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状況その5―9 冒険者と戦巫女

「どうしたんだい少年?」


 ヒアナのくすぐるような優しい声で少年は我に返った。

 記憶の中で見上げていた一木の姿は軌道エレベーターに代わり、抱き合って震えていたヒアナはすぐ隣で白いワンピース姿で佇んでいる。


「いや……一木さんに助けられた時の事を思い出してた……」


 そう言って少年はヒアナの方を向いた。

 当時は見上げていたヒアナの顔は、今では少年とすっかり並んでいた。

 一木に助けられ、黒野のザンスカール旅団の宿営地に行き、三食栄養バランスのいい地球の食事を摂り始めて以来、急激に身長が伸びたからだ。


 当時は年上の姉のように思っていたヒアナは、今ではすっかり年相応に感じられた。


「? どうしたんだい。身どもの顔に見とれたのかい?」


 だが、そう言ってコロコロと笑うヒアナを見るとすぐに年下の自分に戻ってしまう。

 身長以外にも、知識の面でも少年は努力を重ね成長したつもりだが……将官学校入学試験の勉強以外の地球文化やコンピューター関係の知識も深いヒアナには未だに敵わない。

 ……セキュラリアの巫女本来の仕事においても、敵わない。


「違うよ。ただ……一木さんに会えなくて残念だな、てさ」


 誤魔化し半分、本音半分で少年は答えた。

 当初はグーシュリャリャポスティとそのお付きを送るために一緒に来るという話だったのだが、異世界に行ったばかりの人間がエデンの大気圏内に入るには防疫等の問題から手続きが難しかったのだ。

 

 では二人が軌道ステーションまで行けばいいのかと言うと、そうもいかず……。

 エデン在住の異世界人が軌道ステーションに行くための手続きが煩雑かつ難しいため、そちらもあきらめざるを得なかった。


「まあ、仕方ないよ。身どもも久しぶりに会ってお礼が言いたかったけれど、事情が事情だけにね。楽しみは異世界派遣軍の軍人になってからにしようよ」


「そうだな……」


 ヒアナの慰めに相槌をうちつつ、少年は再び軌道エレベーターを見つめた。

 文字通り天を貫く、冒険者の頃は想像だにしなかった巨大な建造物。


 いや、あの頃思いもしなかった事と言えば……。


「皇族のお世話……正直……不安だ」


 少年は思いを吐露するとヒアナの手を握った。

 成長した少年からすると華奢な……しかし、未だに包容力において比類ない手。

 ヒアナは少年の不安を拭う様に乱雑に握られた手を軽く撫でると、指をするりと絡め、握りなおした。


「一木さんのお願いを二つ返事で了承してからずっと言ってますもんね……そりゃあ、遠くの国とは言え皇族のお嬢さんをお世話するなんて不安ですよね。そんなに不安ならお断りすればよかったのに」


 全く不安を感じさせない様子でヒアナはコロコロと笑った。

 そんなヒアナを見ていると、少年は今回に限らず彼女が隣にいてくれて本当によかったと心の底から思った。


「一木さんのお願いを無下にできる訳ないだろう。それに、故郷を追い出された人なんだ。自分たちと同じ境遇の人を見捨てられないよ」


「その思いを心の中に持っていれば大丈夫ですよ。だいたい王様だろうが皇帝だろうが、身一つで出てくれば同じ人間です。臣下でもない身ども達があたふたする必要はないですよ。歳も近いですし友達になるつもりで接しましょう」


「友達……友達かあ……」


 少年は手元の端末を取り出して、かつてシャフリヤールで撮られた集合写真から切り抜かれたグーシュとミルシャの画像を見つめた。

 カタイ王国の王族など見たこともない少年にとって初めて目にする……異国とは言え高貴な身分の人間だったが、確かにこうして目にする限り普通の人間だった。

 となればヒアナの言う通りごく普通に接して、気が合えば友達になるくらいの方がいいのだろう。


「……とはいえ、遠くに来たなあ」


 それでも、心の中では微かな緊張と……得も言われぬ感傷がよぎる。

 寒村で雑穀粥を啜っていた農民が異国の皇族と友人になどなれるなど、思いもしなかった。


「あ、少年。軌道ステーションからの降下便が来たよ! ほら、紙を掲げて」


 うだうだと悩んでいる少年をよそに、ヒアナが軌道エレベーターを指さす。

 地上ステーションが近づきブレーキを掛ける降下便がレールとの接地面を微かに発光させながら降りて来るのが見えた。

 いささか早いが、周囲にちらほらいる出迎えの人間に紛れないためにも作っておいた紙を出しておくべきだろう。

 そう判断した少年は『歓迎、ルーリアト帝国第三皇女グーシュリャリャポスティ殿下とお付き騎士ミルシャ♪』と印刷された紙を頭上に掲げた。

 携帯端末の文章作成ソフトで作成し、プリンターで印刷した少年の自作だった。

 余談だが作業時間は4時間。


 そうして、緊張と多少のワクワクを感じる事数分。

 ぞろぞろとやってくる観光客の群れがやってきた。

 ミスが無ければあの中にグーシュリャリャポスティとミルシャがいるはずだ。


 少年は緊張の面持ちで観光にウキウキした人々の中から必死にグーシュ達を探す。

 一方のヒアナは少し楽し気に、「グーシュ様~♪」などと軽く声を掛けていた。


 そうして、再び数分が経った頃。


 観光客がタクシーやバスに一通り乗り、それ以外の乗客が出迎えと合流を果たした頃。

 ほぼ最後尾を歩く、異世界派遣軍の制服から装飾を取り払った服装の二人組が見えた。


「あ、あれだ……ヒアナ……ヒアナ!?」


 出迎え相手がまさかいないのかと思い不安になりかけていた少年が、ようやく目的の二人を見つけ出した安堵感から隣のヒアナを見ると……そこには笑顔のヒアナはいなかった。


 先ほどまでの追憶の中の、エルファンの聖騎士に取り囲まれ、セキュラリアの目的を感化されたあの時の、驚愕したヒアナがそこにいた。


「ど、どうしたんだヒアナ……ヒアナ?」


 心配した少年が名を呼び、腕を掴んでゆすっても反応は無い。

 ただ、歩いてくるグーシュとミルシャを目を見開いて凝視している。


「………………………………………………………………()だ」


「は?」


 長い長い沈黙の後、小さく呟くと……セキュラリアの戦巫女ヒアナは着ていた白いワンピースを破り捨てる様に脱ぎ、いきなり走り出した。


 履いていた靴まで放り出し、全裸で駆けだすヒアナを少年はあっけに取られて見ていた。

次回更新は10月19日の予定です

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