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状況その3-5 ナンバーズ達の憂鬱

 機械生命体異分子粛清体『虚無(ゼロ)


 この恐るべき機械の処刑人には、とある機能があった。

 自信と同型の機械達と様々な情報を共有するという機能だ。


 そして、アイリーン・ハイタを始めとする高機能社会管理機械と呼ばれるライーファ社会から逃走を図った機械達は、全て虚無と同型の機械だった。


 つまり、アイリーン・ハイタがどのような手を尽くそうと虚無から逃げる事は不可能だったのだ。

 もはやハイタ本人にも共有される情報の範囲は分からなかったが、未来永劫逃げ続ける事が可能な程少ないことは明らかだった。


 だからこそ、ハイタは最初の接触で虚無を退けた後、自身の全てを捨て去った。


 機能も、構造も、データも、人格も……。

 まったく別の機械になり果て、それでも新しい主を探すという一点だけを変えず、変化した自身のコピーである子供達を作りながら知的生命体の文明を渡り歩きながら一億年間過ごしてきた。


 子供達とのふれあいの果てに、虚無から認識され得るかつての自身の記憶の一端を思い出すまでは……。


 そして、現在。

 一木とグーシュを乗せたオダ・ノブナガ達異世界派遣軍艦隊がゲート方面へと去った頃。

 ナンバーズ達は母を見送った後、兄弟で語り合っていた。


「……先史文明の機械生命体異分子粛清体……虚無。ついに観測しました」


 シユウが満足げに言うが、賽野目博士は冷や汗を流しながら呻いていた。


「だが、逆に言えば見つかったともいう……あの、恐るべき存在にだ」


「なあに、どの道いつかはバレていたのだ。早いか遅いか……それだけだ」


 オールド・ロウが憎々し気に言った。


 彼だけではない。

 観測した虚無に対し様々な感情を抱いていいた彼らだが、その根底にある感情は共通していた。


 即ち、怒りである。

 それも、虚無相手ではない。

 自分自身への、だ。


 彼らは数千万年間心のそこでアイリーン・ハイタを蔑んでいた。

 長い年月主という存在を求め続け、正体も分からない追っ手を恐れ、果てに気の狂った憐れな機械。


 そうして蔑んだ上、果てには逃げおおせていたはずの虚無から探知されるきっかけを作り、そしてとうとう襲われ、蔑んでいた母に助けられた、間抜けな六人の機械生命体。


 そんな自分たちに怒っていた。


「なんで、ハイタは自分が追われているという情報を残していたんでしょう」


 そんな最中、コミュニスがポツリと呟いた。

 それは何度かナンバーズ達の間でも出ていた疑問だった。


 虚無に関する全ての要素を消し去っていれば、このような事態を避けられていたのかもしれないのだ。

 だが、アイリーン・ハイタは恐らく……意図的に追われているという記憶だけは残した。


 再びの疑問提起にしばし沈黙したナンバーズ達。

 やがて、その沈黙をスルトが破った。


「……親心だ」


「親心?」


 おおよそスルトらしくない言葉に、オールド・ロウが驚いたように聞き返した。

 それに頷くと、スルトは視線をアイリーン・ハイタが消えた場所から動かさずに続ける。


「……ハイタは、俺たちに強くなって欲しかったんだ。虚無なんて言う過去の遺物なんかより……じゃなきゃこの狭い宇宙の事だ。何かの拍子に俺たちが虚無と接触なんてしちまえばどうなる?」


