状況 3年後 「卒業式」―5
『テクトトリー殿下』
桜の立体映像の奥で一木達がどよめいているその時。
そのどよめきの原因であるテクトトリーの脳裏にヒアナの声が響いた。
機械による無線通信ではない。
将官候補生達の中に居る魔法能力者が合同で開発した通信魔法だ。
この魔法はテレパシーの様に相互の意思を電波等に頼らず伝え合うと言う優れたもので、何より科学的手段では傍受も妨害も、そして認識も出来ないという優れた代物だった(魔法と言う特性上アイアオ人には通信を察知される)。
とは言え利点ばかりではない。
用いるには一定の魔力とマナを込めた符を所持する必要がある事。
さらに通信魔法を用いる者が相互に対面した上で符に所持者の血をしみ込ませる必要があり、さらに効果範囲も数キロと短いという欠陥があった。
だが、この通信魔法によってテクトトリー、そしてグーシュリャリャポスティはこの異世界人将官候補生の参加者達を支配し、そして外部の敵対者の妨害を防いできたのだ。
『どうしたヒアナ?』
眼前にいる肥えた中年の陸軍中将に笑みを向けながらテクトトリーは応じた。
心にもないおべっかを言いながら、淀みなくヒアナに応じるのは流石皇太子という所だ。
『一木弘和閣下たち異軍来賓の方々が到着しました……そちらはどうですか?』
ヒアナの声色には若干の焦りが含まれていた。
まるで何か、急いでいるようだ。
それに対し、テクトトリーも若干の焦りと……そして嫌悪感をにじませる声で応じた。
『駄目だ。流石にこんな場所での雑談程度では何も分からん。グーシュとサニュが情報を掴んで来ないと、どうしようもない。そもそも、本当にこの中に居るのか?』
テクトトリーの問いにヒアナは一瞬声を詰まらせた。
テクトトリーの問いは、実のところヒアナを始めグーシュを含む彼らの仲間全員が共有していた思いだったからだ。
『その可能性は完全には否定できませんが……そもそもそこを疑ってしまえば……アブドゥラ・ビン・サーレハの話を疑ってしまえば、全てが終わりです。グーシュ様風に言えば、どうしようも無い事は考慮しない、という事です』
ヒアナの言葉を聞いて、テクトトリーは魔法通信で器用にため息をついた。
『わかった。我はもう少し来賓連中に探りを入れる。お前は一木閣下たちをもう少し足止めしておけ。巻き込むなと言うのがサーレハの意向だからな……なにせ』
そこまで言ったところで、テクトトリーは言葉を一旦中断した。
目の前の肥った陸軍中将が挨拶のため……いや、どう見てもセクハラじみた動きでハグしてきたからだ。
だが、乱れた脳内に反してテクトトリーは肉で丸くなった背中に手を回し、脂ぎった顔を胸で受け止めた。
『……なにせ、この中に居るのはオクトパスの生き残り。三年間俺たちを攻撃してきた最後の親火星派だ。問い詰めて暴れ出されでもされたら大事になるからな』
『心得ています。身どもはグーシュ殿下とさっき増援に出したお母さんに連絡を入れておきます。尋問を早くに終える様にと』
『頼んだぞ』
テクトトリーは通信を終えると、優雅な動きでハンカチを取り出し、それとない動きで皮脂で汚れた胸元を軽くふいた。
そうして、次の目標を定めるとゆっくりとそちらに向かって歩き出した。
※
異世界人将官候補生達が自分たちが攻撃されている事に気が付いたのは、候補生課程が始まって半年ほどたった頃だった。
ヒアナが語ったように集められた当初、出身異世界や生まれによって無数の派閥に分かれていた彼らの仲たがいは、教育に支障をきたす程のものだった。
彼らが当初受けたのは集団行動と基本的な軍人としての適性を養うための歩兵育成課程と、地球の一般常識を身に着けるための座学が中心だったのだが、そのことに不満を持つ者が続出したのだ。
これはある種無理からぬことで、何せ彼らは”将官候補生”としての教育を受けるつもりで集まったのだ。
それが蓋を開けてみれば、歩兵としての集団教育。
食い扶持や立身出世を夢見てきたような平民出身者ならば出身異世界を問わず問題にならなかったが、貴族階級や元々軍人だった様な者にとっては納得出来なかったのだ。
この点、事前説明も無しにいきなりハートマン軍曹よろしく怒鳴りつけた地球側にも非が無いとは言い難かったが、それでも教官役のアンドロイド達に全力で反抗し、時には暴力沙汰まで起こしたのはまずかった。
当然異世界派遣軍や国防総省、連邦議員まで動く大問題となった。
この段階で危機感を抱いて動きだしたのが、グーシュリャリャポスティとテクトトリー・グラフクローだった。
二人は授業崩壊が最初に起きた時から危機感を抱き、問題行動を起こした者の説得や教官役アンドロイド達への提言など、様々な形で異世界人将官候補生課程をスムーズに進めるべく活動した。
この動きは当初個別に行われていたが、早々に互いの知るところとなり二人が集めた有志を交えた「会議」へと発展していった。
二人を中心とした会議は問題行動を起こした者を個別に説得するのでは埒が明かないと、まずは無数に分裂した異世界人をまとめる事にした。
この時、彼らは異世界人を一個の集団にする事は困難だと判断した。
なにせ、一期生三百人の経歴は何もかもが違い過ぎる。
その上、この集いの初期メンバーの大半が貴族とその取り巻きで占められていたのが問題だった。
これでは、平民出身者や民主的な世界出身者が反発してしまう。
そこでグーシュとテクトトリーは一計を案じた。
自分たちが表面的に対立した上で、異世界人を二派閥に分けて対立軸を作ったうえでまとめる事にしたのだ。
グーシュリャリャポスティは主に平民出身者や、軍人等でも比較的低階級の者達を。
テクトトリーは主に貴族階級を、軍人も高位の者達を。
こうして対立軸を作った事で、二人は均衡を意識して相互に連絡を取りつつ派閥を広げていった。
そうしていくうちに、グーシュ派には平民や低位の者以外にも比較的開明的な考えの者達が身分問わず集まりだし、対してテクトトリー派には貴族、高位軍人以外にも保守的な者達や取り入って出世を狙う上昇志向の強い者達が集まった。
こうして異世界人達はまとまり、教育課程も開始から二か月を経た頃からようやく真っ当に進むようになった。
一部どうしようもない者達もいたが、そう言った者は派閥から締め出し圧力をかける事で退職に追い込み、滞りなく教育課程は進んでいった。
だが、開始から半年たった頃。
派閥に属していない一人の生徒が訓練用の人間用高周波ブレードを盗み出すという事件が起きた。
この事件自体は盗んで早々に生徒の一人が気が付き、教官側への発覚前に解決。
高周波ブレードも三分も経たないうちに保管庫に単純なミスとして戻された。
これに対して両派閥の生徒の末端が激昂。
グーシュとテクトトリー不在の就寝時暴行に及んだのだ。
だが、この際。
この生徒が言った一言が、全てを変えた。
『入学前に地球人から頼まれていた。騒動を起こして、異世界人教育課程をぶち壊せと……』
報告を受けたグーシュとテクトトリーは当初、苦し紛れの言い訳だと考えた。
しかし、これが。
三年間に及ぶ、親火星派オクトパスとの暗闘の始まりだった。
次回更新は12月8日の予定です。




