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状況 3年後 「卒業式」―2

「……大丈夫だ。大丈夫……なにかあったらサーレハ司令に頼もう」


 憐れみの視線にさらされる事数秒……絞り出すように一木は言った。


「他力本願やが……まあそれしかないわな」


「素行不良だとやっぱり成績に影響すんのかなあ……ああ、今から別の師団長探すの大変だなあ」


 一木がモノアイをくるりと回しながら泣き言を漏らすと、王代将や上田代将もぼやく。

 この数か月44師団絡みの業務を多々こなしていたのだから無理もない。


「ほらほらシャキッとしなさい。それにほら、今から将官学校の卒業式じゃない。師団長候補ならそこにグーシュ以外にもいるはずよ。第一、まだ上位成績じゃないと決まったわけじゃないし……」


「そうだな……はぁ……こうして入り口で固まってても邪魔だし、会場に行くか」 

 

 一木の言葉に全員で頷くと、一行はシミュレータールームの入り口付近から移動し、桜並木を歩き出した。

 このまま桜の立体映像の中を百メートルほども歩けば会場に着く筈だ。


「しかし……本当にきれいだな。立体映像とは……いや、立体映像だからこそか。現実じゃあこんなに花びらが舞ってたらすぐに桜自体が散っちゃうからな」


 一木がモノアイをユラユラと動かしながら呟く。

 その通り、会場への誘導路を兼ねた桜並木は耐えることの無い桜吹雪に包まれていた。

 先が見えない程のピンク色一色の景色は、美しくもあり、幻想的でもあり……そして、若干ではあるが……。


「なんかちょっと怖いですね……」


 津志田代将がいつもの茶化すような声を落とし気味にして呟いた。

 毎度おなじみの前潟准将へのボディタッチも、甘えるような様子が見て取れる。

 前潟准将もそんな空気を感じ取ったのか、津志田代将の肩を抱き寄せてやった。


「……いや本当にちょっと桜舞い過ぎじゃない? 先が見えないわよ」


「設定ミスかあ? しかしマジで……こうなるとちょっとしたホラーだな」


 前潟准将の危惧する声に、上田代将まで真面目なトーンで応じた。

 遠くがかすむ程の桜吹雪の中、目を凝らさなければ並木が示す道すら分からない上、部屋の材質の関係上やたらと音が響かず、物静かなのだ。

 ホラーと言えば、なるほど恐怖を感じる様な光景とも言えた。


「ごめんなさい」


「「「うわっ!!!」」」


 痛いほどの静寂と、舞い散る桜吹雪の中……。

 桜吹雪にかすむ真正面からいきなり聞こえた女の声に全員が思わず悲鳴を上げた。

 咄嗟に声がした方に身構えるマナ少佐の後ろに、おもわず全員が隠れる様に下がる。

 そうして数秒程すると、桜吹雪の中から一人の女性が姿を現した。


「て、あらあら。上官殿じゃないですか」


 少し間の抜けた様な事を言いながら敬礼するのは、将官候補生の制服を着た銀色の髪をした30歳程の美女だった。

 どうにも声に力が無く、どことなく儚げで幸薄い様な雰囲気を纏っており、一木達は咄嗟に「未亡人」という言葉が頭をよぎった。

 だが通りすがりの未亡人でも、そう言う見た目のアンドロイドでもない。

 その証拠に長い髪を異世界派遣軍指定の結び方でまとめている。どうやら将官学校の生徒のようだ。


「……しかも胸元のバッチ……卒業生やないか」


 王代将の言う通り、銀髪の美女の胸元にはローマ数字のⅢをモチーフにしたバッジが輝いている。

 つまりは三年生、今日の主役である卒業生であることを示していた。


(随分と年上ね……)


 前潟准将が小声でささやいた。


(今回の異世界人枠では地球人同様年齢制限は付けなかったらしいからな)


 一木が説明すると前潟准将は軽く頷いた。

 異世界派遣軍将官候補生は人手不足のため、随分と昔から地球人枠に関しては年齢制限はなかった。

 だが異世界人という文化的、技術的ハンデのある人々から募集する今回も同様に年齢制限がないというのは中々大胆である。


 機械も碌にない様な世界の出身者では、携帯端末の扱いやネットに関する事を理解するのは……ましてや三十歳以上ではかなり難儀するはずだ。


(と、いかんいかん)


 しばし考え込んでいた一木だが、敬礼されて上官が無視していてはよくないと慌てて答礼する。


「来賓の一木弘和中将だ。君は……卒業生がこんな所でどうした?」


「将官候補生のナナナ・ワ・ミ・ト・ス・カシュ大佐であります。卒業生のグーシュリャリャポスティとサニュ・カーダ・フタ・ノマワークを探しておりました」


 ナナナ(以下略)と名乗った見習い階級である大佐の言葉を、一木はじっくりと反芻した。

 探しておりました。

 グーシュリャリャポスティを……。

 そう、つまり……。


「……卒業式直前に姿をくらましとるんかいあの皇女様は……」


 王代将の言葉が一木にチクチクと刺さる。

 視界の隅に表示される時刻は、卒業式まであと一時間を示していた。


「三年前のカッコつけた別れは何だったんだ」


 一木の嘆きは桜吹雪に呑まれ、擦れる様に消えていった。

 そんな嘆きのサイボーグをよそに、上田代将が音も無くナナナ大佐に近づいていく。


「まあまあ落ち着けよみんな……ナナナ大佐、だったな? 俺は上田拓代将……今日の来賓の一人だ。しかし君は美しい……どうだい、式の後食事でも?」


 (いにしえ)の口説き文句に一木達は呆れたが、この筋肉男はこういう奴なので今更何も言わなかった。

 だが当のナナナ大佐は首を少し傾げつつ困惑したように言った。


「代将閣下、ご冗談はよしてください。こんなおばあちゃんに……」


 一瞬翻訳機が故障したのかと一木達は訝しんだ。

 しかしそもそもナナナ大佐が喋っているのは少し訛りのある英語だった。

 異世界の言語ならともかく、地球の言語を誤訳する事はあり得ない。

 第一、一木以外は英語が喋れるのだ。


「……そんな謙遜……あれ、もしかしてエルフみたいな長命種ってやつ……かな?」


 戸惑いつつ上田代将が問いかけるが、これはあり得ない事だ。

 確かに異世界にはファンタジーのエルフの様な長命種の亜人もいるし、アイアオ人のように異世界派遣軍で働いている亜人もいる。

 だが、今回の異世界人枠では亜人種の入学は許可されていないし、現状アイオイ人以外に協力している亜人種はいない。

 そうなれば……。


「いえいえ、私は今年で33歳になります。二年前に息子のお嫁さんが女の子を生みまして……祖母になりました」


 ナナナ大佐の言葉に全員が思わず面食い、上田代将は口をあんぐりとあけてマジマジと美しく若いおばあちゃんを見つめた。


 ナナナ・ワ・ミ・ト・ス・カシュ。

 将官候補生の間での通称は伯爵夫人、またはお母さん。

 後にグーシュリャリャポスティの良心と呼ばれることになる女性である。

次回更新は11月27日の予定です。

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