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状況その5―6 冒険者と戦巫女

「と、いうわけで身ども達アガペア教徒は古代より人類を支配する長命種エルファンと抗争を繰り広げ……少年?」


「…………え、と……え?」


 神話時代からのエルファンとアガペア教の因縁を一通り話し終えた後。

 少年の頭は知恵熱から熱くなり、ヒアナの話が理解の枠外にある事は明白だった。


 ヒアナとしてはセキュラリアの巫女として幼子に語る様にしたつもりだった。

 しかしそもそも体系立てた教育を全く受けずに育った少年にとっては、要所要所に生じた不明点が次々に足を引っ張り、ついぞヒアナの話を筋道の通ったものとしてとらえる事が出来なかったのだ。

 なまじ女性や冒険者からの断片的な教育があったが故に、表面的には社会的に振る舞えていたのがこの時は仇になった。


「……身どもが未熟でありました。解を求めるものに解を与えず一方的に語るとは……申し訳ありませんでした」


 ヒアナが少年の耳元で囁くように詫びると、少年は一層顔を赤く熱くし、小さく首を振った。

 悪いのはヒアナではなく自分の無知なのだ。

 その言葉すら恥ずかしさのあまり出てこなかった。


「では、もう少し簡潔に一つ一つご説明します。まずこの世界の成り立ちからです」


 先ほどはアガペア教の説教の一説を朗々とまるで歌の様な旋律と抑揚で述べた部分だ。

 少年は蕩ける様な気持ちで聞き入っていたが、まるで頭に内容が入ってこなかった。


「この世界には遥か昔強大な帝国……正確にはその帝国の植民地がありました」


「あ、それなら知ってるよ。長命種エルファンの古代帝国だよね?」


 少年は挽回の機会とばかりに声を上げた。

 エルファンの古代帝国の遺跡は冒険者の主要探索場所であり、女性や冒険者仲間から様々な話を聞いていたからだ。


「……少年は古代帝国とエルファンに関してどのように聞いていますか?」


「長命種エルファンの古代帝国は今以上の魔法文明を築いた……けど、千年前に滅んだ。その後彼女達は……ええと、神の教えを法としてまとめた立教を起こして、古代帝国の奴隷階級だった人間を導き育て、現代に至る……」


 少年は必死に頭を巡らせ、かつて女性や冒険者たちから教わった文言をそのまま口にした。

 だが、最後の部分が出てこない。


「偉大で寛容なる彼女らは古代帝国の遺跡の権利を放棄し、人間に譲渡するとした。故に、遺跡を探索し見つけ出した者に偉大なる古代の遺物は与えられる、じゃないかな?」


 その一文をヒアナはすらすらと口にしてみせた。

 自分の無知さから再びうつむいてしまう少年だが、ヒアナはうんうんと優しく頷く。


「いやいや、少年がこの点を大まかにでも覚えているなら重畳。話もしやすいよ」


 ヒアナはそう言うと、少年の頭をポンポンと軽く叩いた。

 妙な心地よさと恥ずかしさから、思わず手綱を握る手に力が入りかける。


「落ち着きたまえよ、少年」


「は、はい……」


 慌てて手綱を握る手を落ち着かせると、足を速めかけた馬も落ち着く。

 そうした所で、ヒアナは話を続けた。


「実の所その話は間違っているんだ。古代帝国はエルファンによるものではなく、我々人間のものだった。正確に言うと、この地にあったのはその帝国の植民地なんだ。エルファンはその植民地における生きた管理機械に過ぎず、人間に仕える存在だった。ここまではいいかい?」


 ヒアナが言った事は真っ当な立教信徒ならば発狂物の内容だった。


 しかし子供が五歳になった時に地方回りの教徒が洗礼を与える事と、食事時の祈り以外立教と縁のない生活をしていた寒村出身の少年にとっては小さく頷く程度の内容であった。

 とはいえ疑問が生じた少年はヒアナに尋ねる。


「管理機械?」


「そう、機械。冒険者なら機械式の石弓は見たことないかい? あれの高度なものだと思ってくれればいいよ。ただし、弓を射るのではなく、意志を持ち国を動かし、人に仕える。そういう機械だ」


 エルファンが、機械。

 石弓と同じ。

 少年にとって埒外の話であり、頭がまた熱くなってくる。

 だが、ヒアナの言う事はかろうじで分かる。

 つまり人がハンドルを回すと弦が引かれ、引き金を引くと弓が発射されるように。

 人が何かをすると国を動かす。

 それがエルファンなのだ。

 

「じゃあ、なんでその石弓が人間を従えて……しかも今僕たちを襲っているの?」


 少年の問いに、ヒアナはニンマリと笑みを浮かべた。

 少年が教育を与えられなかっただけで地頭が悪い訳ではないと分かったからだ。


「それは簡単な話です。帝国の本国……ここから遠く離れた場所で何かが起き、滅びたからです。帝国本国との連絡が断たれたと同時に、本来人間に仕える存在であるエルファンが蜂起。人間は奴隷階級へと落ちました」


「え……じゃあ、立教って……」


 少年のハッとした様な声に、ヒアナの頬が再び緩む。

 彼女は察しのいい子供に説教をするのが大好きだった。


「そう。植民地を倒し人間を従えた彼女らエルファンは、自分たちに都合のいい支配体制を構築しました。それが立教と言う宗教と、今私たちがいるカタイ王国を含む、聖地を中心にした立教列国です」


 少年は先ほどまで火照っていた顔が冷えるのを感じた。

 自分が想像もつかない巨大な陰謀の中に投げ込まれたことに気が付いたからだ。

 それでも、良い生徒を得たヒアナの話は終わらない。

 と言うよりも、ここからが本題だった。

体調不良が続いている上に、いつもの悪い病気……文章長くなる病です申し訳ございません。

もう少し状況その5にお付き合いください。


次回更新は10月4日の予定です。

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