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状況その5―7 冒険者と戦巫女

「じゃあ、セキュラリアは……人類を助けようとしてるって、こと?」


「そうです」


 少年の問いに、ヒアナは即座に答えた。

 自信と誇りに溢れた声だった。


「立教列国がエルファン達が我々人間を抑圧するための統治機構だと天使から伝えられたアガペア教の開祖は、エルファン達を倒すために国家を興した……それがセキュラリア、救世国家セキュラリアです!」


「天使……ていうのは?」


 熱っぽく語るヒアナだが、ひたすらに前を向く彼女の様子に気が付かなかった少年は思わず浮かんだ疑問を口にした。

 ヒアナは少し興を削がれた様に一瞬だけムッとしたが、教え子が疑問を呈する事を咎める事はしなかった。


「アガペア教において神とはこの世界を創造した者……この点においては立教とあまり違いはありませんが、彼の神が現世を見張り人を導くとされるのに対し、我々の神は想像しただけで現世に介入する事はありません。故に、アガペア教においては我々神子(みこ)巫女(みこ)が世の理を解きほぐし、世に伝え広めるのですが……アガペア教を作り出すために世界の真実を伝えるその一回のみ、神が現世に介入するために遣わせた……それこそが天使なのです」


「?? ……あ、そう、なんだ……」


 息荒く語るヒアナの吐息を頭に浴び、少年は思わずたじろいだ。

 その後も最初の語り同様に熱く続いたヒアナの言葉によると、流れはこうだ。


 荒地を通って列国と貿易をしていた東方の商人であった開祖は、ある時荒野のど真ん中に立ちすくむ奇妙な男と出会った。


 禿頭の細長いその男は前合わせの黒いローブの様な奇妙な服を纏い、無人の荒野のど真ん中に馬はおろか荷物一つ持たずに立っていた。


 不審に思いつつ開祖が近づき、遭難者かと思い声を掛けると男は立教列国の事を尋ねた。

 開祖がエルファンが支配層で文物に関して規制の厳しい宗教国家だと伝えると、男はエルファンの真実を開祖に伝えた。

 

 男の雰囲気と語りの上手さに思わず聞き入った開祖だったが、いくら何でもすぐに信じられるものではない。

 当然疑問の声を上げた。


 それに対して男は一冊の本……アガペア教の経典の元となる本を開祖に与えた。

 そこにはあらゆる事象を解きほぐし形と成す神の意志を読み解く真理……即ち”科学”の概念と具体的な活かし方が記されていた。

 開祖の知識でも読み解けるように書かれ、徐々に高度になっていくその本の内容に開祖は驚いた。


「エルファンの支配を解き放ち、人の世に科学を広めよ。さすれば千年の後にはこの地は楽土となり人は月にも至る」


 そう言い残すと、天使は開祖の目の前で空の彼方へと飛んでいった。


 その後開祖は経典に掛かれた知識を元に上質な塩、火の酒を造りだし、未来を見通すが如く経営手腕で商会を拡大。

 二十年の後に荒地に救世国家セキュラリアと、経典の内容を効率的に伝えるための組織アガペア財団を創設した。

 開祖の死後、後継者が経典の内容をより広めるために財団を宗教組織へと改変。

 以後、エルファン打倒を目的としつつ数百年に渡りセキュラリアは陰ながら戦ってきた。


「……凄い話だ。じゃあ、ヒアナは……カタイ王国をやっつけに来たの……一人で?」


「いえ、それは違います。私がここに……カタイ王国に来たのは、同盟を結ぶためです」


 ヒアナの言葉に少年は面食らった。

 思わず振り返ろうと首に力を込めた所で慌てて前を向きなおし、再び疑問を口にする。


「ど、同盟!? 同盟って……立教の国は敵なんじゃ……」


 その問いに対しヒアナは少し迷ったように唸ると、やや調子を低くして話し始めた。


「……今更少年に隠しても仕方ありませんか。順を追って話しますと……半世紀ほど前までさかのぼります。わがセキュラリアは、このままでは立教列国に勝てない事に気が付きました」


「ええ!?」


「すいません、疑問は後で……」


 驚いた少年の声を、ヒアナはやんわり制した。

 長くなる話の腰を折らないためだろう。


「詳しくは言えないのですが……経典の内容を実現するために必要な鉱山や資源地帯が軒並み立教列国に抑えられている事が判明したからです。その上、当時実用化に成功した経典の産物……鉄の筒から鉛の塊を打ち出す必殺の武器、マスケットの情報がエルファンに流出したのです」


