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状況その4-2 地球情勢異常なし

「なんちゅうクソ度胸や」


 王代将が思わず呻くと、前潟代将と津志田代将は自慢げにニンマリと笑った。


「私達も最初は二人だけで行けって言われて驚いたけどね。まあ、冷静に考えたら下手な戦力なんて連れて言ったらそれこそ戦闘だろうし、交渉なら二人で行くのが正解よ」


「それに僕がいるんだから平気ですよ~。今回もピシッと決めてきました!」


 津志田代将がドヤ顔でピースサインをする。

 少年の様な容姿に反して筋張り、血管と筋肉がうっすらと浮き出た力強い腕だ。


 そんな津志田代将を見て、上田代将と王代将は冷や汗を流した。


「前潟、こいつなにしたの?」


「連中の集合地点に通信入れてからカタクラフトで行ったんだけど、ついたら米軍のM9に取り囲まれて、まるで連行されるみたいにして司令部に連れて行かれた訳よ。それで、ついた直後に背後にいたM9三体をぶちのめした、それだけよ」


 前潟代将が言うM9とはアメリカ自治合衆国陸軍が歩兵型アンドロイドとして制式採用する機種の事だ。


 異世界派遣軍の様な威圧感を与えないという配慮が必要ないため、一目見てロボットと分かるような非人間的な見た目をしているのが特徴で、そのマッシブかつ骸骨の様な見た目から”シュワルツボーン”というSF映画の主演俳優由来の異名を持つ。


 特筆すべきはそのスペックで、量子通信こそ出来ないものの参謀型アンドロイドに匹敵すると言われる高性能を誇る機種だ。


 だが、津志田代将はそんなM9を三体倒したという……。


「さすが対アンドロイド戦闘術の達人やな……一体どうすりゃあいつらを倒せるんや?」


 王代将が幾度もした質問をぶつけるが、津志田代将の答えはいつも同じものだ。


「え? 簡単だよー。戦闘用アンドロイドのプログラムを把握したうえで機種ごとの思考の癖、それと全機種共通のバグを利用するんだよ。そうして身体を動かせば簡単簡単。マネキンを投げる様なもんだよ」


 津志田代将が事も無げに言う対アンドロイド戦闘術とは、サイボーグがアンドロイドを相手に格闘戦で戦うための格闘流派の事だ。

 こう聞くと大層なものに思えるが、これは建前。

 実際のところは反アンドロイド主義者相手に金をせしめるためのフィットネスに過ぎない。

 一応源流としてはネオラッダイト運動の際に反アンドロイド主義者が設立した由緒あるものではあるが、理論はともかく現用の戦闘用アンドロイド相手に実用性があるとは言い難い。


 つまり津志田代将がやったような事が出来る代物ではないのだが、高校時代にダイエットのために道場に通い始めたのがきっかけで、彼女の才能が開花したのだ。


 アンドロイドのプログラムを見抜き、それに対する最適な行動パターンに沿って身体を動かすことが出来るという、あまりにも狭く汎用性の無い才能が……。


 将官学校で格闘術の鍛錬中、教官役のベテランSSと相対するまで発覚しなかった不可思議な才能だが、結果として津志田代将は異世界派遣軍……いや、地球連邦軍全体で見ても稀有な技能を持つ軍人となった。


 彼女以外では誰も理解できない独特な歩法と動きの前では、アンドロイドはそれらを一切認識することが出来ない。

 マネキンを投げる様な、と言うのも誇張ではないのだ。


 とはいえ、それもあくまで格闘技での話だ。

 とどめを刺すためには高周波ブレードや特殊鋼を用いた刃物の様な特殊装備や重火器が必要になる。

 実戦で役に立つかと言うと、非常に難しいと言わざるを得ない。


 だが、今回の様な任務においては……。


「本当に見事だったわ。M9を投げて捻って押し倒して……そして相手の将軍方が呆然としている隙に決められたコードを私が送信。フィリピンに集結した軍勢の指揮権を奪って全部終わりよ。その上で政府命令である反社会的勢力の掃討を傘下の軍勢で行う様に言って帰って来たわ」


「なるほど」


 前潟代将の言葉に王代将は得心がいった。

 政府の唐突な反社会的勢力排除命令の実質的撤回と異世界派遣軍の撤収命令の意味が分かったからだ。


「政府は主要自治国の反連邦主義者のあぶり出しをした上で、市民からの反発がデカい活動を押し付けるのが目的やったんか。ワイらがこれ以上出張ったらぼちぼちあかんからな」


 地球連邦政府としてはこの機に普段出来なかった治安活動をやり尽くしてしまいたかったのだろうが、今回の異世界派遣軍の地球進駐が「親火星勢力排除」である以上それ以外の取り締まりは反発が強くなりすぎる。

 そのために都合のいい手駒としてあぶりだされたのがフィリピンに集結した軍勢だったという訳だ。


「なーほどな。しかし反発した内容をまさか自分たちがやらされるとは……連中も気の毒に」


「……本当に気の毒なのは一般市民でしょうけどね……」


 前潟代将が呟くと場に沈黙が訪れた。

 その場の全員の脳裏に忌々しい光景がよぎる。


 深夜の集合住宅の玄関先で、お父さんを連れて行かないでと泣き叫ぶ子供。

 高周波ブレードの音に耳から血を流しのたうち回る抗議市民達。

 火炎瓶で火だるまになりながらゴム弾で抗議活動を鎮圧する部下のアンドロイド達。

 怯え、絶望した顔で海兵隊の揚陸艦に詰め込まれ、どこかへ連れていかれる親火星、反アンドロイド主義者達。


「……ま、それも終わりや。一木はんもエデンまで来てるって言うし、任務が終わったら会いに行こうや」


「そういやルーリアトだかの皇女様と仲良くなったんだよな? そこや辺の土産話聞こうぜ!」


「ちょっと上田君それどこ情報? 仲良くって何、どこまで!?」


「あ~んお姉さまには僕がいますからね! ちなみに軍の公式マイチューブチャンネル情報ですよ。故郷を失った皇女を救った勇敢な軍人っていう……」


 忌々しい記憶を叩きだすように彼らは馬鹿話を始める。

 脳裏にこびりついたそれが、決して消えない事を半ば自覚しつつも……。


 フィリピン及び各自治国から出撃した軍が内務省指揮下に入ったうえで異世界派遣軍から治安維持活動を引き継ぐことが発表されたのはこの数時間後だった。


 地球が”大獄”と呼ばれる弾圧に晒されるのはもうすこし先の事となる。

次回更新は8月10日の予定です。

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