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エピローグ3-1 皇女の責任

「すまなかった!」


 ルニ子爵領の領民達が一堂に集う輸送艦の格納庫。

 約千人の老若男女がひしめくそこに作業員のSLが臨時で儲けた演説台の上。

 そこに昇るなり、グーシュは大声で叫んだ。


 ルーリアトからの決死の逃避行。

 いきなり敵が来るからと故郷を捨て、見た事もない航宙輸送艦に乗り、空間湾曲ゲートをいくつも潜りおおよそ一週間。

 子爵領の面々に尋ねても何も分からず、なんら情報が無い日々。


 不安が頂点に達しつつあったそんな頃、ようやく訪れた彼らにとっての指導者グーシュリャリャポスティが最初に行ったのが先の謝罪だった。


 領民達は不安に駆られつつも、ある種安堵した。


 彼らは逃亡中にも関わらず、着心地のいい衣服、美味しい一日三回に間食付きの食事、柔らかい寝床、望めば物好きなアンドロイドの夜伽、様々な遊具やスポーツ器具、子供達には教育、毎夜の映画上映……。


 ルーリアトでは王侯貴族でも望めないような悦楽が提供されていたので、逆に不安に思っていたのだ。

 

 「この対価はなんだろうか?」と。


 そして今日、とうとうその対価が発表される時が来たのだ。

 奇妙に落ち着いた彼らの前で、偉大なる帝国第三皇女は膝を付き、両手を差し出した。


「ルーリアト帝国は我が姉シュシュリャリャヨイティ率いる反徒……及びその反徒が手を組んだ地球連邦の敵対者によって制圧された。我らは……我らは故郷から締め出されたのだ。その、全ての責任はシュシュリャリャヨイティの妹、地球連邦と手を結ぶ選択をしたわらわにある」


 責任を認め、両の手を差し出す。

 ルーリアトにおける、最大の謝罪を示す姿勢。

 両手を切り落とされ、剣を握る手段と命を失っても構わないという意思表示。


 そんなグーシュの姿を見て、ルニ子爵を始めとする子爵領幹部たちと領民達は互いを凝視しあった。

 

 皮肉にも両者の思いは一致していたからだ。

 子爵達は「領民がグーシュに故郷喪失の怒りをぶつけるのではないか?」と危惧し、

 領民達は「子爵を始めとする騎士達が領地喪失の怒りをグーシュにぶつけるのではないか?」と危惧した。


 だがそれは杞憂だった。

 彼らは全員がグーシュから得られた快適な生活に感謝を抱いていたし、そもそもが子爵領での貧しい生活にそこまでのこだわりを持っていなかった。

 仮にルニ子爵領の立場にあったのが帝国中央部にある伯爵クラスの領地や四代公爵家ならばもう少し状況は違ったかもしれない。


 だが、いまここにいるのは帝国でも最底辺の生活を強いられていた貧しい人々であり、むしろ今の安楽を得る機会をくれたグーシュへの恨みは薄かった。


 とはいえ、よかったのはここまでなのもまた事実であった。

 故に彼らは固唾をのんだ。

 グーシュが自分たちにどういった”これから”を与えるのか未知数だったからだ。


「……いないのか? わらわの手首を切り落とす者はいないのか? ルニ……お前はいいのか? ボスロ帝がお前の祖先に与えた領地をわらわは……」


 グーシュに話を振られたルニ子爵に今度は全員の視線が集中した。

 彼はグーシュの真っすぐ自身に向けられる瞳と二千の瞳を意識し、数回口をパクパクと開口させると汗だくになりながら口を開いた。 


「いいえ殿下。我々子爵領一同、殿下に受けたご恩を翻すような事は致しませぬ。第一、此度の件全ての責任はシュシュリャリャヨイティと彼の者に付き帝国を裏切ったダスティ、及び属国の者達にこそ責があります」


 ルニ子爵が紡いだ言葉は子爵領の総意……とは言い難かった。

 実のところ、グーシュが地球連邦を選んだ事を内心非難している者自体はそれなりの数いたのだ。

 実際に子爵の部下でそう言う意見の者もいた。

 彼らはグーシュが手を結ぶ対象を間違えたのだと考えていた。

 地球連邦ではなく、強者である七惑星連合と手を結べばよかったのではないか、と考えていたのだ。


 だが、誰もそのことをグーシュの前で口にする事はなかった。

 恵まれた待遇がグーシュへの非難の芽をかろうじでむしり取っていたのだ。


 だからグーシュが顔を上げ、しばし領民達の顔を眺めた後で両手を降ろしても声が上がる事はなかった。


「すまない、皆……」


「殿下……それで、この後の事ですが……我々はどうなるのでしょうか? 地球連邦が敗れ空飛ぶ城で異国へと流れた我々は、今後いったい……」


 グーシュへの糾弾の流れを作らないという、それぞれの思惑でこの場にいる全員に共通した目的を達した後、当然ながら出てきたのはこの疑問だった。


 確かにここまでは皆が幸せだった。

 グーシュ親衛隊に入った者達だけは不幸な最期を迎えたが、それと家宰夫婦を除けば誰もが衣食住娯楽に恵まれた生活を送る事が出来ていた。


 だが、ここからは?

 故郷奪還、移住、統合体に降伏しうて帰還する……。

 どの道を歩むのか、それに伴う待遇は?


 彼らはたった一つ残ったグーシュと言う細い糸に群がり、尋ねる他なかった。


「それなのだが……まず先に皆に言っておくことがある」


 台の上で膝を付いたままグーシュは口を開いた。

 その後、しばしの沈黙のあとグーシュはそれを口にした。


「わらわは皆の指導者の立場を降り、一民間人となる事にした。皆に関する後の事はルニ子爵に任せる」


 やや怒号を含んだ悲鳴じみた声が上がり、焦った数人の歩兵型アンドロイドがグーシュに駆け寄った。

次回更新は6月13日の予定です。

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