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状況その5―4 冒険者と戦巫女

 とはいうものの、実のところ少年の実感としての”初めての任務”は酷く短い。

 出立とほぼ同時に終わってしまったからだ。


 国境の街を出て、しばらく街道を進んだのちに一行は予定通り旧道へと進路をとった。


 旧道は狭い上に魔物の徘徊する森に囲まれているため危険な道だが、王都まで直通で早く着く上に面倒な大物貴族領を通らなくていい。


 それが選択した理由だった。

 もちろんモンスターがいるとは言え見通しの悪い森の中の道だ。

 予期せぬ襲撃は警戒しなければならない。

 そのため、三班から斥候を出して事前に安全を確かめた上で進む方策をとりつつ、警戒して進むことになった。


「……ねえヒアナ、さん」


「ヒアナで結構ですよ。どうしました?」


 襲撃を警戒して足早に進む馬車の中で、ダッカは片膝を立てて馬車の真ん中に座るヒアナに話しかけた。


「……なんで真ん中に? こっちに来てよりかかればいいのに……」


 少年がためらいがちに聞くと、ヒアナは軽く頭を下げ、理由をこう説明した。


「お気遣い感謝いたします。ですが、襲撃を警戒する身ですので、荷物を壁に出来るこの位置に座らせていただいております。邪魔でしたら申し訳ございません」


 この言葉を聞いて少年は衝撃を受けた。

 ヒアナの言う通り、馬車の荷台は細い骨組みに布をかけただけの幌張りだ。

 当然外からの攻撃や、忍び寄っての直接攻撃にさらされれば防御力など無いに等しい。

 となれば、少年のように縁によりかかるような事をするよりも警戒するならば真ん中にいるのが正しい。


「そうか……ごめんなさい、僕が気を付けなきゃいけないのに……」


 護衛任務を受けた冒険者にも関わらず基本的な事に至らなかった。

 少年がそのことを謝罪するとヒアナはころころと笑った。


「そんな事で謝らないでくださいませ。これは緊張した身どもがやっている気休めですから」


「気休め、ですか?」


「そう、気休め。どこに座ろうが、本気の攻撃など受ければ関係ありませんから」


 そう言って笑うヒアナだが、どこにも不安の色は見て取れなかった。

 不思議に思い、少年はヒアナに最大の疑問をぶつけることにした。


「ねえ、ヒアナはいったい王都に何を……」


 少年がそこまで言った時……。

 突然ヒアナが飛び上がったかと思うと、少年を押し倒してきたのだ。

 女性や冒険者たちから一通りの剣術や体術を習っていた少年だったが、まるで反応できない素早い身のこなしだった。


 肉付きの無い、ほっそりとしたヒアナの胸元が少年の顔にぶつかり、鼻がじんじんと痛む。

 鼻血の感触と鉄の匂いに交じり、ヒアナの甘い煙の様な香りが強く感じられた。


「何を……」


「矢避けの加護よ!」


 少年が理由を問う声をかき消す勢いでヒアナが叫ぶ。

 同時に、ヒアナを中心に少年を巻き込むようにごく狭い範囲を強い空気の流れが覆いだした。

 それが少年の知るところのディフレクション……敵の攻撃を逸らす魔法だと気が付いた時、パパパパパン! という連続した破裂音が響き、同時にひゅんひゅんと何かが飛来して、魔法によって逸れていく気配が感じられた。

