状況その4-1 地球情勢異常なし
「撤収命令!?」
一木の同期である上田代将は昼食の牛丼を盛大に吹き出しながら叫んだ。
机の上に飛び散った米や牛肉を隣で給仕を務めていた福利課のアンドロイドが拭き取り始める、が……。
「なんでこのタイミングで!? この前反社会勢力討伐命令が出たばかりじゃん!?」
さらに追加の汚れを供給してしまう。
「はぁ……。ええから、飲み込んでから叫ばんか……」
そんな上田代将を見て、撤収命令を伝えた王代将がでっぷりと肥った身体を揺らしながら嘆息した。
とはいえ、上田代将の言う事自体には王代将も同意するところではある。
「しかしその通りや。火星シンパや反アンドロイド主義者をようやく捕まえ終わった所に追加で反社の掃討を命じておいて、そっちに碌に取り掛からんうちに撤収とは……政府は何を考えとるんや?」
「んぐんぐ……自治国の反発が思ったより大きかったとか?」
牛丼をようやく飲み込むと上田代将は自分の考えを口にした。
「下手したら内乱やったからな」
王代将はそう言って苦虫を嚙み潰したような顔をした。
今回の実質的な政府によるクーデターにより、与党連立党首四人をはじめとする親ナンバーズ派は長年の懸案であった野党や官僚に多くいた反ナンバーズ主義者の大粛清に成功した。
上田代将達を始めとする地球派遣部隊13個艦隊約91個師団により主要複合都市は制圧。
現地の自治国軍や警察を指揮下に置いたうえで令状なしの拘束、連行が行われたからだ。
当然そのことに対する反発は大きく、現にアメリカや中国の様な主要自治国は猛反発してきた。
だが異世界派遣軍部隊に与えられた権限はとてつもなく大きく、自治国首脳クラスが相手だろうと捜査を邪魔されない程だった。
現に上田代将達は二十代前半の若輩将官だが、抗議に来た日本や韓国の自治国政府首脳と応対し追い払うという面倒な大役をする羽目になったのだ。
そうした強制捜査が一通り終わり、大統領直轄の海兵隊部隊に拘束した者達を引き渡し、ようやく落ち着いた頃……ほんの三日前に命じられたのが先ほど言っていた”反社会的勢力の排除”命令だった。
この命令はそれまで反ナンバーズ摘発ならばやむなし、と不承不承ながらあきらめムードだった各自治国に大きな衝撃を与えた。
マフィアやヤクザ、ギャングに反グレが今回の事態の発端であるナンバーズやアンドロイドを巡る政治に関係ないことは明らかだったからだ。
それ故、今回の事は自治国解体と連邦政府による直接統治が真の狙いではないかとの憶測が飛び交い……。
フィリピン近郊に太平洋周辺の主要自治国の軍が集結する事態となっていたのだ。
「いい線言ってるけど違うわね」
凛とした声が響いた。
声のした方を向くと、前潟代将と津志田代将が疲れ切った顔で歩いてきた。
いつもはピシリと整った制服が、どことなくくたびれている。
「おう、お帰り。急な呼び出しだったけどどうしたんだ? あ、昼飯食う?」
上田代将がカラになったどんぶりを掲げながら言うと、前潟代将と津志田代将は疲労の籠った声で「ねぎ玉牛丼メガサイズ」を頼んだ。
王代将、そしておかわりをしようと考えていた上田代将も便乗して、王代将は「オールトッピングキング牛丼」、上田代将は「チーズ牛丼普通サイズ」を頼んだ。
凄惨な一般人相手の粛清劇という多忙の中に合った彼らにとって、同期で集まり取れる久しぶりのゆっくりとした食事だった。
「牛丼がこんなにうまいとは思わなかったよ。この前までひっきりなしに警察やら軍の幹部やら地元政治家……あと人権団体が来て飯食う暇も無かったからな……」
上田代将がしみじみと言うと、その場にいた全員が頷く。
彼ら自身が暮らしていた……否、今も登記上は自宅のある日本の複合都市や似た作りの都市に兵員を送り込み、上層部から送られた名簿に従って親火星、反ナンバーズ、反アンドロイド主義者とされた人物をひたすらに拘束する。
昼も夜も自宅も職場も無く周辺を封鎖し、踏み込み、拘束し、近隣に待機する専用の強襲揚陸艦に送り込み、艦を管理する海兵隊に譲り渡す。
反アンドロイド主義者が多いこともあり、拘束対象には大抵人間の家族がいたためその光景は悲惨なものとなった。
前潟代将などは、かつて見たソ連の大粛清の光景を思いだし、自分がその執行側になった事に嫌悪感を隠し切れなかった程だ。
しかも泣き叫ぶ妻や子を引きはがし、拘束対象者を海兵隊に引き渡しても仕事は終わりではない。
上田代将が言ったような抗議に訪れる者に加え、今回の粛清と異世界派遣軍による進駐に抗議する市民によるデモの鎮圧が任務に加わっていたからだ。
鎮圧の指揮自体は現場の師団長ではなく各艦隊の内務参謀及び指揮下の憲兵隊が執ったが、数の上では少数の彼らに代わり実務を担ったのは結局各師団だった。
上田代将の様なまだ年若い彼ら91人はシュプレヒコールを上げる市民たちに対し放水車と高周波ブレードの振動音、そしてガス弾、ゴム弾、警棒による制圧を昼夜問わず行い続けた。
それら精神をすり減らす活動の結果、抗議活動鎮圧において出た死者は地球全土で8000名を超えた。
これには拘束対象者は含まれておらず、海兵隊によって連行された彼らの行方は師団長たちですら知らない極秘事項となっている。
そんな過酷な任務を越えた末の安息たる食事を終えた彼らは、給仕が入れたお茶を飲みつつようやく一息ついた。
「んで、話を戻すけどよ……いい線ってどういうことだよ。政府はなんで反社摘発の命令を引き下げた?」
上田代将が話を戻す。
「要するにね……ふう……。反社会的勢力云々を引き下げたのは、確かに自治国の反発が理由だけど、それは政府の予想外だったからじゃないって事よ」
それに対し、食べ過ぎたのか上着のボタンを外しながら前潟代将は言った。
それを見た給仕がそっと胃薬を差し出し、前潟代将はそれをがりがりとかみ砕いた。
「つまりあれは……フィリピンへの自治国軍集結は予想通り……いや、それが目的か!?」
王代将が言うと、前潟代将が頷く。
「政府は分かってたのよ。親ナンバーズ以外への捜査を声高に言えば自治国がどう動くのか。そうして政府に対する不満分子を炙りだした上で、切り札をきったのよ」
「切り札?」
「アンドロイドの指揮権はく奪ですよ。隠しコマンドみたいなものがあったみたいです」
上田代将の問いに津志田代将が答える。
その言葉に上田代将と王代将が驚愕した。
「指揮権はく奪……じゃあフィリピンに集結した軍は……」
「私たちがどこに行ってたと思う? フィリピンに集結した軍の司令部よ。そこに乗り込んで米中日韓豪……ともかく集結していた200万人規模のアンドロイドの指揮権を奪って来たってわけ」
「お前たちの師団二万人で……」
「いいえ、南と二人でよ」
事も無げに言った前潟代将の肝の太さに上田代将と王代将は思わず口をあんぐりと開けた。
次回更新は8月5日の予定です。




