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エピローグ5-4 新生活へ

 シャトルに乗り込み扉が閉まると、途端に賑やかなアンドロイド達の声は聞こえなくなり、小さな環境音楽が流れるだけになった。

 そうすると、グーシュの胸にミルシャとの間に再開以来生じる気まずさが湧きだしてくる。


 この感情は何だろうか?


 グーシュは昨日以来ずっと考えていた問いを胸中で反芻する。

 

 ミルシャがアンドロイドになった事が嫌なのか?


 否。

 ミルシャはミルシャだ。昨夜の交わりでも確認したが、人工物特有の差異はあれど間違いなくミルシャだった。そうである以上、グーシュの中に人間であった頃のミルシャと今のミルシャを差別する気持ちは一切ない……はずだ。


 賽野目博士の行いへの反発がそうさせるのだろうか?


 否。

 あえて口にはしなかったが、この技術自体には可能性があるとグーシュは感じている。

 今回のように無断で行う事には問題があるが、もし事前に本人と家族に同意の下で行われるのであれば、非常に有意義なものになる。


 では、あの老人への激しい怒りとミルシャへの気まずさの原因はなんだろうか?


(……わらわの、自分自身への怒りだ。ミルシャが死んでも平気で生きていれた浅ましい人間性が浮き彫りになった……そのことへの怒りと気まずさが今の気持ちの原因だ)


 かつて、グーシュはミルシャが死んだら自分は生きてはいけないと思い、ミルシャが散ったその時は自決すら覚悟……いや、死なずにはいられないだろうと考えていた。


 だが、ふたを開けてみればミルシャが散ったその瞬間から、ミルシャの今際の言葉を言い訳に生き長らえて、あまつさえノブナガにもたれかかって平気で過ごし始める事が出来た。

 そんな自分をグーシュは恐れ、見下しながらも受け入れ、遠くに行くためには仕方ないとすら肯定しだした。


 自信への罵倒すら言い訳に変えて、平然と暮らすことが出来てしまった。


(全てを糧にして前に進む……だが、進んだ後通り過ぎた場所から捨てたはずのミルシャが戻ってきた。そのことによってわらわは……)


「グーシュ」


 幾度か目の思考の渦からグーシュを救い上げたのは一木の声だった。

 シャトルの入り口で立ち尽くすグーシュに声を掛けた一木は、少し奥にある特設された強化機兵用の席に座っていて、マナ大尉と一緒に座りながら手を振っていた。


「いつまでもそんなところにいないで、こっちに来いよ。シャルル大佐のお弁当、俺にも食べさせてくれ」


 気を使っているのだろうか?

 一木に気を使われるなど、かなり参っているなあと自嘲しながら、グーシュはミルシャと並んで一木とマナ大尉の向かい側の席へと座った。

 シャトルの内装と座席は豪勢で、低反発素材で出来たシートは圧を一切感じさせない素晴らしい座り心地だった。その上設備も一級で、マナ大尉がひじ掛けのパネルを操作すると、大理石状に表面加工された薄く頑丈なテーブルがせり出してきた。


「……帝城で一番豪華な食卓でもこうはいかんな」


「本当ですね……もう、ろうそくや松明の明かりで食事をする生活には戻れません」


 ミルシャがいつもの様に軽口を叩いてくれるのが、今のグーシュには心苦しかった。

 だが、グーシュもミルシャもそんな事はおくびにも出さずに三段のお重を広げていく。


 シャルル大佐の弁当の中身は大量のおにぎりとサンドイッチ、そしてルーリアトの主食である餅と焼いた肉の薄切りだった。


「内容はシンプルだが随分と手が込んでるし食材が豪勢だな。おにぎりの中身は……ウニ、鰻、いくらに和牛すき焼き煮……サンドイッチはカツにローストビーフ、ロブスターに生クリームたっぷりの高級フルーツ……」


