だったが、数年おきに異動になる名前と顔だけを知っているだけの、置物の様な人物でしかなかった。
無論駐留軍自体とは付き合いも深かったが、そこで顔を合わせ親しくなっているのは全員アンドロイド達だったのだ。
「お前ほどの奴でも地球人と親しくないのか?」
対するグーシュの方も驚いていた。
コネクション構築と言うのは、王族や指導者層にとって基本的かつ最重要な事柄である。
一木やサーレハと言う変わり者としか接していなかったグーシュにとって、地元の異世界人を避ける地球人司令官と言うのは想像の埒外だったのだ。
「やはりお前には……我には無い物があるようだな。つくづく女にしておくには惜しい」
そう言ってテクトトリーはグーシュのほっそりとした尻をじっと見たのだった。
そうしてグーシュが伝手……アブドゥラ・ビン・サーレハに連絡を取って数週間後。
異世界派遣軍本部戦史編集課という閑職でワーヒド星域会戦の禊をしていたサーレハが視察と異世界人候補生へのインタビューという名目でエデンの異世界人候補生学校を訪れた。
そこでグーシュとテクトトリーは、ようやく敵の正体を知る事が出来た。
「親火星民主主義人類救世連合……通称オクトパスの生き残りだ」
オクトパス。
先日の第三次大粛清において野党勢力と官僚、反アンドロイド主義者の中に多数いた彼らは徹底的な弾圧を受け、その大半が拘束の末行方知れずとなっていた。
かつては地球連邦の半分を支配しているとまで言われていた彼らは現状壊滅状態にあり、特に官僚や軍にいた者は全滅したとまで言われていたのだが……。
「陸海空、もしくは内務省か自治国軍に大物が残っているようなのだが……尻尾を出さないのだ。内務省捜査局も連邦捜査局も中央情報局も公安も未だに詳細を掴めないでいる」
地球連邦政府の大きな欠点がこの情報組織の数の多さだった。
連邦結成前の組織を統合できずに半ばそのまま召し抱えた結果、効率的な捜査が出来ず諜報面に大きな支障を来していた。
一点いい所があるとすれば……否、あったとすれば相互監視が強すぎて非合法活動や弾圧の類が出来ない事であり、この点情報組織をまとめなかった狙いが成功してはいるのだが……今回の様なスパイを探し出すと言った本来業務においては明らかなマイナスであった。
「それでは……我たちを助けてはくれないのか?」
テクトトリーが問うと、サーレハはバツの悪そうな顔をした。
その顔を見て、テクトトリーとグーシュは猛烈に嫌な予感を感じた。
「……さすがに察しがいいな。申し訳ないが、助けてやれないどころか……協力を頼みたい。現状オクトパスが行っている工作は異世界人将官候補生へのモノだけなのだ。君たちにはこのまま介入を受けた上で、オクトパスの尻尾……いや、足を捕まえてもらいたい」
唯一の助け舟から逆に助けを乞われたグーシュとテクトトリーは目に見えて嫌な顔をしたが、断る事など出来ようはずも無かった。
この厄介な申し出が唯一の助かる道なのだから、受けるしかなかったのだ。
こうして、二人は将官候補生の中に信頼できる味方を増やしつつ、サーレハが仲介に派遣した数人のアンドロイド教官の助力の下妨害工作に立ち向かって来たのだ。
結果。
脅迫しての自主退学強要による実質的追放12人。
窃盗、暴行等の現行犯摘発による退学処分者6人。
暗殺5人。
どうしようもない状況下で最終的手段として将官候補生の異世界人に犠牲を出しつつも、どうにか体裁を取り繕って卒業までこぎつけたのだ。
だが、これで終わりでは無かった。
閑職から復帰し中央に戻ったサーレハはより一層オクトパス摘発に心血を注いだが、それでも摘発には至らず、グーシュ達もまた実行者や過激な思想を持つ者の予防的排除以上の事は出来なかった。
結局こうして、卒業の日を迎えてしまったのだ。
その上、サーレハがもたらした情報はより一層危機感を感じる物だった。
「卒業式の日に何か大掛かりな事を起こそうとしているようなのだ。だが、この期に及んで足を出さん」
「相手の見当もつかないのか?」
グーシュが問うと、サーレハは申し訳なさそうに声をつまらせた。
「候補者を十数人まで絞り込みはしたが確証がないのだ。あまり強権を行使して今陸海空軍と揉めるのは避けたいしな……」
この時、アブドゥラ・ビン・サーレハは七惑星連合への反撃のために組織される特務戦略軍司令の辞令を受けていた。
独断専行で事を起こすのは避けたかったのだ。
だから、グーシュは決断した。
「ならば話は早い。卒業式には各軍から来賓が来るはずだな? そいつらを……」
自分たちの敵を、自分たちの手で捕らえる事を。
※
「……どうだミルシャ、吐いたか?」
薄暗い将官候補生の個室で、入り口近くの椅子に座ったグーシュは寝台の脇に立つ副官のミルシャに尋ねた。
異世界人将官候補生にも地球人同様、教育開始と同時に副官役のアンドロイドが支給されて一人一人に付けられるのだが、彼らは支給されたアンドロイドをあまり信頼せず、始終一緒にいるのはグーシュくらいだった。
「いえ、殿下まだ何も……やはり、これではダメそうです」
そう言ってミルシャは、拳をグーシュに見せた。
彼女の隣にある寝台には、上半身裸の若い男が手足をベットの足に縛り付けられて呻いていた。
その胴体には無数の殴打痕が青黒く残っている。
ミルシャがアンドロイドの力で繰り返し殴打したのだ。
かなりの苦痛だろうが、男は弱弱しく呻きつつ、それでもうっすらとした笑みを浮かべている。
「へ、へへ。殿下に、陛下……お、おれは何も、しらね、えよ」
擦れた様な声にも関わらず勝ち誇ったような声に、グーシュはため息をついた。
「はぁ……急いでいるというのに……サニュ、やっぱりにわか仕込みの拷問ではダメだな」
ミルシャの拳を眺めたミルシャは、自分の椅子の隣で膝を付き、手を組んで祈るサニュ・カーダ・フタ・ノマワークに声を掛けた。
グーシュの声を聞いたサニュは、ゆっくりと目を開けるとグーシュの顔を見上げた。
「ほらね、グーシュ……やっぱり朕の言ったとおりでしょ? 朕の魔術を使うのが一番よ」
炎の様に真っ赤な髪と瞳と、雪の様に白い肌のサニュは、グーシュ好みの気の強そうな、意地の悪い様な、甲高くて、幼い印象の声で囀った。
尻尾があればさぞ大きく揺れてるのだろうな、と嫉妬混じりの視線でミルシャはそれを見ていた。
次回更新は12月12日の予定です。
一緒に情報機関の解説も投稿したので、よろしければご覧ください。