 その段階になり、ようやく少年はヒアナが自分を守るために押し倒し、魔法を使って庇ってくれたのだと気が付いた。


「襲撃だ!」


 遅れに遅れて少年が叫ぶ。

 だがその時にはヒアナは身を起こし、停車した……御者が事切れて足を止めた馬車の前の方にいた。


「そうね。しかもこれは……立教聖地直属のマスケッター。 まさかこちらの出立直後を狙ってくるとは……意表を突かれたなあ。少年、大丈夫かい? 無事なら付いてきて!」


 そう言うヒアナに言われるままついていった少年が、促されるまま御者台後ろの幌を少しだけ捲って外を見てみると、ちょうど馬車の目の前で白兵戦が始まった所だった。


 襲撃者は二十名程。

 草木を被せた鎖帷子を着込み、手には木と鉄で出来た短槍を持った重装備の一団だった。

 胸甲に煌めくのは立教の聖地所属を示す白い丸印。


「やっぱりだ。聖地兵……しかも銃剣装備の最精鋭……最初から情報が洩れてたんだ」


 少年にはヒアナが最初に言っていた事の意味は分からなかったが、後半の言葉の意味はよく分かった。

 なぜなら、馬上で剣を振るう女性や冒険者たちと戦っている聖地兵とやらの中に、この見知った顔を見つけたからだ。


「あ、三班の……斥候の人たち」


 カチカチと歯が鳴る口から思わず出た呟きが、少年の心を絶望で満たす。

 この数年来ずっと顔なじみだった存在に裏切られたという事実が、恐怖と絶望をより強くする。


「大丈夫だ少年」


 そんな少年を励ますようにヒアナが言うが、少年には信じられなかった。

 なぜなら慎重に辺りを見渡せば、最初の攻撃でやられたと思しき冒険者たちが倒れ伏しているのが見て取れたからだ。

 それらは主に前衛の一班の冒険者たちで、よく見れば今前に出戦っている冒険者たちは後衛の二班の者達が主だった。

 つまり初撃ですでに三分の一近くの冒険者がやられ、さらに三分の一は裏切っているのだ。


 だが、それでも……。

 少年は憧れだった冒険者の仕事からは、逃げるつもりは無かった。


「だ、ダメだ。ヒアナさんは、に、逃げてください。僕も、加勢して……」


 少年がそう言って馬車から飛び出そうとした最中だった。


「来るな!!」


 今まさに元部下の首を斬り飛ばした女性が、大音声で叫んだのは。

 少年がびくりと体を震わせ、馬車から足を踏み出そうという気概が消える。


 気が付けば、聖地兵と裏切り者達は半数ほどが討ち取られ、残りは下がり始めていた。

 にも関わらず、女性と生き残った冒険者たちは前方を真っすぐに見据え、警戒態勢を解いていない。


「いったい何が……」


「……親玉のお出ました」


 少年が疑問を口にすると、ヒアナが焦りを含んだ口調で呟く。

 同時に、遥か前方に陽炎の様な揺らめきが見え、次の瞬間には三人の美しい女が姿を現す。

 金髪碧眼に遠目にも分かる鋭くとがった耳。

 見るからに薄手の、しかし輝くような銀色の全身金属鎧。

 おとぎ話から飛び出したような、伝説級の存在。

 立教の守護者にして聖人。長命種、エルファンの聖騎士だ。


「ヒアナさん! ここは私達が食い止めます……あなたはその子と共に!」


 女性が叫ぶのと、ヒアナが動いたのはほとんど同時だった。

 少年が伝説の様な存在に目を奪われている隙に抱え込むようにすると、馬車を引いていた二頭の馬の内無事だった方に少年を投げ飛ばすようにして乗せた。

 そして馬車から手早く馬を外すと、自分も飛び乗ったのだ。


「しっかりつかまっててくださいよ……」


 嫌だ! 姉さまが!

 覚醒した意識が、口から拒否を吐こうとするが、寸での所で留まる。

 この状況で駄々を捏ねて、一体どうなると言うのだろう。

 ましてや、この数年間冒険者として育ててくれた姉さまに、仇を返すことになる。


 だから、少年は歯を食いしばって、ヒアナのほっそりとした腰にしがみ付いた。


「姉さま!」


 走り始める馬の背に揺られながら、聖騎士に突撃する女性達へ叫ぶ。

 擦れる様な声で、女性も叫ぶのが微かに聞こえた。


「さようなら! あの子の息子……さようなら!」


 瞬間、少年の目からとめどなく涙が流れ出した。

 

(ああ、あの人は……)


 ヒアナの身体を力いっぱい抱き締める。

 甘い煙と汗の匂いがした。


(ずっと、父を見てたんだ)


 こんな状況で場違いな嫉妬を抱いてしまった自分が嫌で、情けなくて……少年はヒアナの背を涙で濡らした。


 背後から数が減った破裂音、その後剣戟がわずかに聞こえるが、それも数合で絶える。


 その意味は少年にも分かったが、それでも振り返る事はしなかった。

 ヒアナの馬術は素晴らしく、すぐに戦場の空気は背後に流れていく。


 だが、心を弛緩させる暇は無かった。

 旧道から手街道へと戻る頃には、軽やかな金属音と共に聖騎士が疾走して少年とヒアナを追いかける足音が聞こえ始めたからだ。

次回更新は9月17日の予定です。

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