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状況その5―2 冒険者と戦巫女

 王都にたどり着き、人材紹介業者達と別れた少年は目的の場所を業者の男が教えてくれた事もあり、一時間ほどでその場所にたどり着くことが出来た。

 王都の中心部にほど近い、大通りから一本脇道に入った場所にある石造りの三階建て、中庭のある広い建物。


「……英雄の休息所亭……ここだ!」


 少年の数少ない特技が文字が読める事だった。

 父がふざけ半分に教えてくれたもので、村の同年代の子供では唯一彼だけが読むことが出来た。

「文字が読めないと冒険で困る」と言うのが父の口癖だったからだ。


 そうして、少年は意気揚々と宿の入口へと近づいていった。

 憧れだった、夢にまで見た熱気と煙草の煙と酒と焼けた肉の香りを身体全体で感じるためだ。


「止まれ! なんだお前は……ここがどこだかわかっているのか!?」


 そんな少年を足止めしたのは入り口脇に立っていた槍を持ち、軽装の皮鎧を装備した男だった。

 てっきり道端にいる衛兵かと思っていたが、どうやら冒険者の宿の関係者らしい。


「すいません、俺……冒険者志望の者です!」


 少年の父親は言っていた。

 冒険者の宿に行き、登録さえ済ませれば誰もが冒険者であると。

 そして、大抵のグループは人手不足であり、所属先には困らない。

 最初は当然雑用が仕事だ。

 メンバーの身の回りの世話。

 装備の手入れや滞在先の掃除、洗濯、炊事。


 やがて慣れてくると、冒険に連れて行ってもらえる。

 最初は目的地への道中での雑用で、ダンジョンや目的地には入らず近くで留守を任される。

 そこから徐々に荷物持ちとしてメンバーに付いていくようになり、そこまで行くと護身のための鍛錬が始まる。

 そうして、数年かけて徐々にランクアップして、一流の冒険者を目指すのだ。


 だが少年の意気込みは、一瞬にして打ち砕かれた。


「冒険者志望? お前が? なら推薦状と冒険者学校の卒業証明書を出せ。話はそれからだ」


 少年は頭を打ち砕かれるような衝撃を受けた。

 推薦状も冒険者学校の卒業証明書も、当然ながら持っているわけが無かった。


 なぜ? 父が嘘をついたのか? どうすればいいの?


 一瞬にして頭の中が真っ白になった少年は、思わず泣き出してしまった。

 ボロボロと涙があふれ、喉からは嗚咽が漏れ出る。

 衛兵風の男はあきれ顔をしつつも、少年の背中に手を当てると入り口の前から脇へと少年を促した。


「お前あれか? 田舎から冒険者に憧れて出てきたのか? はぁ~……お前みたいな奴がまだいたんだな……いいか? そこら辺の奴が誰でも冒険者になれたのはもう二十年も前の話だ。今はエライさんやBランク以上の冒険者の推薦状と冒険者学校の卒業が必要なきちんとした王国直営の仕事なんだぞ」


 衛兵の男の口調は優しかったが、言葉の内容は少年をさらにボコボコと殴りつけてきた。

 さらに大きく泣き始める少年に衛兵は困り顔だ。

 だが、そんな少年に唐突に声が掛けられた。


「どうした少年?」


 声のした方を向くと、美しい女性が宿の中から顔を出していた。

 仕立てのいい白くゆったりとした服を着た、銀髪の女性。

 長命種の血をひいているのか、耳が少し尖っているのが見て取れた。


「あ、府長。冒険者志望の子供が……昔みたいに飛び入りで冒険者になれると思って来たみたいです」


 衛兵の言葉を聞いた女性はハッとした顔をすると、近づいてきて軽く腰を屈め、少年に目線を合わせた。


「ひょっとして、ガリルさんが言ってた子って君?」


「ガリルさん? もしかして、人材紹介業者の人?」

 

 少年が聞き返すと、女性はニッコリとほほ笑んだ。


「人材紹介業者……まあ、そうだよ。とりあえずこんな所じゃなんだね。中に入りなよ」


 そうして、少年は女性に促されて冒険者の宿……否、冒険者派遣府本部へと足を踏み入れた。


 そこは父親が言っていた酒場ではなく椅子と机が並び、無数の文官が筆を片手に紙に向かう場所となっていた。


「君には申し訳ないんだが、実のところ冒険者というものの形がすっかり変わっていてね」


 端的に言うと、目の前にいる女性が……父の語りに出てきた、貴族出身のリーダーが全ての原因だった。

 彼女は少年の父親が足を怪我して故郷に帰った直後に起きた革命に一部冒険者を率いて参加。

 革命の結果誕生した王族を権限の無い象徴として実権を主要七貴族が握る新体制に食い込んだのだ。


 そこまではよかった。


 ところが、王と貴族が反目して権力の隙間が多い旧体制では貴重なモンスター退治や遺跡探索の担い手にして、地方からやってくる余剰人口の吸収先として有用だった冒険者の立場が新体制では変わってしまったのだ。


 中央集権化して、王国軍と治安機構が隙間なく全土を覆う事になった結果モンスター退治の需要は低下。

 おり悪く先史文明の遺産に魔力を動力へと返還する動力源としての価値が出た事により、単なるゴロツキに過ぎない冒険者に遺跡探索を任せる事が危険視されだした。


 全ては整備された官僚機構が組織として行えば事足りる。

 魔導力による産業革命は余剰人口に労働力としての価値を生み出し、冒険者などと言う暴力集団のなり手にする事の意味も無くなった。


 さらに言うならば、女性が冒険者を革命に参加させたのも不味かった。

 それまで権力闘争に参加しないという不文律を破ってしまった結果、手柄を上げたにも関わらずその力が危険視されたのだ。


 後は流れのままに。

必要性の低下、新体制による規制……冒険者代表となった女性による改革。

 諸々の事情により自由な冒険者という職は姿を消し、一部の資産と金を持つ者が十分な教育を受けてなる、王国の一組織としてモンスター退治と遺跡探索等の任務を行う職業となった。

 これが新体制下における冒険者の姿だった。


「じゃあ、僕は冒険者にはなれないんですか?」


 現実を知った少年は涙目で女性の目を見た。


「…………いや、君には……」


 そんな少年を見た女性は、ある提案をした。


 結果として、。少年は法の下で言う所の正式な冒険者にはなれなかった。

 推薦状を出す者はいないし、そもそも学費を払って冒険者学校に行くことも出来ないからだ。


 だが、女性は少年を個人で従者として雇うと言ってくれた。

 貴族である女性にはその権利があったし、従者を伴って業務を行うことに何の不都合も無かった。


 そのため、公的にはともかく……傍から見れば、少年も冒険者の一員となったと、言えなくも無かった。


 奇妙なほどの厚遇に、当時の無知な少年でも疑問を抱いたが、その時ははぐらかされてしまった。

 厚遇の理由を知ったのは、数年後。

 少年が初めて任務に参加し、巫女の少女と一木弘和と出会った頃になる。

次回更新は9月9日の予定です。

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