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エピローグ5-5 新生活へ

 グーシュ達が降り立ったのは惑星エデンの赤道に二本建設された軌道エレベーターの内、ヤコブと呼ばれたエレベーターの軌道ステーションだった。


 シャトルから降り、軌道ステーションの港に降り立つとそこは随分とにぎわっていた。

 大半は軍や政府関係者だが、惑星上にいくつか建設された観光ドーム都市目当ての一般観光客もいるため、戦時下とは思えないような明るい空気に満ちていた。

 観光ドーム都市近郊には惑星エデン特有の巨石地帯や標高18000mの山脈等の地球では見られないような自然が広がっている。

 その雄大な景色を見るために、日々支給される生活ポイントをため込んだ個人客や労働をして金を稼いだ富裕層などがにこやかに談笑しながら歩いているのだ。


「戦争中とは思えん光景だな」


 グーシュがポツリと呟く。

 一木はその疑問をネットで検索してすぐに教えてやった。


「エデンには異世界派遣軍と宇宙軍の主力部隊がいるからなあ。開戦に際してもむしろ地球勢力圏で一番安全だと人が集まっているらしい」


「なるほどな……」


 グーシュが相槌を打つと、途端に会話が途切れてしまった。

 奇妙な気まずさが一木には漂っていた。

 グーシュの方も、そんな一木に対して自分からアプローチが出来ず黙ってしまう。


 少女と強化機兵が見つめ合うという目立つ絵面ゆえ、通行人たちの視線が集中する。

 それに対してグーシュの少ない羞恥心がムズムズしだした頃、一木がようやくモノアイを回しながら声を紡いだ。


「グーシュ、ミルシャ。俺はここまでだ。エデン星系に降りるにはいろいろ許諾が必要で……次の時間の地上便に乗れば、あとは地上のステーションで待っているヒアナとダッカが迎えに来ているはずだから……」


「……ありがとう一木」


 そう言ってグーシュが悪手を求めようと手を差し出そうとした、その矢先。


「グーシュ、ミルシャ!」


 一木が大声で二人の名を呼んだ。

 少し驚きながらグーシュは手を引っ込めた。


「再開してからの君たちに……どことなく壁を感じるんだが……大丈夫か?」


 グーシュが一番言われたくなかった言葉が襲ってきた。

 朴念仁で鈍い一木なら気が付かないと思って……否、決めつけていただけに衝撃を受け、思わずグーシュは身体を震わせてしまった。

 それを答えと判断したのか、一木は言葉を続ける。


「……俺の様なオッサンが女の子のデリケートな問題に首を突っ込むのは野暮だが……むしろセクハラ、パワハラと言われても仕方がない様な事だが……それでも、どうか訴えたりせず聞いてほしい」


 おっかなびっくりとした様子で一木は話していた。

 セクハラとパワハラと言うものがよほど怖いのだろうとグーシュは思い、一木に罪悪感を抱いた。


「君たちとは短い付き合いだが……それでも関係性の深さは分かる。たった二人の深いつながりの主従じゃないか。それが……賽野目博士の所業のせいとは言え再会できたんだ。死が一度引き裂き、種族すら違ってしまった関係だろうと、どうかきちんと話し合って、これからも仲良くしてほしい。もし二人だけで解決が難しいなら、ヒアナを頼ってくれ」


「ヒアナ……これから私達を出迎えてくれる方ですよね?」


 一木の言葉にミルシャが反応した。

 一木が以前助けた異世界人の少女で、今は異世界派遣軍将官過程を目指している、という事しかグーシュとミルシャは知らなかった。


「ああ。彼女は故郷では巫女をしていて、信徒から相談を受けたりもしていたそうだ。グーシュみたいに頭の回転も速くて、すぐに地球の文化や機械にも馴染めたくらいだから、俺なんかよりよっぽど頼りになるよ。年もグーシュと近いし……」


 巫女と聞いてグーシュとしてはやや複雑な印象を抱いた。

 グーシュにとって宗教とはルーリアトの女神教しかない。

 ボスロ帝とリュリュ帝に全てを焼かれて、当たり障りの無い祈りと説法を役人に命じられるままに言うだけの張りぼての様な存在。


 それ以外の宗教に関する印象と言うと、ルーリアトの古文書や地球の創作物の偏ったものしかなかった。


(一木……わらわとミルシャの微妙な空気に気が付いて、気を使ってるのか……出迎えの二人との関係まで心配して……)


 グーシュはわざとらしく笑顔になると、ミルシャへのわだかまりを今だけ吹っ切った。

 少し後ろの方にいたミルシャの肩を抱いて、一木の方まで引っ張りまとめて抱き締めた。


「マナ大尉も来い!」と呼ぶまでも無くマナ大尉も混ざり、四人でくっついた。

 いよいよ通行人からの視線が強くなるが、無視した。


「朴念仁の癖に気をつかって……安心しろ一木! わらわなら大丈夫だ。ミルシャはミルシャだ。わらわのお付き騎士、愛おしい者……それはこれからも変わらぬ……だから、安心して……」


