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状況その5―3 冒険者と戦巫女

 少年が冒険者派遣府へ不長付き従者として間接的に加入してから数年後。

 雑用をしながら女性や加入冒険者から稽古を付けてもらった少年は剣の腕前に関しては一人前と言ってもいい水準になっていた。


「そろそろ君も任務に出していいかもしれないな」


「姉さま本当!」


 府長の女性は自分の事を二人だけの時は”姉さま”と呼ばせていた。

 古参の冒険者によると、少年の様な年頃の子供が好きで同じように従者にする事がよくあるとの事だった。


「あまり本気になるなよ。デカくなりゃ……な?」


 度々そう注意されていたため成長が少し怖いと感じる少年だったが、優しい女性が自分の事を捨てるという状況が想像できず、もやもやとした感情を抱いていた。

 そんな中の初任務の話題は、少年を発奮させた。


「成果を出して、実力でも姉さまに認めてもらうんだ! そうすれば、大きくなったって……」


 そんな中連れ出された初任務は大掛かりなものだった。

 選りすぐりの精鋭パーティが三つも動員され、さらに冒険者代表の女性本人まで出るというものだ。


 内容は護衛。

 隣国セキュラリアとの国境付近から王都まで依頼主を連れて来るのが任務だった。

 

「依頼主が秘密ってのが気になるな。府長まで出る事を考えると政治的な任務かもしれねえ」


 とは古参の言だったが、少年としては細かい事を考える余裕は無かった。

 ただただ、初めての冒険者としての仕事に緊張していた。

 緊張しすぎたのか依頼主との合流場所に行く途中に熱を出して、荷物と一緒に馬車に乗って目的地に向かう羽目になった。


「大丈夫か坊主? 途中の宿場に置いていった方が……」


 古参はそう言って少年を任務から外そうとしたが、


「あの子は大丈夫だよ。それに、あの子はこの任務に必要だから」


 女性はそう言って少年を任務から外すことはしなかった。

 少年もそれに応えるべく、三日ほどで体調を整えると残り四日の行程は女性と同じ馬に乗り目的地に向かった。


「少年、しっかり腰につかまっていろよ」


「はい、姉さま!」


 そうして出立から七日。

 目的地であるセキュラリア国境の街で冒険者たちを待っていたのは、一人の少女だった。


「皆さまが護衛を依頼した方々ですね?」


 合流場所の高級宿の一室で、少女は優雅な動きで一礼して冒険者たちを出迎えた。

 その見事な所作に少年は思わず見とれてしまい、頬を赤らめた。


 服装はカタイ王国の富裕層が着るようなごく普通のものだが、カタイ王国では珍しい青みがかった黒髪に赤い目。

 右頬から首、そして少しだけ見える胸元まで続く複雑な文様の刺青が、少年には強い異国情緒を感じさせた。


 だが、そうして見惚れたのは少年だけだった。


「うげ、淫売婦だ……」


「巫女がうちの国に……やっぱり面倒な政治絡みかよ」


 他の冒険者からは、そんな呟きが漏れた。


「お前ら止めろ」


「構いません。そう言った誤解や悪印象を解くのもまた、今回の訪問の目的ですから」


 女性が叱責するが、少女は上品な仕草で笑い気にした風もない。

 打ち合わせという事で女性と少女のみが残り、冒険者たちは出立の準備のため外に出た。


「あれはセキュラリアの巫女だ。セキュラリアは邪教の国でな。各地の神殿にはああいう巫女がいるんだ。巫女は神殿に来た信者に説法をしたりもするが、その主な仕事は身体を売る事だ。なんでも向こうの国では裸みたいな恰好をしているらしい……あの国はそんな売春婦が国を動かしてるんだ。坊主もあんな奴にホイホイ騙されるなよ」


 古参の冒険者はそう言って少年に注意を促し、さらにいくつかの情報も教えてくれた。


 セキュラリアはカタイ王国の東方にある古くからの宗教国家で、カタイ王国や周辺で信じられている立教とは違うアガペア教という独自の宗教を奉じている。


 このアガペア教は巫女と呼ばれる者達が運営する各地の神殿により運営されており、先ほど古参が言ったように売春婦まがいの事から医療行為、各行政から農業指導など王国政府と立教が分離した構造のカタイ王国とは違い、国内のあらゆる事象を神殿と巫女が関わって運営するのだという。


「しかもその内容は不可思議なまじないや不合理な儀式だらけらしい。有名な話だと病人の腹を茹でた刃物で割いてかき回す。畑に糞や魚を撒く。あと、商人の帳簿の付け方まで口を出すらしい。変な国さ」


 冒険者たちの話は概ね罵倒に近いものだったが、逆に少年の心には好奇心が渦を巻いていた。

 寒村から出て、王都で夢の様な暮らしをしていると思っていた少年にとって、それらとは全く別の文化風習で生きる人々がいるという事は大変な衝撃だったからだ。


「凄いな……村の外には、こんなにも広い世界があったんだ」


 そうして少年が人知れずカルチャーショックを受けていると、宿から女性と少女が出てきた。


「準備はいいか? それじゃあ出発するぞ。王都へはここまで用いた街道ではなく、旧道を使う。み……ええと……」


「ああ、申し遅れました。身どもの名はヒアナ。どうぞ呼び捨てで構いません。ヒアナと及びください」


 巫女、と言いかけた女性に少女は名を名乗った。

 流ちょうで今風な立教語に交じったやたらと古風な一人称に、少年は思わずドキリとした。


「分かりました。ヒアナには馬車に乗ってもらう。一班と二班で前後を挟みつつ、三班を分割して斥候と馬車直掩とする。あ、そうそう……」


 女性はそこまで言うと、少年を手招きした。

 少年は慌てて女性へと駆け寄る。


「ヒアナ、この子は私の従者だ。馬車に同乗して身の回りの世話と護衛をさせるから、よろしく頼む」


「え!? あ、はい!!! よ、よろしくお願いします巫……ヒアナ様! あ、痛っ」


 思わず敬称を付けて叫んでしまった少年の頭を、女性が苦笑しながら軽く叩いた。

 そんな光景を見て、ヒアナはやはり上品な仕草で手を口元に当てて、くすりと笑った。


「フフフ……どうか、よろしくお願い致します。可愛い冒険者」


 いつも嗅いでいる女性の香油とは違う甘い煙の様なヒアナの匂いと優しい言葉に、少年は思わず顔を真っ赤にした。


 こうして、少年の最初で最後の冒険者としての任務が始まった。

次回更新は9月12日の予定です。


順調に予定より長くなっている……あと一、二回で状況その5を終わりたいな。

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