状況 3年後 「卒業式」―4
一木は思わず懐かしい気持ちになった。
そう、あの時。
三年前のあの時あの二人を助けたその時から、異世界と言う場所との関りが始まったのだ。
シキと二人で赴いた初めての異世界ギニラス。
そこで現場実習の担当を務めた黒野少将から命じられたのは、一般的な実務研修では無かった。
『ここで俺たちの仕事を見ながら聞くような事は、配属後に師団や艦隊の参謀型に聞けばわかる事だ』
『だから、お前には今しかできない事をやってもらう……カーナ、例の物を』
『ふひ、ふひひ……いち、一木しゃん……どうぞ……』
そう言って黒野少将が副官に持ってこさせたのは、コピー用紙に印刷された一枚の地図だった。
降下前に見たマップ情報から、それがこのギニラスにある立教列国と呼ばれる国の一つ、カタイ王国の物だと知れた。
『現在俺たちが調査中のセキュラリア辺境からこのカタイ王国王都まで、副官のシキと一緒に二人だけで異世界を徒歩で旅してみろ。もちろん異星人だってバレるなよ』
『大丈夫だ。潜入用のマントを羽織ってればそうそうバレないし、ちょっと騒ぎになってもこの世界なら情報もそんなには広まらない……大変だろうが、肌で異世界ってもんを感じる唯一の機会だ。師団長や駐留軍の指揮官になれば、そんな機会は二度とないぞ』
『自分がこれから生きていく世界を、身一つで歩いて、見てこい。それが俺の研修だ』
そう言って送り出されたギニラスで、騒ぎにならないように山道や森を歩いていたあの時。
無数のエルフの騎士に少年少女が襲われているのを見過ごせず、スラスターを吹かしてジャンプして飛び出した。
(……あの時から、俺もこの子達も随分と遠くに来たな……)
そうして一木が感慨にふけっている間に二人は一行のすぐ目の前まで駆け寄ってきた。
だが、子犬のように駆けてきたのはそこまで。
二人は目の前でピタリと足を止めると、子供の様な笑顔を引き締めて見事な敬礼をした。
すっかり背が伸びて大人になったダッカと、少女から大人の女性になりつつあるヒアナ。
そんな二人を見て一木は胸の中が熱くなるのを感じた。
「一木閣下。お久しぶりです。ダッカ大佐、ヒアナ大佐両名……挨拶に伺いました」
「……うぅ……二人、とも」
ダッカの声を聞くと、とうとう一木は堪えきれなくなり嗚咽を漏らした。
前潟准将たちはそんな一木の背中や肩にそっと手をあてた。
そうして少しの間涙ぐんでいた一木はようやく立ち直ると、二人の頭を撫でてやった。
前潟准将はその一木の行為に何か言いたげだったが、今回ばかりは何も言わなかった。
何より、ダッカ達も嬉しそうにしていた。
「ダッカ、本当に大きくなったな。ヒアナも……すっかり大人の女性だな。可愛いってより美人になって……」
「セクハラ……」
ぼそりと前潟准将の、若干の嫉妬混じりの呟きが聞こえたが、上田代将達が「まあまあ」と抑える。
「ああ、紹介しよう。俺の今のパートナーアンドロイドで副官のマナ少佐だ。こっちは……」
一木がそうして部下にして同期の仲間を紹介すると、ダッカとヒアナは少し緊張した面持ちで握手していった。
「皆さんが異世界派遣軍の来賓なんですよね? もう卒業生の間では噂になってましたよ。配属先の指揮官の一人が来るって。一部のやる気のある人なんかはアピールするって躍起になってますけど……」
ダッカが尋ねると、一木は小さくモノアイを揺らした。
そして、前潟准将たちと目くばせをするとスピーカーを鳴らした。
「そのことなんだが……ちょっと会場から離れた所に……」
「?」「?」
神妙な様子の一木を不思議そうに見ながら、促されるまま二人は桜吹雪の映像激しい一画へと歩き出した。
※
「ええ、グーシュさんが素行不良!?」
「ダッカ君……声が大きいよ。一木閣下、どこでその話を?」
驚きのあまり声を上げるダッカをヒアナが諫める。
一木はモノアイで周囲を見渡しつつ、自分もスピーカーの音量を絞って話し出した。
「最初に聞いたのは王代将が聞いたっていう噂話だな……」
「せや」
一木のモノアイに促され、王代将が口を開く。
