状況その5―8 冒険者と戦巫女
「ここまでだセキュラリアの虫……手間をとらせてくれたな」
「淫売婦」
「奴隷の分際で」
「身の程を知れ」
「しれ」
身を起こしたヒアナにエルファンの聖騎士達から無感情な声が掛けられる。
四十の黒い死人の様な目が巫女を射抜く。
魔力を付与された特殊鋼製の全身甲冑に武装一式を全身に身に着けた完全装備のエルファンは、明らかに十六、七の少年少女に対しては過剰戦力だ。
おまけに少女の方は魔力を使い果たし、唯一の武器の短刀も失っている。
勝ち目は無いように思えた。
だが……。
「ここまで? いいえ……ここから、ですよ。武器展開」
ヒアナは魔法で縮小格納していた自身のスタッフを腰のポーチから取り出した。
ヒアナの身長ほどもある軽銀製の杖で、先端には拳ほどの大きさの青い宝玉がはめ込まれている。
棒先は簡易的な槍として使える様に鋭く尖っており、冒険者などが一般的に用いるものよりも、軍の魔術師が用いるものに近い形状をしていた。
「身どもの名はヒアナ……救世国家セキュラリアの戦巫女にして、アガペアの僕として人類を導く者……お前たち狂った生体機械ごときに遅れは取らないぞ!」
完全なはったりだった。
すでに魔力が尽きた状況では、魔法の行使に補正のつくスタッフを持っていようが何の意味も無いからだ。
そもそもで言うと、ヒアナは戦巫女である。
戦に赴く戦士達に祈りと身体を捧げ、癒しと祝福を与えるのが本来の仕事である。
それ故、特異な魔法も身体補助等のいわゆるバフを与えるものが主で、正面切って敵を撃破するような事は不得意だった。
「少年……聞こえるかい? 今から時間を稼ぐから、君だけでも逃げるんだ」
それでも挑もうとするのは、ひとえに少年がいたからだった。
成り行きで巻き込み、保護者を死なせ、さらに夢までも奪ってしまっていた、哀れな少年。
この状況下ではヒアナがどんなに善戦しようと逃げられる可能性は皆無に近いが、それでも言わずにはいられなかった。
(……さて、二十人のエルファン相手に棒術だけでどこまで……)
「僕も戦います!」
そんなヒアナの前に、身を起こした少年は守る様に立った。
痛みに震える手で剣を構え、ヒアナを守るその姿に、思わず少女は見とれてしまった。
「少年、何を言って……いいから逃げるんだ。君には関係無い……」
「関係あるに決まってるでしょう! あなたは僕の依頼人だし、あなた達は僕たち人類のために戦っているのに……関係ない訳ないじゃないか!」
「少年……」
ヒアナはある種の感動を覚えていた。
ただ怯えるだけだと思っていた少年が、ほんの僅かな時間でひとかどの冒険者になっている事実に胸が熱くなる。
いっそ最後の魔力を用いて秘蔵の加護を掛けようかとも思うが、それは思いとどまる。
魔力を使い果たして意識を失う訳にはいかない。
巫女として、少年が事切れる最後の時……せめて抱き締めてあげるくらいはしなければ申し訳が立たないからだ。
だがそんな少年とヒアナの覚悟を踏みにじる様に、エルファンの聖騎士達は剣を収め、腰に下げていた石弓を一斉に構える。
三人ほど剣を構えたまま突撃に備えつつ、残りのエルファンが油断も隙も無く遠距離から一方的に仕留める気だ。
しかも高威力の巻き上げ式の大型の矢だけではなく、小型の機械式連射弓を持った者までいる。
さらに言うならばもし矢を防ごうとも、彼女達には強力な魔法攻撃もあるのだ。
完全に、正面から手堅く殺すつもりだ。
(……さっき一人倒したのが効いてますね。一矢報いる事も出来ないとは……)
歯噛みするヒアナをよそに、エルファンの聖騎士達は石弓の狙いを二人に向けた。
「セキュラリアの虫よ……せいぜい無為に死ぬがいい」
剣を構えたエルファンの聖騎士の一人が、珍しく感情を込めた、明らかな侮蔑交じりの声で罵ってくる。
それに対し、進退窮まったヒアナは精一杯の虚勢を込めた笑顔で、ほぼ反射的に応じる。
