エピローグ4-2 殺意
「Sanyu-, provision a mobile device and create an account♪ Let’s be friends!」
メモ紙を渡した後侍従達に引きはがされたグーシュは、最後に英語でサニュ皇帝代理に声を掛けた。
当然ながら、ラト語とノマワーク公用語に設定された翻訳アプリは作動せず、「友達になろう」という侍従達が聞けば怒り狂うだろう言葉の意味は伝わらない。
無論それはサニュにも伝わらない事を意味していたが、グーシュはあまり気にしていなかった。
グーシュとしては、この場で意味が伝わらなくともよかったのだ。
(あくまで、最後にわらわが意味の分からない言葉を投げかけた……その事がサニュの印象に残ればいい……そして……)
「陛下に無礼だろうが! たとえ他国の皇族だろうと神聖なる我が国に……」
「お前たち! 見るな、一旦船に戻れ!」
「出迎えが遅いぞホワイト将軍!」
グーシュがそんな事を考えながら歩いていると、背後からは侍従達がヒステリックに叫ぶ声が聞こえてくる。
チラリと背後を見ると、輸送艦のタラップに姿を現したみすぼらしい格好の人々……恐らくノマワーク帝国の住人が、自分たちの目と鼻の先にいる皇帝代理に驚いて固まっていた。
(なんだ? あいつら国民に地球から支給された服を着せてないのか……故郷から持ち出したあんなボロボロの服を着せて……)
輸送艦内での生活に際して、異世界派遣軍からは十分な衣食が異世界の避難民には支給されていた。
そのため、ルーリアトの避難民たちも皆灰色のスウェットに白いシャツ姿がすっかり板についている。
栄養たっぷりの食事や毎日の入浴のため、血色もいい。
しかし、ノマワーク帝国の住民たちは違う。
元々着ていた薄汚れた服装に、痩せ細った姿。
とてもルーリアトの人間と同じ環境で過ごしていたとは思えない。
(しかも……何人いるのか知らないが、民の中に指導する様な立場の者がいないのか? 皇帝代理の様な高位の者がいるところに並びもせず現れ、今も輸送艦の搭乗口でゴタゴタと……先ほどのわらわへの物言いといい……随分とオモシロ……面倒な国の様だな)
グーシュが顔を正面に戻すと、ちょうど先ほど侍従の一人が怒鳴りつけていたホワイト将軍とやらとすれ違った。
ドレッドヘアーの黒人女性の副官を連れた若い白人男性の准将だ。
おそらくコノド星系の駐留軍の司令官なのだろうが、やたらと疲れ切った顔が印象に残った。
「お疲れ様です」
グーシュがすれ違いざまに軽く挨拶をすると、驚いた様な顔で向こうも敬礼した。
ノマワーク帝国人と同様にグーシュの事をアンドロイドと思っていたのかもしれない。
(苦労しているようだな)
少し憐れむと、グーシュは既に子爵領領民達が整列している自分たちが乗ってきた輸送艦前へと急いだ。
※
騒ぐ侍従と女官たち。
背後から聞こえる疲れ切った臣民たちのざわつき。
出迎えが無かったことを責められ曖昧に誤魔化す異世界派遣軍駐留軍司令の声。
そんな騒がしい声の中、サニュ皇帝代理は人知れずある事を考えていた。
「ぐーしゅりゃりゃぽすてぃ」
先ほど突然現れた、異国の皇族の少女の名前を、小さく呟いてみる。
すると、胸の奥が少し温かくなる。
一切の配慮無く、まるで臣民のように声を掛けられるなど初めての経験だった彼女にとって、グーシュの後先考えない行動はあまりにも印象に残った。
ただでさえ故郷を追われ、親しい人々を失い、脱出した先では守旧派の侍従達に抑圧されていた彼女にとって、グーシュの声はあまりにも響いた。
「最後に……なんて言ったのだろう。たしか……ふれんず……って言ってた」
侍従達の怒声の中、彼女はグーシュの言葉を意味も分からずに噛み締めていた。
彼女が勇気を出して言葉の意味を調べるのはもう少し先の事になる。
※
「という訳で異文化交流してた」
グーシュを探しに行こうかと慌てていた一木達とルニ子爵達に対して、戻ったグーシュは悪びれずに言った。
というのも、輸送艦を降りてみたらグーシュがいないというので、ルニ子爵達は少しだけパニックになっていたのだ。
とはいえ無理もない。
グーシュならばはしゃぎまわるようなこの宇宙港の景色だが、突然連れて来られたルニ子爵領の者達にとっては理解不能な場所でしかない。