 不覚にも、グーシュの声に嗚咽が混じりだした。

 泣くつもりなど全くなかったはずなのに……一木の分不相応な気遣いを誤魔化すつもりだったのに、唐突な涙と鼻水が止まらない。


 他の三人の顔を見ると、全員がグーシュにつられて同じような顔をしていた。

 三つの泣き顔と高速回転するモノアイ……少女の泣き声とオッサンの泣き声が、にぎやかな観光客の雰囲気をぶち壊しにしてステーション内の一画に響き渡った。


 この間の抜けた光景は数分間続き、幾人かの観光客により画像や動画として残されている。

 後に、この画像にグーシュリャリャポスティが映っていると話題になり、歴史的価値を持つことになるのだが……今はただのオモシロ動画として、マイチューブやSNSで数千回再生されるに留まった。


「時間だ。そろそろいくよ」


「マナちゃん、またね」


 数分達涙が収まった頃、グーシュは時間を口実に顔を上げた。

 一木とマナ大尉、ミルシャはまだ泣いていたが、何も言わずに手と身体を離した。


「ミルシャ……元気でね。メールや通信のやり方分かる? 連絡、いつでもしてね」


 マナ大尉がミルシャの手を握り、手を握り合う姿を横目にミルシャは一木をじっと見つめた。

 このオッサンサイボーグはまだ泣いているのか、モノアイがゆっくりとだが回り続けていた。


「いい加減モノアイを止めろ。最後くらいシャンとしろ」


「ああ、すまない」


 一木の声はもう、震えてはいなかった。


「ほらミルシャ、行くぞ」


 グーシュはようやく落ち着いた気持ちで一木に向き合うと、ミルシャを呼んだ。

 呼ばれたミルシャは最後にマナ大尉とハグをすると、小走りでグーシュの横に並んだ。


「じゃあな、一木」


 グーシュが務めて軽く言うと、一木は敬礼をした。

 先ほどの注意が利いたのか、立派な敬礼だった。


「グーシュ……将官学校では一番になれ」


「なんだ唐突に……」


 急な一木の言葉に苦笑いしつつ言うと、一木は小声で続けた。


「これは予定だが……異世界人の派遣軍将官は基本的に連隊長として既存師団長の部下として配属される計画になっている。階級はアンドロイドより上にするらしいが、基本的にはアミ中佐とかの立場だ」


「ふむ……まあ、いきなりは不安という事か」


 グーシュが内心少しがっかりしながら言うと、一木は語気を強めた。


「だが、教育課程の成績上位者には地球人同様に代将の階級と師団長の地位を与えるらしい。詳細は決まっていないが、成績トップなら確実だろう」


「……ふむ?」


 グーシュは、一木の言いたいことが少しだけ分かってきた。

 思わず口角が上がりだし、顔がにやけて来る。


「そして俺には、ほとぼりが冷めた後機動艦隊司令になるという話が来ている……そして、機動艦隊司令には傘下の師団をある程度選抜する権限が与えられる」


「……ふふ、つまり……わらわを部下に、という事か?」


「そうだ。そして、俺に与えられる艦隊は第049機動艦隊との事だ」


 一木を挑発するように言ったグーシュだが、逆に一木の言葉に動揺を隠せなかった。

 顔が完全に笑顔になり、喜びが抑えられない。


「……艦隊を再建して、参謀のみんなと待ってる。44師団も君のために取っておく。だから……頑張れ」


「~~~~~!!!! 最高の贈り物ありがとう一木……一木司令」


 グーシュは笑いだしそうな声を必死に抑え、地球式の敬礼を反した。

 数秒、もう微動だにしないモノアイを見つめ、そして足早にその場を立ち去る。


 目的地はエデンの大地に向かうエレベーター発着場。

 ミルシャが慌てて追いかけて来る気配が感じられる。


 再び泣き出しそうになるが、グーシュはそれを抑え込んだ。

 あんな素晴らしい贈り物をもらって、これ以上情けなく泣く訳にはいかない。


「待ってくださいよ殿下ー!」


「さよならー! 殿下、ミルシャ……さよならー!」


 追いかけて来るミルシャと、見送るマナ大尉の声を背に受けながら、皇女は新生活へと歩み出した。







 こうして一木弘和の仕事は終わりを告げた。

 余談だが、この平凡な男は、ここまでの行動の結果後世こう呼ばれることになる。




 グーシュリャリャポスティを解き放った男、と。

明日も更新します。

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