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状況その2 ワーヒド後始末―5

「……………………あれ?」


 帝都の西部にある荒地。

 つい数日前にジーク大佐とアウリン達が死闘を繰り広げたその場所で、シュシュリャリャヨイティは素っ頓狂な声を上げた。


 いつものルーリアトの帝室着ではなく、火星陸軍の作業着に身を包むその姿はスーツを着た妹のグーシュに瓜二つだった。


 そんな彼女の隣に佇むのはすっかりおなじみとなったニャル中佐だ。

 いつもの異世界派遣軍の軍服の上に白衣を羽織った服装は同じだが、その手には大きな白旗が握られていた。


「どうかしましたかシュシュリャリャヨイティ?」


 そんなニャル中佐は奇声をあげたシュシュリャリャヨイティを労る様に声を掛けた。

 今現在も自身の患者であり、さらにお腹の中に新しい命を宿しているシュシュリャリャヨイティに対するその態度は非常に柔らかい。


「いえ、どうかしましたかじゃなくて……どうしてこんなことに……いくら何でもこんなことをするつもりは……」


 先の会議の場にて。

 シュシュリャリャヨイティは無為に時間を浪費するマクダネル中佐達の行いを諫め、ニャル中佐の提案した異世界派遣軍残党を降伏させるプランを推し進める第一歩として二人の行いを糾弾しにかかった。


「騎士長。はっきりおっしゃってよろしいと思いますわ。彼らは自分たちの手に負えない……そう言っているのです」


「だってそうでしょう? 少数の損傷アンドロイドのゲリラを数千人の七惑星連合軍正規部隊が手に負えないから増援が欲しい……そう言っているのですよ?」


「部下達の命……それを言ってしまいますか? 組織存続のために数千の同胞を死地に追い込んだ我々が……」


「確かに必要な事でした。それは認めましょう。ですがなればこそ! 我々は犠牲を無駄にしないためにも計画遂行を第一にしなければならないのです! 即ちルーリアトの早期安定化及び損耗した部隊の再編制、これを急ぎ行わなければなりません」


「代案? 私はとっくに申し上げているはずです。ええ、ええ。最初の会議でここにいるニャル中佐が主張しましたよ? それに対しあなた方が激昂し、半ば無視しましたが。ここで改めて、私は敵残存部隊に対して捕虜待遇を認め、降伏させることを提案いたします」


 ここまではよかった。


 一旦煽り倒し、犠牲を抑えるために増援が欲しいという言葉を引き出す。

 次いで間引いたのだからこれ以上の犠牲もやむを得ないという言葉をぶつけ、それに対しドゥーリトル作戦の必要性に関する発言を引き出した。

 こうして計画の遂行こそがもっとも優先されるというロジックを引き出し、ニャル中佐が最初の会議で主張し会議を崩壊させた降伏案を再び持ち出す……ここまでは、ここまではよかったのだ。


 シュシュリャリャヨイティとしてもここですんなり「じゃあ捕虜にしよう」、となるとは思ってはいなかった。


 アンドロイドを地球連邦軍が主張するように捕虜にするべきか、火星やカルナークの過激派が言う様に邪悪な機械だから即座に破壊するべきか、鹵獲兵器として扱い利用するべきか。

 そもそもこの大前提となる基本方針自体が七惑星連合内で棚上げになっている現状では、マクダネル中佐達の今回の騒動関係なく迅速に動く事など難しいのは明らかだからだ。


 だからこそシュシュリャリャヨイティとしては、ここで自身の立場をアンドロイド捕虜待遇派とはっきり表明することでアンドロイド待遇問題の議論喚起を行い、出口のないマクダネル中佐達の増援論から意義のある議論へと会議の議題を発展させたかったのだ。


 が、ゴッジ将軍の言葉が全てを覆してしまった。


『なるほど!』


 モニター越しに響いた異形の巨人の声は出席者の脳裏に直接響いた。

 姿はモニター越しでも声はテレパシーとしてはっきりと響く。


「しょ、将軍、何がなるほど、なのですか?」


 突然のテレパシーに狼狽えたハク少佐が尋ねると、再び全員の脳裏に声が響く。


『最初の会議が早々に破綻したあのアンドロイドの言葉はシュシュ殿も承知だったのか、という意味のなるほど、だ。てっきり医療目的で捉えたそのアンドロイドが勝手に口を開いたのだと思っていたものでな』


 皮膚の無い筋肉だけの姿の癖に、やけに朗々明快な声でゴッジ将軍は言葉を出席者の脳に送りつける。

 恐ろしい姿と相まってシュシュリャリャヨイティが頭痛を感じ始めた頃、ゴッジ将軍はさらに頭痛が酷くなる言葉を発した。


『だがシュシュ殿も了解の上だったのならば話は早い。ドゥーリトル作戦を最後まできちんと遂行するべく、敵の残党を無力化することは急務である。増援案の確実性は認めるが、時間や敵の妨害を考慮すれば実現もまた困難。なればこそ、ここは再びジンライ少佐と二人で帝都に乗り込んだその勇気にすがるとしよう』


「いや、ちょっと……」


 怪しい雲行きにシュシュリャリャヨイティがゴッジ将軍の発言を遮ろうとしたが、時すでに遅かった。

 そもそも、テレパシーを遮る事が出来たのかも怪しい。


『シュシュリャリャヨイティ殿、全権を授けるのでそこのニャル中佐と共に敵残党と交渉してきてもらえないだろうか? その交渉結果に応じて懸案だった戦闘後のアンドロイドの処遇に対する骨子としようではないか』


 こうして、筋肉の化け物によってシュシュリャリャヨイティはアンドロイドゲリラとの降伏交渉にほぼ単身で赴く羽目になってしまったのだ。


 消耗し魔術も使えない正真正銘の非武装状態のままで……。

 そうして会議から一時間。

 ニャル中佐による通信の結果、交渉場所として指定された帝城から東部へ20キロ程移動した荒野に、シュシュリャリャヨイティは赤茶色の火星陸軍作業着に身を包み佇んでいるのだ。


「……あのゴッジ将軍……化け物みたいな見た目して老獪な……わたくしみたいな間抜けが焦れて何か言い出すのを待ってたんだ……そうしてその間抜けに全てを押し付けて……」


 幾度目かになる愚痴を口から漏らし、シュシュリャリャヨイティは頭を抱えた。

 今銃撃されても光壁一枚張れない心細さがツラい。


「そろそろ覚悟を決めてくださいシュシュリャリャヨイティ。大丈夫ですよ、こちらから攻撃しない限り向こうも手を出しませんから」


 慰める様にニャル中佐が言うが、別段その点はシュシュリャリャヨイティも疑ってはいない。

 疑い、警戒しているのはマクダネル中佐達がシュシュリャリャヨイティを亡き者にするためこの場に介入して交戦状態を作り出す事だ。

 魔術を使えないシュシュリャリャヨイティ等ただの二十代の痴女でしかない。

 アンドロイドと歩兵部隊の交戦に巻き込まれればひとたまりもない。


「……魔術が無い状態で隣にハナがいないとこんなに心細いとは……」


「いい加減に、あ。来ましたよシュシュリャリャヨイティ。交渉相手です」


 再び愚痴をこぼすよりも早く、ニャル中佐が渡りをつけたアンドロイドの交渉相手が姿を現した。

 砂塵の舞う中、数百メートル先に小柄な女が歩いているのがうっすらと見え、シュシュリャリャヨイティは久方ぶりに緊張感を覚えた。

次回更新は5月22日の予定です。

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