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状況 3年後 「火星」―1

――西暦2168年5月

  火星民主主義人類救世連合首都”フリーダム”



「ご一同静粛に!」


 火星民主主義人類救世連合評議会議事堂に老人の威厳ある声が響いた。

 火星評議会運営委員であるスミス老の声だ。

 火星植民後最初に建設されたドーム型半地下都市であるフリーダムは、最初期のもっとも厳しい時点で建設されたため、地球連邦の支援開始後の都市やスペースコロニーと比べると狭く、設備的にも洗練されているとは言い難い。


 そのため、評議会議事堂と呼ばれる国権の最高機関もその名と権限に比して非常に小さいものだった。


 現に、先ほどの評議会運営委員の声によって沈黙する議事堂で、あくびを我慢しているシュシュリャリャヨイティもその狭さとカビ臭いエアコンの風に辟易していた。


(これが七惑星連合最大勢力の首都の議場とは……標準艦の会議室の方が広いしきれいだった)


 長い長い議論と演説に疲れを感じていたシュシュリャリャヨイティは、考え込むような難しい表情を作ると目を閉じた。


 今日この議事堂で話し合われていた議題は七惑星連合と火人連の未来を決定する重大なものだったが、シュシュリャリャヨイティにとっては事前の根回しによって結果が決まっていた。

 故に、長ったらしい他の評議員の話はおろか自分自身の演説ですらも無意味かつ退屈なものだったのだ。


 そんなシュシュリャリャヨイティを、隣に座ったクク大佐……否、今日の立場はカルナーク人の代表(ヤー)……が指でつついた。

 いつものルーリアトの礼服姿のシュシュリャリャヨイティとは違い、クク代表は軍服ではなくカルナークの伝統服姿だった。

 やたらと肩が盛り上がった黒一色の、ジャケットとワンピースが混じったような服はあまり似合っているとは言い難い。


「大丈夫、起きてるから」


「でも……」


「大丈夫だから」


 小声で言い合っていると、周囲に座っている老人や中年男性の一部がジロリと睨みつけて来る。

 彼らは火人連やカルナーク人のいわゆる指導者層だ。

 今日この場で行われる重大な議題について議論し、投票し、結論を出すため集まっている。


(そして、私の根回しに応じなかった敵対派閥の連中だ……)


 今睨みつけた者達の数は少ない。

 議場にいる人間のせいぜい五分の一程度。

 そして、今日なされる決定の後には文字通り消え去る運命の者達……。


「投票の結果をお知らせします!」


 再びスミス老の声が響く。

 シュシュは尚も目を閉じたままだ。


「まず最初に火星民主主義救世連合評議会と七惑星連合評議会の統合案ですが……賛成、82票! 反対、15票! 無効票3票……よって本案は可決されました!!」


 議場からおおっ! という声が上がり、ぱちぱちと軽い拍手が巻き起こる。

 この案が通った事により、火星民主主義救世連合はその最高意思決定機関を七惑星連合のそれと統合する事となる。


 これは単純に七惑星連合の意思決定がスムーズになるという事だけではない。

 これまで七惑星連合内の最大勢力として権勢を誇った火人連が、実質的に七惑星連合内に取り込まれるという事なのだ。


 今までルモン騎士長やゴッジ将軍に上から命令を下していた火人連が(当然だが、命令する権限など無かった。火星と言う唯一の拠点を提供する火人連に逆らえないのを知ってゴリ押していた)、これからは最高意思決定機関の一員となった彼らによって統治される立場となる。


 だが、これで終わりではない。

 スミス老の声はまだ続く。


「続いて、七惑星連合最高評議会議長選出の投票結果です。先の案の投票と同時に行われた投票により、評議会議長は……」


 今日シュシュリャリャヨイティが退屈にしていた最大の理由がこれだった。

 統合評議会の可否を決める投票と同時に統合評議会議長を決める投票を行ったという、恐るべき茶番。

 

 ただ単に二つの投票を分ければ済む話だったのだが、ルモン騎士長や軍師長が反対派の神経を逆なでして暴発や反発を誘発し、粛清の呼び水にしたいとわざわざ仕込んだ嫌がらせだ。


「82票の最高票数を獲得した、ルーリアト統合体議長シュシュリャリャヨイティ氏に決定いたしました」


 スミス老の声が響くと同時に大きな拍手が巻き起こり、同時に幾人かが声を荒げた。

 だが、その荒げた声が聞くに堪えない意味を持つよりも早く、さらに大きな声が議場を包んだ。


集中(ラシュ)!!!!!!!!」


 シュシュリャリャヨイティの後ろの席に座っていたポンポン・ガーネス666・名誉カルナーク亜人大佐だ。

 鼓膜が破けそうなほどの大音声と、巨大な眼球による睨みにより罵声を発しようとした評議員たちは引き下がらざるを得なかった。


「ポンちゃんうるさいよ」


「むー」


 そんな中、気にした様子も無くシュシュリャリャヨイティはようやく目を開け、立ち上がった。

 そして周囲に頭を下げ、軽く手を振る。


 賛成票を入れた評議員達から歓声が上がった。


 熱っぽい視線を送る、シュシュリャリャヨイティが肉体で籠絡した者達。

 狂信的な視線を送る、ニャル中佐を信奉するチクタクマン信者達。

 クク代表派のカルナーク人達や、ジンライ・ハナコ達を支援する火人連機械派(サイボーグ推進派)の面々。

 そして、七惑星連合推進派の者達。


 そういった諸々の幹部連中をこの三年でまとめ上げ、シュシュリャリャヨイティは名実ともに七惑星連合のトップになった。


 もはや、未開惑星の名ばかり構成員ではない。

 ルーリアト統合体は既に七惑星連合内に狂信的支持者を多数持ち、制圧異世界の捕虜アンドロイド12万体を後方支援軍として抱える火人連、カルナークに告ぐ大勢力だ。


 そんな彼女がこうしてトップになった事により……。

 三年前のワーヒド星域会戦と月軌道会戦によって粛清を行い、その傷を癒し、そして……ついに今日この時、七惑星連合は組織としての完成を見た。


 にこやかな表情を浮かべ、シュシュリャリャヨイティはゆっくりと歩き出す。

 議場の中心、演説台へと。

 議長選出後の方針演説のため。

 そして、ある宣言を行うため……。

次回更新は10月30日の予定です。

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