エピローグ2 サーレハ司令の総括
『そもそもの所、火人連と地球連邦政府は相互依存の関係にあった。火人連は地球からの支援と地球連邦という敵が必要だったし、地球連邦政府は過激派の隔離場所と外交軍事上の相手が必要だった。ここまではいいかな?』
一木とグーシュは頷いた。
火星は創設後一度人口減少で滅びかけ、地球からの支援と移住の許可により拡大存続が可能になった背景がある。
一方で地球からしても過度な反ナンバーズ、反アンドロイド主義者が暴発前に移住する場所として、また軍事と外交という統一国家になって以降存在意義の危ぶまれる要素を存続させるための横車として火人連は重要な遊び相手だった。
公然の秘密ですらない。
教科書はおろか、地球連邦と火人連の公式文書にも遠回しな表現と数値を用いて書いてある厳然たる事実だ。
『大半の民衆やアホな官僚政治家は知らないがね。統一国家とその反乱分子が数十年も本格的な衝突も無く規模を拡大しながら存続しているならば、それは共存しているからに他ならない。両者は外交パイプすらない断絶関係にあるとしつつも反ナンバーズ官僚や野党政治家、火星の穏健化評議会議員や現実主義軍人なんかの繋ぎの下うまくやってきたわけだ、が……その全ての前提が覆される事態がおきてしまったんだ。わかるかい?』
サーレハの問いに対し、一木は早々にモノアイをグルグルと回して沈黙した。
一方でグーシュは早かった。
「七惑星連合の結成だな?」
それに対しサーレハ司令は嬉しそうに応えた。
『それも正解ではあるが、もう少し複合的な事だ。少しずるい問いだったな、すまない』
グーシュを間違わせたことがうれしいのか、少しカラカラと笑った後、サーレハ司令は続けた。
『七惑星連合の元はカルナーク戦の際に作られたカルナーク政府と火人連との通信手段及び協力体制であり、それ自体は地球連邦政府も把握していた。だが、それが火人連政府とは完全に別組織として規模を拡大している事を知ったのはごく最近だった。具体的に言うと、コリンズ・ケイン議員が火人連とのやり取りを独占し始めたここ十年の事だ』
十年前から動向を知っていた事に一木は動揺と怒りを覚えたが、何も言わなかった。それはつまり、ギニラス事件の件も地球連邦やサーレハ司令は把握していたことに他ならないからだ。
しかしミルシャを失ってもいつもと変わらないグーシュの事を考えると、シキを失って数か月の自分が騒ぐ事は躊躇われたのだ。
「コリンズ・ケイン。わらわの査問会の時にいたあの男か。ただ者ではないと思っていたが……」
『今では実質的に火人連の指導者とも呼ばれる人物だ。あのような現実的な野党政治家がそのような立場に付いたからこそ、両者の関係は安定していたのだが……話を戻そうか。先ほど話した状況を覆す要素の一つがこの七惑星連合という火人連を内包する敵対組織の拡大が一つ。そしてもう一つがナンバーズの分裂だ』
その言葉に沈黙していた一木が反応した。
「大統領の会見の事は聞きましたし、ナンバーズ自身からも聞きました。人類から乗り換える者、人類に協力する者、中立の者。三派にナンバーズが分裂した上で、エドゥディア帝国という魔法文明と戦う事を求めた件ですね」
『この件も火星同様にいきなり出た話でね。五年程前だったか。これ以上今の関係は続けられない、という訳だ。さて、これで困ったのが地球連邦と火人連の政府だ。両者の関係は即ち、双方にとって都合がいいので成り立っていたわけだが……これが崩れた』
グーシュが腕組みして唸った。
「それはそうだ……な。火人連からすれば七惑星連合という地球以外の上位母体かつ支援先が出来てしまえば地球連邦との深すぎるつながりはむしろ邪魔だ」
一木も同じようにモノアイを回す。
「一方で地球連邦からしても……。エドゥディア帝国という巨大な闘争相手が出来るなら、外交や脅威としての都合のいい相手なんかわざわざ維持する必要はない……」
『そういうわけだ。ところが難しいのはここからでね。両者とも相手がこれからの関係性において親密な関係を維持する程の価値がなくなったのは同じだったが、ここで関係性と切ってはい終わり、とは出来ないんだ。なにせ、先ほど言ったように双方相手に深く通じた身内が大量にいる訳だからね』
「だから間引き、か……それもわざわざわらわの故郷で……」
グーシュが苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
『仕方が無かったのだ。ワーヒド星系は都合のいい場所過ぎた。異世界派遣軍本部のエデン星系から最も遠く、その一方で七惑星連合の勢力圏からハストゥール級で即座に到達可能……この立地を活かして七惑星連合がワーヒド星系で異世界派遣軍艦隊を奇襲する計画を立てた時点で、今回の事態は動き出した』
「その情報はどこから?」
グーシュが尋ねる。もう、その声色に怒りの色はなかった。
『いつも通り、火人連の協力者からだ。彼らは情勢の変化に関わらず……まあこの辺り地球の親火星派も同じだったが。情勢の変化に関わらず、自分たちの立場が悪化している事に鈍感だった。鈍感に、自分たちの立場への影響を考えず情報を流し続けた。だから、あらゆる立場の者達がこの七惑星連合による対地球開戦プランを知った結果、全ての者達が相乗りする形で今回の会戦が起きた』
「それが、間引き……自分たちの不必要になった存在を戦闘にかこつけて処分する……」
『無論それだけではないだろう。実際に私の目的は縮退炉の確保であったし、ナンバーズ達にもそれぞれ思惑があった。火人連や他の連合勢力、地球を襲撃した連中や連邦政府もそうだろう。それぞれ欲しいものを得て、邪魔なものを処分する意図があったはずだ。そこでだ、グーシュリャリャポスティ殿下』
唐突にサーレハ司令はグーシュの名を呼んだ。
グーシュはボロボロのサーレハ司令の映像をジッと見返す。
『私から提案がある。あなたも、私も……双方がこのクソったれな戦いの最後に素晴らしいものを得られる。そんな提案だ』
「なんだ……?」
妙に楽しそうにグーシュは問い返した。
次回より 状況その2 ワーヒド後始末 が始まります。
次回更新は4月30日の予定です。




