エピローグ6-2 皇女の両手
(この者の目は本当に……ならば、わらわには……本当に、覇が)
「コラ! ヒアナー! 外で裸にならないって約束したじゃないかあああああああああ!!!」
そんな所に、観光客をようやく潜り抜けて少年が走り寄ってきた。
その少年の声によってヒアナからの圧が抜け、グーシュは我に返った。
(この者……)
唖然としてヒアナと、そして駆け寄ってきた少年を見つめる。
不満げに少年を見るヒアナと、立ち尽くすグーシュ達を焦ったように眺めていた。
そして状況をある程度把握したのか、びりびりに破けた白いワンピースを頭からヒアナに被せると、大きく腰を折って頭を下げた。
「グーシュリャリャポスティ殿下とミルシャさんですね? ヒアナが失礼な事を……いい子なんですけど、たまに神託とか言っていきなりこういう事しちゃうんですが、悪気は無くて……ええと……本当にすいませんでした!」
叫ぶように謝罪すると、頭に被せられたワンピースをとろうともがいていたヒアナの頭を手で地面に押し付ける様に下げさせ、さらに自分も膝を付いて土下座の様な姿勢をとる。
さすがに周囲の視線がシャレにならない事に今更ながら気が付いたグーシュは、苦笑しながら少年とヒアナの肩に手を置き頭を上げさせた。
「いやいや、構わんよ……文化の違いというものは理解している故、な。……あー、所で少年。君が……一木の言っていた元冒険者の……」
グーシュに促され顔を上げた少年は「アッ」と声を上げると慌てた様に口を開いた。
「僕は……僕の名前はダッカ……家名は無いので、故郷の惑星を姓にしてダッカ・ギニラスと名乗っています。こっちはヒアナ……同じく家名は無いので、ヒアナ・ギニラスと名乗っています」
少年……ダッカの名乗りを聞いて、グーシュは微笑んだ。
ヒアナにはいろいろな感情を抱いたが、この少年にはシンプルに好感を抱いたからだ。
「殿下、申し訳ないのですが……」
するとそんな視線を感じてなのか、ヒアナが小さく釘をさすように言った。
「ダッカ少年は身どもの将来の夫なので……抱くなら事前に許可を願います」
その言葉を聞いて、グーシュとミルシャは一瞬きょとんとした後……思わず大笑いした。
先ほどまでの狂信的な口調とは打って変わって普通の少女の様な口調だったからだ。
「は~あ……まあ色々あったが。ヒアナ、ダッカ。これからよろしく頼むよ」
ひとしきり笑った後、グーシュは杖を地面に突き立て、二人に手を差し出した。
ヒアナは左手を。
ダッカは右手を掴む。
ミルシャはグーシュの隣にピッタリと寄り添いながら、少し胡散臭そうにヒアナを見ていた。
「大丈夫でしょうか殿下……」
ミルシャの言葉にダッカが申し訳なさそうにしているが、グーシュはそんなダッカを励ますように言った。
「なあに大丈夫だ。どのみち一木の紹介を無下にも出来んし、今更エデンで家を探すのも難しい。第一、将官学校の受験勉強に自力で受かるのも大変だしな。よし、ヒアナよ最初の仕事だ。わらわとミルシャを見事将官学校に受からせてみせよ!」
具体的に言うとミルシャは将官学校に入学するわけでは無く、あくまでもアンドロイドとしてグーシュの副官枠で異世界派遣軍に入隊する扱いになるのだが、ルーリアト人の知識しかないミルシャがそのままアンドロイドの副官として通用するわけも無く……。
当初予定からミルシャもグーシュ同様の勉強をすることになっていたのだ。
「御意。全身全霊を持ってお二方に知をもたらせましょう」
自信ありげな表情でヒアナはグーシュの命令を受け取った。
ダッカは尚も申し訳なさそうにしていた。
ミルシャはそんなダッカを少し憐れむような視線で見た後、その肩を軽く叩いた。
この日、グーシュリャリャポスティはその身を解き放った一木弘和と別れ、ミルシャとただ二人で地球連邦という新しい世界に飛び出した。
だが、後年幾人かの歴史学者が指摘するように……。
この時点のグーシュリャリャポスティは、如何にカリスマや驚異的な学習能力があろうとも、ただの十代の少女に過ぎなかった。
故に。
仮にこのまま地球連邦内で活動したとしても、過酷な異世界派遣軍での活動や、ましてや魑魅魍魎闊歩する地球連邦の政界で生き抜く事は不可能だった。
だが、今日この時。
グーシュリャリャポスティがこの二人。
悪名を持ってグーシュリャリャポスティを支えた、この二人と出会った事で。
数多異名を持つこの二人を得た事で。
彼女は地球連邦と言う新しい世界で成り上がっていく力を得た。
”グーシュリャリャポスティの左手”
”地球の魔法使い”
”教祖”
”女ハイドリヒ”
ヒアナ・ギニラス
”グーシュリャリャポスティの右手”
”元冒険者”
”虐殺者”
”一木弘和から引き継いだ男”
ダッカ・ギニラス
次回更新は10月25日の予定です。