「無為ではないぞ! 我が救世国家セキュラリアが、貴様らによる支配を終わらせ……」
「お前を囮にしている内に切り札の鉄道で北部に移動している主力の事か?」
「ひっ……」
思わず、引きつったような短い悲鳴がヒアナの喉から漏れた。
驚いた少年が振り向くと、ヒアナの顔は死んだかのように真っ白だった。
エルファンの言葉が真実であると、言い訳のしようがない程ヒアナの表情が語っていた。
「お前たちが思っているより、我々も科学に関しては詳しいのだ。分かるか? 我々エルファンはエドゥディア植民地を管理する生体機械だ……つまり、他の植民地の情報も多少は知っている。貴様らセキュラリアなど足元にも及ばない発展した世界の情報も、当然得ている……」
エルファンの聖騎士が語るたびに、ヒアナの顔色は白を通り越して……もはや凄まじい程だ。
少年は思わず後ずさると、へたり込みそうなヒアナに寄り添った。
「今頃北部の列国国境では精鋭マスケット部隊と聖騎士の主力が手ぐすね引いて待ち構えている……お前たちの救世主ごっこも、終わりだ」
そう言うが早いか、剣を持ったエルファンが剣先を軽く振った。
少年には、その剣先の動きが酷くゆっくりに見えた。
(動け、動け……依頼主を、ヒアナを助けるんだ!)
ゆっくり動く世界の中で、必死に自分を鼓舞する。
(あいつら引き金を引くぞ……見える、見えるぞ! さあ、飛んできた矢を避けて、剣で叩き落として……)
エルファン達の指の動き、はじける弦の揺れまではっきりと見える。
だからこそ、必死に考え、身体を動かそうと足掻く。
だが、動けない。
走馬灯の手前……限界まで動く脳が見せる一時的な超感覚の世界……そこでは未熟な少年の身体は動いてはくれない。
顔面蒼白のヒアナの肩に手を回すのが関の山だ。
(嫌だ……僕は、冒険者として何も……ヒアナ……姉さま……)
細くて、がっしりとして、柔らかいヒアナの肩の感触が指先に感じられる。
瞬間、時間が元に戻る。
「父さ」
呟きが漏れ、そして最後まで言い切ることなく終わる。
連射式含む大小三十近い矢が少年少女を貫……
『うおおおおおおおおおおおおおおおお!』
かなかった。
くぐもったような大音声と共に、少年少女の眼前に何か……否、誰かが、全身甲冑をまとったかのような、何者かが突如降ってきたのだ。
着地の地響きの直後、数瞬前まで死の権化だった筈の矢があっさりと弾かれる軽い金属音が響く。
「な、にが」
「ヒアナ……」
全身甲冑の何者かの背後で、少年少女は思わず抱き合い、へたり込む。
そんな二人にくぐもった若い男の声が掛けられる。
『大丈夫か二人とも!? シキ、介抱してやってくれ!』
その全身甲冑の男は巨漢だった。
おおよそ人間とは思えない巨体に、見た事も無い様な形状の、間接に隙間一つない不思議な甲冑を身にまとっている。
「わかったよ、ヒロ君! 二人とも大丈夫?」
そんな不思議な男を見上げる少年少女の元に駆けよってきたのは、全身甲冑にシキと呼ばれた小柄な少女だった。
旅の商人の様な服装で、背格好こそ普通の人間のようだったが、あまりにも異質な容貌をしていた。
銀髪に真っ白な肌。
そしてヒアナすら凡庸に見えるほどの、凄まじい美貌。
まるで人形の様な印象の少女だ。
「あなたは……一体……?」
少年が、呟くように問いかける。
甲冑の男は少し迷ったように……ヘルムのスリットの中で不思議な赤い光をクルクルと回した後で応えた。
「あー……俺の名前はイチギ、ヒロカズ……通りすがりの……騎士……だ」
この出会いが後にギニラス事件と呼ばれる出来事の始まりであり……そして。
グーシュリャリャポスティの両手と呼ばれる二人を、地球連邦に連れ出すきっかけとなった。
次回で……恐らく状況その5最終回。
その後は……。年内に終われるかな?
次回更新は10月14日の予定です。




