第9話ー1 一木代将とマナ大尉
一木は自分の部屋で倒れ伏していた。
この体になってからは胸部の出っ張りや床に傷がつくので久しくやっていなかったが、気分的に現実空間で横になりたかったのだ。
「一木さん! どうしたんですか? どこか具合が……」
マナ大尉がすがりよってくる。ああ、この娘のこともどうにかしなければならない。
正直言って、一木の精神は摩耗していた。
パートナーのシキを失い、代わりとしてやってきたこのマナという娘との生活に慣れる間もなく新しい職場へとやってきた。
ここまででもいっぱいいっぱいなのに、突然作戦参謀に懐かれた。
一木としては自分の勘違いであってほしかったが、どうも自分に気があるようだ。
あげくにマナは不機嫌になり、もろもろの不安から今度は上司に不遜な態度をとってしまった。
二十一世紀の軍隊なら懲罰物だろう。この時代の軍隊は緩く、優しい。
とは言えこんなことはもう起こすべきではない。問題解決も、環境への慣れもないまま人間関係……正確には人間相手ではないが、でも厄介事を抱え込むようなことは避けたかった。
特に、一連の出来事の原因が、喧嘩別れした同期に常々言われていた、一木のアンドロイドへの態度が原因だとすると、今後の艦隊での自分の評価は地に落ちるだろう。
評価も出世にも興味は無いが、白い目で見られることには耐えられそうにない。
「マナ……」
「はい! 」
「福利課に言ってきて、サイボーグ用の栄養剤と頭痛薬貰ってきて……」
「わかりました! 一木さん待っててください」
マナが部屋を出ていくのを確認すると、一木は視界の隅にあるメニューから、アドレス帳を開いた。
この時代の、数少ない知り合いと友人の名前が表示される。
そしてその中から、将官学校同期のフォルダを開く。
上田 拓。津志田 南。前潟 美羽。王 松園。
引きこもっていた自分を励まそうとしてくれていたのを一方的に拒絶し、あげく罪悪感からここに着任するときにも何も言わずきてしまった友人たち。
通知を切っていたせいか、不在着信とメールが山のように来ていたのに、まったく気が付かなかった。
自分が困ったからといって唐突に連絡することに再び罪悪感を覚えるが、そんな事を言っていたら交友を再開することなど出来ないだろう、と自分を鼓舞して、通話アイコンを開く。
問題が多数襲ってきたならば、一つ一つ解決していくほかない。
解決手段がわからないのなら、わかる人間に聞くしかない。
一木は知り合いの中で最も人間関係に長けた相手に通話をかけた。
「やりなさい」
「……何を? 」
「新婚初夜」
訂正。こいつはダメだ。
一木が通話したのは前潟 美羽。将官学校の同期で、階級は一木と同じ代将。年は他の三人と同じ二十五歳。他の面子よりはまともだと思っていたのだが……。
通話した最初、驚きを見せて涙声で応じたあたりまでは可愛げがあったのだが、事情を説明しはじめたあたりでボロが出てきた。
ツッコミという名の言葉の暴力で一木の精神はもうボロボロだった。
「いや前潟、お前真面目に……」
「弘和、あなたこそ真面目に聞きなさい。大体あなたアンドロイドの事全然知らないでしょう? 」
「知ってるよ、俺がこの体になってから」
「シキちゃん一筋で回りもみないでイチャコラしてたおっさんが何を知っていると? 」
「んが……」
その通りかもしれない。確かに自分はこの時代の常識が未だに欠落しているし、パートナーのシキ以外のアンドロイドとの交流などほとんどない。偉そうに言えることなど、何一つない。
「マナちゃんって製造間もないパートナー用に作られた娘でしょ?」
「賽野目さんはそう言ってたな」
「じゃあ問題の一つは解決。セックスしろとまでは言わないから、現実でも仮想でもいっぱいくっついてあげなさい」
「そんなんで不機嫌が治るのか? 」
「パートナーアンドロイドってのは結局のところ、仕事でも任務でもなく個人に依存してる存在だから。どうせあなたは『シキに悪い』とか『すぐに肉体関係とかみっともない』みたいなしょうもないこと考えて手も出してないでしょう? 」
「……はい」
なぜこうもこの女は、自分の事を的確に把握しているのだろうか。
大学で来訪前文化論だかを学んでいたとは聞いていたが、関係あるのだろうか。
「それじゃあ不安よね、マナちゃん。SLなら仕事していれば人類に貢献しているという実感が得られるし、SSなら任務に従事していれば同じく貢献しているという実感が得られる。けれども、パートナーは? 一緒にいる人間がウジウジきれいごと言って距離をとってきたら、どうやって人類に貢献しているという実感を得るの?」
ナンバーズ由来のアンドロイドは、人類に対する好意と執着。そして地球連邦政府へ貢献しているという実感によって制御されていると言われている。
SLなら労働。SSなら任務。パートナーなら相手との触れ合いや相手が喜ぶことをすることでだ。
「それなら俺のしてることは最悪じゃないか」
「あげくに他のSSと仲良くされたんじゃそりゃ不機嫌どころじゃないわよ」
ぐうの音も出ない。
「もうマナちゃん戻ってくる頃でしょう。いい? シキちゃんと同じとは言わないけど、パートナーなんだからもうちょっとべたべたしてあげなさい。アンドロイドなんてどの種類でも人間にくっつかれていやがる奴なんていないんだから」
「はい」
「ジーク作戦参謀だっけ? 弘和の態度はひとまず置いといて。別にそこまで気にすることはないから。その作戦参謀はもともとSAなんでしょ? 人型ボディでの未体験の感情に舞い上がってるだけなんだろうし、普通に親しくしてれば問題ないわ。それに師団長とSSがちょっと関係もったって、任務に影響しなきゃ誰も文句なんて言わないわよ」
「そういう問題か? 」
「そういう問題よ。人間相手にだれかれ構わず手を出したら問題だけど、アンドロイド相手なら問題視しないのが今の感覚よ。まあ、程度はあるけどね」
「むぅ……そういうもんか」
「そうそう。マナちゃんが落ち着けば、作戦参謀とも普通に話せるでしょ? あとは艦隊司令には後で謝っておいて、他のSSや参謀には普通に接しなさい。マナちゃんときちんと関係を構築すれば、他のは落ち着くから」
「すまない前潟……恩にきるよ」
「弘和は昔の人なんだから、ウジウジ自分だけで悩まないで私たちにもっと相談しなさい」
「ああ。じゃあ、一旦切るよ。そういえば前潟やみんなはどこの艦隊にいるんだ? 」
「今は全員第013艦隊にいるわ。みんな元気よ。メールでもいいから返信してやれば喜ぶわよ。南なんか、引きこもってるときにアンテナ壊したの謝りたいって」
二週間ぶりに仮想空間から出たとき、頭のアンテナが折れていたのはそういうことだったのか。
報復手段を考えていると、マナの足音をセンサーに捉えた。
「時間を見てメールはしておく。じゃあな、前潟。マナが来たから切るよ」
「さよなら、うまくやりなさい」
通話が切れるのと、部屋にマナが入ってくるのはほぼ同時だった。
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