「ワイも一木はん同様、この異世界人将官候補生の実情は知らんかったんやが……本部の売店で飯買うとる時に、本部で働いとる同期に会うてそいつから聞いたんや。通称”殿下”って呼ばれとる候補生がヤバイってな。同性の同期を食いまくっとるっちゅう話を……」
「そこに来て、さっき会った卒業生の話だ。ナナナ……何とか大佐っていうおばあちゃんっぽい人だ。さっき会場途中の並木で出くわして、そしたらグーシュとサニュって卒業式がいないから探しに行くって言っててね」
一木の言葉をダッカとヒアナは静かに聞いていた。
そして、二人で顔を見合わせる。
「本部スタッフにまで噂が広まる女性関係の悪さ。卒業式当日の失踪。これじゃあ卒業後に自分の部下として迎え入れようとしていた一木も不安になるわよ。あなた達グーシュリャリャポスティとは入学まで一緒に暮らして勉強してたんでしょ? 実際のところどうなのよ」
そんな様子を見ていた前潟准将は、少しキツイ言い方で二人を問い詰めた。
それに対して、尚も数秒程互いに見つめ合っていた二人は意を決したように話し始めた。
「……そういう事でしたら……皇女殿下からは口止めされていたんですがお話し致します」
神妙な面持ちでヒアナは言った。
セキュラリア訛りの英語のためか、翻訳機を介した一木にもまるで歌を歌うような、詩を朗読するような心地いい旋律が感じられた。
「その噂に関しては、内容に関しては半分本当……という所でしょうか」
「半分やて?」
王代将の言葉にヒアナは頷いた。
「皇女殿下……グーシュリャリャポスティ殿下は確かに女の子に手を出しまくっていますが、この場合の”殿下”はもう一人の将官候補生も示しています。つまり、同性の同期に手を出しまくっている”殿下”という将官候補生は二人いるのです」
ヒアナの情報に、一木達は若干引いてしまった。
そんな存在が二人もいるなど……風紀が乱れすぎていくら自由な異世界派遣軍とは言ってもさすがにどうなのかと思わざるを得なかった。
そんな空気を感じ取ったのか、ダッカが不満そうに口を開いた。
「その気持ちは分かるけれど……無数の派閥に分かれてエライことになってた将官候補生を二派閥にまとめ上げたのはその二人の”殿下”なんだ。そのことは考慮してくれよ」
「ダッカ君、一木さん達は上官だよ……言葉言葉……とはいえダッカ君の言う事も事実でして……」
ダッカの言葉遣いを諫めつつ、ヒアナは続けた。
「何せ出身異世界の何もかもが違う人間が三百人以上集まっているわけで。入学初期だけでも技術レベル、社会制度、出身階級、肌の色、性別、魔法の有無、貴族か否かetc……これらの要素が複雑怪奇に混ざり合って大変でしたよ。授業にも支障をきたしてましたしね」
一木達は今度はその光景を想像してげんなりとした。
三年前の宇宙港での騒乱を考えれば容易に想像できる光景だからだ。
(グーシュ……ダッカ、ヒアナ……そんな大変な場所に)
一木は想像を超えた労苦にあった馴染みの面々の苦労を思い、モノアイを回した。
「そんな我々をまとめるべく奔走し、最終的に二大派閥にまとめ上げたのが二人の殿下……我らがグーシュリャリャポスティ殿下と……そして」
ヒアナはそこまで言うと、視線で会場の一画を凝視した。
一木達がそちらを見ると、一人の卒業生がまるで当たり前の様に来賓の中に混じり雑談している光景が目に入った。
異世界派遣軍以外の軍には異世界人や異世界派遣軍自体を見下すような風潮がある事を考えると、凄まじい社交性だ。
「異世界最大規模の国力を誇ると言われる”グラフクロー帝国”の次期皇帝。皇太子のテクトトリー殿下です」
身長190cm程の、流れる様な白銀の長髪の美人がそこにいた。
少女漫画から抜け出てきたような、絵にかいたような美しさだ。
「て、え? 皇太子?」
上田代将が思わず問い返す。
「……はい。テクトトリー殿下は男性です」
「なんやと!」
男の娘型アンドロイドをパートナーにしたくて日本に来たという経歴の王代将が思わず反応して声を荒げる。
「異世界人派遣軍将官候補生……やっぱりキャラが濃いですねえ」
津志田代将が他人事の様に楽しそうに呟いた。
次回更新は12月2日の予定です。