 一木が重箱の蓋にあるバーコードを読み取り、メニュー内容を読み上げる。

 その豪華さは、今一地球のブランド食材や常識に疎いグーシュ達にもある程度伝わってきた。

 それ故に、却って故郷の貧相なメニューが気恥ずかしかった。


「シャルル大佐め……これでは餅と肉のみすぼらしさが目立つではないか……」


 苦笑しながらグーシュがぼやく。

 追い出され、やりたかった地球連邦式の改革を成すことの出来なかった故郷が恨めしく睨んできている様な気分になり、少しだけ不愉快だった。


 だが、シャルル大佐の贈り物を残すなどと言う選択肢はグーシュにはなかった。

 一木の食事介助をするマナ大尉と、同様の食事機能を持つミルシャと共に大量のおにぎりとサンドイッチに手を伸ばす。


 一木が驚いた高級食材は伊達ではなく、おにぎりとサンドイッチを両手に保持しながらグーシュは頬を膨らませてがっついた。


「そんなに慌てて食べる事はないだろう。ほら、ルーリアトのも食べよう」


 そんなグーシュを苦笑しながら眺めた一木が、おにぎりを小さな口でぱくつくマナ大尉をよそに薄くカットされた餅を手に取った。


 ぎこちなく餅を差し出す一木を半眼で眺めた後、口いっぱいに頬張っていたローストビーフサンドをグーシュは飲み込んだ。

 一木にルーリアトの餅の食べ方を教えてやるためだ。


「そうじゃない……この餅はな、そのままじゃなくて手で少し伸ばしてから……肉をこうして包んで……このタレかけて食べるんだ」


 地球の魚の形をした小さな容器に入ったタレからは、ルーリアト料理お馴染みの野性味あふれる肉臭い香りと甘ったるい酒の香りが強く漂ってきた。

 このタレを餅に包んだ臭くて固い肉にかけて、包み込んでから大口を開けて一口で頬張る。それがルーリアトの食べ方だった。


「はぁ……シャルル大佐め。わざわざルーリアト料理なんぞ作らなくてもいいのに……」


「まあまあ殿下……せっかくですから頂きましょうよ?」


「私食べたことないから、興味ある」


 ミルシャとマナ大尉も乗ってきたので、グーシュは二人にも餅に肉を包んでやった。

 そうして、皆で頬張る。


「「「………………!?」」」」


 しばし咀嚼し、飲み込むと全員が驚きから押し黙った。

 それほどまでに衝撃的な味だった。


 少し硬く味気ない餅も、硬くて臭みのある肉も、癖と臭みの強いタレも……。

 全てがルーリアトと同じ、地球の一般的な料理に馴染んだ人間にはおおよそ美味しいとは思えないモノにも関わらず……全てを咀嚼し、飲み込んだその後。

 口の中に残る、圧倒的なうまみの奔流。

 臭みが嫌で息を止めていたグーシュが驚きから鼻で息を吸うと、臭みがなぜか野趣溢れる芳醇なものに感じられる。

 口の中で咀嚼することにより完成する類の料理はあるが、その究極とでも言うべき料理がこの餅と肉だった。


「これ……凄いな! 高級おにぎりよりもサンドイッチよりも……これが一番美味い!」


「以前シャルル大佐が作ったルーリアト料理は地球の材料を用いて匂いを抑えていましたが……ルーリアト式の味付けをここまで……」


 一木の回るモノアイと珍しく料理を褒めるミルシャをよそに、グーシュは思わず空間湾曲ゲートがある方角……シャトルの後方を見つめていた。


 恨めしく睨んでいると思っていた故郷が、親指を立てて応援しているような錯覚に、一瞬だけ襲われた。


「グーシュ?」


 いきなり背後を向いて固まったグーシュを心配そうに一木が気遣う。


「いや、な……」


 苦笑しながらグーシュは餅をもう一切れ手に取った。


「こんなわらわでも、応援してくれるものがいるのかもな、とな」


 一木が聞き取れるか取れないかと言う小声で呟くと、グーシュはモヤモヤを振り払う様に重箱の中身をほとんど一人で平らげた。


 食べ終える頃には、シャトルは惑星エデンの軌道エレベーターへと到着していた。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

次回更新は8月31日の予定です。

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