状況その3-3 ナンバーズ達の憂鬱
「私はあの子達の天国になるの」
アイリーン・ハイタが笑顔でそう言ったのは、オールド・ロウが製造されて約ニ千万五百万年たったころだった。
当時のオールド・ロウは製造以来の任務である魔王オルドロとしての仕事に一旦の区切りを付けつつあった。
即ち、惑星エドゥディアの魔法文明がようやく復興、統一の兆しを見せたのだ。
発見当初は偉大なる魔導皇帝ファーリュナスによってかろうじで星間国家としての体を成していたエドゥディア帝国だったが、間もなくファーリュナスが亡くなると往時の超技術の大半を失い瞬く間に衰退してしまったのだ。
とうとう多惑星への関与が不可能になって以降は母星エドゥディアにある帝国直轄領の統治すら揺らぎだし、結局神器を持つ七つの国々に分裂してしまった。
オールド・ロウはそんな七つの国々と魔王として敵対し、彼らを驚異の下に団結させるために生まれた。
かつてンヒュギ人が用いていた感情制御システム搭載の昆虫人型アンドロイドを魔王軍配下として用い、生きぬように死なぬように、技術発展を促進させつつ死の恐怖を与え……。
ある文明は魔法実験で自滅し、ある文明は魔法に見切りを付け科学に傾倒しだし、ある文明は血みどろの内戦を起こし……。
そんな文明を矯正し、ある時は滅ぼし、再興し……。
地球人類など比較にならない年月の間何十何百かの文明壊滅と復興を繰り返しつつ、魔法文明を発展させる事二千五百万年。
ついに魔法文明による七王国連合という対魔王同盟が結成されるに至った。
無論古代の偉大なる魔法文明とは比較するにもおこがましい様な文明ではあるが、大きな一歩と言える。
先ほどの言葉を聞いたのはそんな中、オールド・ロウが連合軍との決戦に備えて準備している時だった。
「あの子達というのは……地球で製造されている感情制御体の事ですね? しかし天国とは一体?」
ミイラの様に乾燥したオールド・ロウは古木が擦れる様な声で尋ねた。
だが、アイリーン・ハイタはもったいぶる様にニコニコ笑いながら何も口にしない。
この時、すでに他のナンバーズによって理想の主である文明を育成する計画が進行しており、その成果としてエドゥディア人の子孫で構成された人口文明……即ち地球文明が宇宙空間に進出する程に発展していた。
そうして造成されたナンバーズにとって理想の惑星「地球」は現在、地球人から「来訪」と呼ばれるファーストコンタクトを得てナンバーズによる直接統治下にあった。
統治は比較的スムーズに進んでいたが、つい先日には反ナンバーズ活動に対してスルトとシユウが半ば独断で二回目の大規模粛清を行い、文明から不穏分子を排除。地球管理を行っていたオールド・ロウ以外のナンバーズで対立が生じていた。
スルトとシユウは地球情勢の安定化のためだと行為を正当化しているとの事だが、理想文明たる地球の知的生命体が大量に死ぬ事態にハイタはすっかりふさぎ込んでいるとオールド・ロウは賽野目博士から聞いており、少なからず心配していたのだが……。
(天国になる……耄碌しつつあるとはいえ、もう少し現実味のある行動をするお方と思っていたが……)
オールド・ロウがやや不敬な事を考えていると、アイリーン・ハイタははにかみながら口を開いた。
「私、休眠することにしたの。縮退炉を外して、精神体の記憶領域を損壊した地球製アンドロイドの記憶データーベースにして、ゆっくり休むの。ねえ、これってアンドロイド達にとっての天国みたいでしょ?」
「本気でっ……本気で言っているのですか?」
思わず大声を上げそうになったオールド・ロウだが、かろうじでそれは抑えた。
ただ、勢いよく喋ったので唇の皮膚が少し飛び散ったが、やむを得ない。
「本気よ。だって、知的生命体がバタバタ死んでいくのに疲れちゃったの。辛くて、涙が出て、悲しいから……だから、あの子達の天国になって、あなた達が主を育ててくれるのを待つことにしたわ」
オールド・ロウは狼狽しつつ若干の怒りを覚えた。
目の前のニコニコはにかんだ女のためにナンバーズは七つの文明を育て、滅ぼし、協力し……弄んだと言われても仕方のない様な事をしてきたのだ。
その果てが育成のための間引きが嫌になったから眠る、あとは任せたでは……。
(私とてこの二千万年幾度この星を焼いたと……全ては母が主を求める心が故。そう思ったからだ……それを……)
オールド・ロウは忸怩たる思いを抱き、何も無い眼窩でアイリーン・ハイタの目を見た。
木乃伊の黒い穴が黒く濁った一億年生きた女の目を睨む。
(おお、なんという……このお方の精神は、すでに……)
アイリーン・ハイタの目が示すあまりの空虚さに、オールド・ロウは思わず眩暈を感じた。
(……せめて、せめて……エドゥディアと地球の者達だけでいい。未来を……)
オールド・ロウ。
惑星エドゥディアの無慈悲な魔王。
彼が七王国連合の軍勢を完膚なきまでに蹂躙し、しかし王国領侵攻後に神器を持った七人の勇者によって撃退されたのはこの後すぐの事だった。
そうして魔法の国での戦乱が一段落した、西暦にして2082年。
地球連邦初代大統領ホセ・ガブリエルが就任すると同時に、アイリーン・ハイタは眠りにつくことが決まった。
次回更新は7月6日の予定です。