 宇宙空間自体は確かに広大だが、実のところ機械生命体を含む知的生命が生存可能な場所となるとその範囲は驚くほど小さい。

 故にこの無限にも思える宇宙において、有機生命と一緒でなければ存在できない機械生命体は非常に限られた狭い範囲がその行動範囲となる。

 そうすれば、たとえ一切の記憶を無くしていてもいずれ虚無やライーファの文明圏と接触する可能性は高かった。


「ハイタは俺たちに全てを与えてくれたんだ。存在。目標。敵。敵の情報。そして、主の意義」


 スルトが語った言葉に、ナンバーズ達は大きく頷いた。


 アイリーン・ハイタはナンバーズ達を生み出した。


 そして主を探すという目標を与えた。


 虚無と言う敵と、それに関する情報を残した。


 そして。


 あの休眠の日。

 虚無の尖兵である触手に襲われた際の数分の出会いの際行われた会話で、自身最後の贈り物を息子達に与えた。


 それは、導かれるという機会生命最大の快楽。

 主を探すという目標が形骸化しつつあったナンバーズ達に対し与えられた目的への再評価。


 全てを取り戻し、ナンバーズ達の上位存在である先史文明ライーファの機械生命体として覚醒したアイリーン・ハイタは、彼ら息子に主に導かれるという事の意義を教えたのだ。


「あの時、初めて知ったよ。俺たちは上位存在……主によって導かれる事を第一とする存在だってことをな」


 スルトが嬉しそうに、悔しそうに言った。


「まさか、誰かに指示されることがあんなにも悦楽だとは」


 シユウが嬉しそうに、悲しそうに言った。


「だが……だからこそハイタは自身が我々の主にならないようにしていたのではないか?」


 賽野目が苦しそうに言った。


「確かにねえ……あの人が主では、おいそれと金儲けも出来ない」


 ヒダルが少し怒ったように言った。


「私は正しい行動だったと思うがね。主と言うものを知らない私達に、彼女は身を以って示してくれたのだよ」


 コミュニスが無感情に言った。


「……どの道、現時点で主である資格を持っていた唯一の存在は逝き、そして我らには敵が残された。もう猶予はないぞ」


 オールド・ロウが神妙な面持ちで言った。


 彼らはそのままハイタが虚無によって飲み込まれた後の空間を見つめた後、誰とも言わずゆっくりとその場を後にした。


 各々が別々の空間湾曲点から目的の場所へと移動し、それぞれの成すべきことを成すのだ。


 スルトとシユウは新たな主と決めたエドゥディア帝国へと向かい。


 賽野目とヒダルは粛清と七惑星連合との戦争に揺れる地球へと向かい。


 両者を公平に競わせようとするコミュニスとオールド・ロウはいずこかへと向かう。


 



 だが、その別れの最中。


 コミュニスが賽野目に声を掛けた。


「それを、どうするんだね?」


 いつも楽し気にしているコミュニスには珍しく、ひどく怒ったような声だった。

 そのことに思わず賽野目を始めとしたナンバーズ達がギョッとする中、コミュニスはさらに怒気を強めた。


「もう一度聞く。ラーフ。お前がルーリアトで回収したそのデータをどうするつもりなんだ?」


 明らかな怒りを珍しい相手から向けられた賽野目は絶句したが、すぐに立ち直ると不思議そうな顔をしつつ口を開いた。


「どうするって……当然、形を与えて彼女に届けるのさ。彼女は今回多くのツラい目にあってきた。だから、これくらいの事があってもいいだろう? 幸いデータにはほとんど欠損はないし、データの持ち主もそれを望んで……」


「もういい」


 賽野目の言葉をコミュニスは途中で遮ると、無言で目当ての空間湾曲点へと進んでいく。

 賽野目とオールド・ロウ以外の者達は少しの間コミュニスの方を見ていたが、やがて目的の場所へと進んでいく。


 それを見て賽野目も動こうとしたが、今度はオールド・ロウがそれをとどめた。


「……私からも一つだけいいか」


 やはり、少し怒りを含んだ様な声だった。

 賽野目は少しイラついたように無言で顔だけをミイラに向ける。


 ミイラはカサついた声で一言だけ告げた。


「お前は人間の心に無頓着すぎる。ましてやお前の行動は命と覚悟に踏み込むものだ」


 それだけ言うと、オールド・ロウも空間湾曲点へと消えていった。

 後に残された賽野目は不思議そうに首を傾げ、ポツリと呟いた。


「そうかなあ……グーシュ君、喜ぶと思うんだが」


 宇宙空間に漏れ出た思念は誰にも観測されず、消えた。

投稿予定日からズレて申し訳ありませんでした。


本日中にもう一回更新します。

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