 ヒアナの言葉で少年は先ごろの戦いにおいて度々聞こえたパンパンという乾いた破裂音と、奇妙な鉄と木でできた短槍を持った兵士を思い出した。

 よくわからないが、つまりはあれが鉛を打ち出す秘密兵器、マスケットなのだろう。


「必要な鉄や資源を他から買えば……」


 ヒアナは小さくいいえ、と呟いた。

 そして声を一層低くした。


「周辺の非立教の国では必要な資源が産出されません。エルファン達は明らかに経典の内容を把握して先んじて鉱山や資源地帯を抑えていたのです。経典通りに行けばあと50年で我々は聖地まで一気に制圧可能な技術開発を行えるはずでしたが、それも必要な物があってこそ……ですから、我々は勝利のためではなく、発展のための工作を行う事としたのです。三十年の仕込み期間を経て、その工作は実を結びました。列国の一画で反乱を起こし、エルファン達から独立した勢力を建てる事に成功したのです」


 さすがにこの情報には少年も強く反応した。

 馬の脚が鈍るのにも構わず振り向いてヒアナの顔を睨みつける。


「冒険者が無くなったのは……あなた達が!?」


 少年の言葉の意味が分からず、ヒアナは思わず沈黙した。

 馬上で人間達がもめたのを察したのか、馬が駆け足から早足程度に速度を落とす。


「……ああ、そう言えば改革案の一つに冒険者関連もあったのか……だから君は冒険者府長の従者だったのか。正規の冒険者になれないから……」


 ヒアナは涙目で睨みつける少年の目を優し気に見つめた後、ゆっくりと大きく頷いた。


「そうだ。我々セキュラリアが君の雇い主である府長……エルファンのはぐれ者である彼女と協力して、カタイ王国の改革を取り仕切った。全ては、人類をエルファンから解放するために」


 お前の夢を奪ったのは私だ。

 そう言われたような気がして、少年の目から涙が溢れだした。

 同時に、頭が冷えていった。

 今の行動と言動は、明らかに無意味な八つ当たりに過ぎない。

 第一、自身は幸運にも府長の従者としてではあるがこうして冒険者として……。


(ああ、違う。僕は……姉さまが死んだ責任をぶつける相手を探そうとしていたのか……)


「ごめんなさいヒアナ……あなたは何も悪くない。セキュラリアも悪くない……僕の……僕が八つ当たりしたのが悪いんです」


 そう言って少年は前を向き、手綱を握りなおした。

 馬上が落ち着いたのを見て取ったのか、馬が足を再び速めていく。


「……カタイ王国の革命は成功し、それまでエルファンにより抑圧されていた国土は急速に発展を始めた。王国内の鉱山や資源の採掘もそれまで冒険者や非効率な農業に浪費されていた人々を振り分ける事で増大。それらを秘密裏にセキュラリアに送る事で経典通りの技術をある程度モノにする事が出来たんだ」


「……そうして目途が立ったから、カタイ王国と同盟を?」


 ヒアナは少年の言葉に頷こうとしたが、それは叶わなかった。

 唐突な浮遊感に襲われ、同時にそれが何なのかに気が付いたからだ。


「少年!」


 叫びながら少年を抱きかかえると、いきなり全ての脚を失って地面に落下する馬からヒアナは必死に飛びのいた。


 何が起きたのか分からないのか、馬はいななき一つ上げない。

 そして、上げるより早く馬の首が何かに斬り飛ばされる。

 ヒアナたちが飛びのかなければ、馬の首同様に上半身が切り飛ばされていただろう。


「追っ手……いえ、待ち伏せ!?」


 地面に落下してすぐにヒアナは身を起こした。

 少年は無事だが、背中を打ったのか未だ起き上がる事が出来ないでいる。

 だが、ジッとしてはいられない。

 今のは風魔法による攻撃に違いないからだ。

 そして、詠唱が聞こえないような距離から馬の首を切断する程の威力を発揮するとなれば、それは間違いなく……。


「エルファン……」


 ヒアナは絶望と……そして歓喜が入り混じった呟きを漏らした。

 ハイドウェイ……姿を隠す魔法を解いた二十人ほどのエルファンの聖騎士が壁を作る様に街道を塞いでいるのを目にしたからだ。


「……みんな、身どもの任務は……どうやら達成できたようです」


 痛みに呻く少年をよそに、ヒアナは故郷の仲間たちを思った。

次回更新は10月9日の予定です。


咳が治りませんが、なんとか更新したいと思います。

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