状況 3年後 「地球」―1
「旦那様、賽野目様がお見えです」
薄暗く、唯一の光源である巨大な円筒状のガラスにより照らされた空間に女の声が響く。
ヌメヌメとした粘着質の、独特な発音の声だ。
声の主はメイド服……の様な装飾が施された、ロングスカートタイプの異世界派遣軍の制服を着込んだSSだった。
丁寧に編みこまれた長い金髪に猫の様に細長く青い瞳を持つ、好奇心が服を着ているような女性タイプだ。
上着の首元にある階級章から、異世界派遣軍本部所属の外務参謀型大佐である事が分かる。
「エリー……通せ」
エリーと呼ばれたメイド姿の外務参謀の声に対し応じたのは、今にも死にそうな老人だった。
車いすに座り、骨と皮だけになり無数の管と点滴の針に覆われた身体。
不健康に乾いた皮膚に、不自然なまでに体毛の無い肌。
それでも。
そんな死に全身を浸した身体にあって、唯一目だけが生気に溢れた異様な老人だった。
そして、老人の声を聞いたメイド姿の外務参謀が薄暗い部屋の扉を開ける。
外の明かりが一瞬室内を照らすと、そこが何らかの製造施設の様な場所だと知れた。
無数のコンピューターや設備、作りかけの部材や散らばった機材。
見る者が見れば、それらがアンドロイドの製造に関するものだと知れただろう。
「相良……」
入り口から部屋に入ってきたのは、スーツの下にはちきれんばかりの筋肉を纏った偉丈夫の老人だった。
一木弘和の後見人にして、地球人に付くことを選択したナンバーズの一人。
ナンバー4 賽野目 羅符。
通称”賽野目博士”と呼ばれる男だ。
そしてそんな彼が呼んだ相良、という名前。
それが死にそうな老人の名だった。
地球連邦アンドロイド製造企業の内、その外装面において比類ないブランド力と顧客からの支持を受けるアンドロイド製造企業の大手、サガラ社の最高経営責任者。
御年132歳の相良拓斗その人だ。
「よお、親友……相変わらずデカいな」
「お前は……また、小さくなったな」
相良老人の軽口に対して、賽野目博士は思わず素直な言葉を漏らしてしまった。
それほどまでに、ここ数か月の相良老人の衰えは顕著だった。
「お前はさあ……もう少し、軽口に……うぅ、ゴホッゴホッ! ……おうか……桜花、水を……」
笑顔で賽野目博士に軽口で応じてむせ込んだ相良老人は、自身の背後で車いすのハンドルを握っていた「桜花」と呼んだ女性……いや、女性型アンドロイドに声を掛けた。
腰まである長い黒髪に下半身が袴の様な形状の異世界派遣軍の改造征服に身を包んだ、190cm程はあろうかという長身の女性型SSだ。
切れ長で鋭い目線は攻撃的なまでに尖り、丸くかわいらしい眼鏡をもってしても怖い、という印象を隠し切れない程だ。
階級章から、異世界派遣軍本部の艦務参謀型大佐である事が知れた。
そんな桜花と呼ばれたSSは、丁寧で素早い動きで懐から水の入った容器と脱脂綿を取り出した。
そして、乾ききった相良老人の口元に水をしみ込ませた脱脂綿をあて、水分をゆっくりと流し込んだ。
「……水も、普通に飲めんのか?」
その光景を見て、ショックを隠し切れない様に賽野目博士が呻いた。
「……すでに相良様は限界なのです。お医者様曰く、口にものを入れるどころか生きているのが不思議なほどだと……」
目つきの悪い艦務参謀型が悲しみに満ちた口調で言うと、賽野目博士は相良老人の車いすの隣に駆け寄り、膝を付いた。
そして、乾いた頬に手を触れる。
「我が、友よ……病院に行った方が……」
「……そう、悲しい声を出すな。私は、130年以上生きたん、だぞ? もう、十分だ。だが、な……今日だけは……この……私の最後にして、最高傑作の起動だけは……」
そう言って相良老人は正面にある円筒状の物体に目を向けた。
薄明りを放つその円筒状の物体は強化ガラスで出来ており、その中には一体のアンドロイドが人口皮膚培養液に浮かんでいた。
やや濁っている培養液のため細部は見えないが、どうやら女性型のようだ。
「……美しい……まさに、君たち人類を導くナンバー8にふさわしい。もう、縮退炉は?」
賽野目博士が感極まったように呟くと、相良老人は力なく喉を鳴らすように笑った。
「準備は、全て、済んでいる……さあ、起動させよう。こうして、我が友と記念すべき時が迎えられるのは、本当に、僥倖だ。エリー、桜花……起動準備を」
相良老人が命じると、メイド服型の制服を着たエリーと呼ばれたSSと袴型の制服を着た桜花と呼ばれたSSがテキパキとコンピューターや機械の操作を始めた。
「……この二人がそうか?」
賽野目博士が感慨深げに呟くと、相良老人は笑い声を少しだけ上げた。
「最高傑作とまでは言えないが、私の……わが社の自信作だ。五年前に計画が動き出してから、ナンバー8のお付きとして製造し、異世界派遣軍で経験を積ませておいたのだ」
「ありがとう、本当に、ありがとう。まさか、異世界派遣軍本部の俊英を……」
実のところこの二人のアンドロイドは、異世界派遣軍ではちょっとした有名人だった。
サガラ社で特別製造され、瞬く間に頭角を現し僅か三年で小隊長から艦隊参謀、そして本部勤務まで昇進した異例の存在。
外務参謀 八枚舌のエリー
艦務参謀 艦殺しの桜花
そんな二つ名で呼ばれる程の者達だ。
「まさか最後の娘を、一人で最前線に送るわけにはいかんからな……すでに、決まったのだろう?」
「ああ」
相良老人の問いに、賽野目博士は強く頷いた。
「七惑星連合の占領領域へ殴り込みをかける、アブドゥラ・ビン・サーレハ上級大将を司令官とする新設の特務戦略軍……。その傘下の機動艦隊参謀長の椅子を用意した。エリーと桜花も、そこの外務参謀と艦務参謀として赴任させる。ナンバーズとしての経験を積むには最も向いた場所だ」
「……過去から来た男と、異世界の皇女殿下が配属される艦隊か……」
相良老人がしみじみと呟く。
と、同時に準備を終えたエリーが状況を知らせる声が響く。
「相良会長、縮退炉への通電及び基本人格プログラムの起動準備整いました」
その声に、二人の老人はジッと互いの目を見合った。
そして、どちらとも無く、頷き合う。
「……ナンバー8……地球人類を導く、我らが末妹」
「さあ、我が最高傑作……人類を導く自由の女神……マリアンヌ、起動せよ」
感極まった二人の老人の、歓喜の入り混じった声と同時に……カプセル内の人工皮膚培養液が排出され始めた。
次回更新は11月11日の予定です。