そんな場所で唯一状況を把握し地球側と話すことが出来るグーシュがいないのでは混乱するのも当然と言えた。
一足先に一木達が来ていなければひと悶着あったかもしれなかった。
「まあ、君はそういう奴だよな……」
「どういう意味だ……ん? おおっ!」
一木が乾いた笑いを響かせながら言うと、グーシュは頬を膨らませたが、すぐに何かに気が付き声を弾ませた。
それというのも、一木の背後にいる懐かしい顔ぶれに気が付いたからだ。
マナ大尉、アセナ大佐、ダグラス大佐、クラレッタ大佐は航海の最中も映像等で話していてお馴染みの顔ぶれだ。
だがその隣にいたシャルル、殺、ポリーナ、ジークの四人はルーリアト脱出の際身体を損傷して以来顔を会わせていなかった面々だ。うれしさのあまりグーシュは駆けだすと一人一人に抱き着いた。
「よかったよかった♪ 皆大事はないか? 特にシャルルとジークはコアユニットが破損したと聞いたぞ?」
「心配をかけたね殿下。まあ、僕はメインチップを抜き出すところまでしか記憶が無いけど、大半のデータは無事さ」
ジーク大佐がグーシュを抱き返しつつ頬にキスをしながら言った。
「私はアウリンの目を狙撃したところまでしか記憶がありませんが……幸い料理のレパートリーは失われていません。またおいしいごはん作りますから、ご安心ください殿下♡」
シャルル大佐がジーク大佐にキスされているグーシュの頭を撫でながら楽しそうにいった。
上半身を吹き飛ばされた殺大佐と戦闘で損耗したポリーナ大佐の方は記憶の欠損も無くほぼ完全に修復を終えているとの事で、これで久しぶりにルーリアト宿営地にいた面子がほぼそろう事となった。
「これで少しホッとしたな。それで一木、この後わらわ達はどうなるのだ?」
「まずはこの宇宙港で防疫のため処置を受けてもらいます」
グーシュが尋ねると、アセナ大佐が歩み出ながら答えた。
手にはタブレット端末を持っており、この後のスケジュールが空中に投影されている。
それによると、惑星エデンに病気や害虫等を持ち込まないための防疫処置を受けつつ、エデンでの生活に関するオリエンテーションを避難民には受けてもらうのだという。
この巨大な宇宙港にはそのための臨時滞在施設がすでに建設されており、避難民はこの後随時そちらに移されることとなる。
防疫関連の処置が終われば、晴れて惑星エデンの難民居住区に星系内輸送船で降りる事となるのだ。
「オリエンテーションの際、ルーリアトの皆様にはグーシュ殿下から要望のあった亡命政府設立と運営に関する支援要員が付く事となります。子爵閣下と生活に関する事を詰めつつ、そちらに関する具体策を策定してください」
この言葉にグーシュは喜んだが、子爵領の幹部一同は少し苦笑いをしていた。
新生活への準備と同時に亡命政府に関することまで手が回るのか不安になったのだ。
そんな空気を感じ取ったのか、グーシュはくるりと子爵領幹部と領民の方を向いた。
安心させるために声を掛けようと思ったのだ。
そして、グーシュが大きく息を吸い込んだその時だった。
「おお、グーシュリャリャポスティ! やっとるなあ、未来の英雄!」
とてつもない大音声が響いた。
誰もが顔をしかめながらその声の主の方を見る。
「博士!?」
一木の素っ頓狂な声が響く。
そう、そこにいたのは……。
賽野目 羅符。
通称賽野目博士。
アンドロイド関連の大企業相良グループ最高顧問にして、地球連邦を裏から牛耳る文明管理機械ナンバーズの一員。
三角アフロにカイゼル髭。
筋肉ムキムキマッチョの老人が、満面の笑みでグーシュ達に近づいてきていた。
「博士……なんでこんな所に……」
寝耳に水だったのか、一木は酷く慌てていた。
いくら恩人とは言え、ナンバーズがこの情勢下に現れるという事態に軽く混乱しているようだ。
だが、それはグーシュやルニ子爵領一同も同様だった。
異文化とはいえ、賽野目博士の背格好は彼らにとっても異質だったからだ。
だが、そんな困惑は賽野目博士の背後から目にもとまらぬ……参謀型アンドロイド達にすら知覚困難な高速で駆け寄った何者かが、グーシュリャリャポスティに強烈な体当たりを仕掛けて押し倒した事で全て吹き飛んでしまった。
凍り付いたその場所で、賽野目博士だけがニコニコと笑みを浮かべていた。
次回更新は7月21日の予定です。




