第48話―2 光
メフメト二世のこの策はグーシュの言うような戦力を考慮した冷徹な計算以外にも、ある種の賭けの要素があった。
(……敵艦隊の指揮官次第だが、上手くいけば……)
感情制御システムによって動くアンドロイドならではの、心理的な策だ。
『こちら軽巡洋艦モリオカ……直撃弾を受……迎撃が困難…………地球連邦に勝』
モリオカからの通信は途中で途切れた。
至近弾によって破損した対空防御網の穴から飛び込んだ250mmレールガンの対艦破砕弾の直撃を受け、一瞬で爆散したのだ。
モリオカだった破片がオダ・ノブナガ、そしてメフメト二世達に降り注ぐ。
『陣形を維持せよ! マンダレーを最前衛にしつつオダ・ノブナガも前に回して防護陣形! 重巡洋艦各艦は命中弾のみ対応せよ』
それでもメフメト二世は対応を変えなかった。
オダ・ノブナガまで前に出すなど、狂気の沙汰だ。
グーシュの言う通り、万が一まぐれで急所に命中弾でも出せばその時点で全てが終わる。
(これで……敵はどう出る?)
※
「敵軽巡洋艦撃沈!」
「よっし! 引き続き敵先頭艦を集中射撃だ。順繰りに沈めていくぞ」
クワベナ少将は意気揚々と声を上げた。
護衛目標を前衛に出すという策には驚いたが、どうということは無い。
前から順に集中攻撃で沈めていけばいいのだ。
少将の命令通り、目標をマンダレーに変更した砲撃が異世界派遣軍を襲う。
しかし、中々当たらない。
前衛両翼に展開した護衛艦とその間に位置する軽巡洋艦と重巡洋艦が緊密に連携しながら有効弾だけを巧みに迎撃していく。
遠距離ではレーザー砲を。
中距離は実弾主砲やレールガンを。
近距離ではCIWSを用いた複合的な防空体制だ。
標準艦には粒子ビーム砲が搭載されていないため、遠距離戦闘においては迎撃を受ける実体弾しか攻撃手段が無い。
レーザー砲はもう少し戦闘距離が近くなければ使用できない。
そのためどうしても護衛艦とデータリンクした敵艦艇が迎撃に集中すると攻撃密度の割に命中弾が少なくなってしまう。
そのまま異世界派遣軍艦隊がゲート方面艦隊の最前衛まで距離10000に迫ったあたりで、クワベナ少将を始めとする艦隊幹部たちに焦りと疑念が浮かんできた。
「おい、本当にあの前衛が旗艦と異世界派遣軍の指揮官の座乗艦なのか?」
「司令、このままだと重巡洋艦が突撃圏内に……両翼の艦隊を前進させつつ包囲して全体を攻撃した方が……」
「敵の策にハマっている……前衛は囮で異世界派遣軍の人間は別の艦に……」
「敵艦隊距離9000! なおも前進してきます……このままでは近距離戦闘に……」
重巡洋艦部隊による突撃及び近距離でのドックファイトは有人艦艇の火星艦隊にとっては最悪の悪夢だ。
敵は人間への配慮など無視した無茶な機動を行えるのに、標準艦はそれが出来ずに一方的に蹂躙をされてしまう。
ましてや火力を活かすために密集しているため、突撃されてはそれが仇となり再び大損害を出しかねない。
「くそっ! 敵の策にまんまとハマったか。指揮官が乗った艦を囮にして重巡洋艦部隊を突撃させるつもりとは……敵将の覚悟を甘く見たな」
クワベナ少将が悔しそうに手元の端末を叩いた。
周囲の幕僚が近づいてくる異世界派遣軍艦隊を見て冷や汗を流していた。
「し、司令、敵が……」
敵艦隊の圧に司令部全体が押され始めていた。
そして、その空気に押されるようにクワベナ少将は決断した。
「砲撃を敵前衛から後方の重巡洋艦部隊に変更せよ! 艦隊外周部の部隊は砲撃しつつ前進だ。本艦及び中央部の部隊はゲート近辺に下がりつつ敵艦隊を受け止めて包囲するぞ」
クワベナ少将の決断を受けてからの動きは速かった。
それまで前衛艦隊にむけて砲撃を集中していた艦隊は砲を後方を突き進む重巡洋艦部隊に向けた。
それまで前衛が攻撃を受け止めていたため無傷だった重巡洋艦部隊は攻撃にされされた事で徐々に損耗していくが、射撃が分散したため全体的な脅威度は低下することとなった。
「勝った!」
メフメト二世は叫んだ。
クワベナ少将は前衛に攻撃を急襲されていると考えていたが、実際にはマンダレーもモリオカ同様撃沈寸前だった。
メフメト二世としてはもしマンダレーまで撃沈されたならば、流石にオダ・ノブナガを後方に下げて重巡洋艦部隊を前にして突き進むしかなかった。
もしそうなれば、温存するべき重巡洋艦部隊の損耗は許容範囲を超え、ゲート突破など不可能だったはずだ。
「だが、賭けに勝ったぞ。俺たちの突撃への恐れ。救護対象が前にいる事への疑心暗鬼……それが故に安定した戦術をとり続ける事が出来なくなった……アウンサン! マンダレー、オダ・ノブナガ及び護衛艦ミケ二隻を艦隊最後尾に移動させつつ単縦陣に移行せよ。先頭艦は俺が務める!」
『了解、全艦単縦陣に移行』
副官の重巡洋艦アウンサンの指揮はそつなく、攻撃の最中にあってもよどみなく陣形は変更される。
だが、メフメト二世はそれの完成を待たない。
「全艦反物質推進一秒、目標敵艦隊左翼! ノブナガたちは突撃中に拾うぞ」
「「「了解」」」」
艦隊が縦一列になるのを待つことなく突撃を敢行。
陣形変更中の艦隊を徐々に列の後ろに回収しながら突撃するという離れ業をやってのけた。
目指す突撃先は異世界派遣軍艦隊を包囲するべく後ろに回り込もうとしていた火星艦隊外周部の部隊。
一番突撃の危険に晒される中央の部隊ではなく、後方に回り込むため比較的安全だと思っているであろう部隊だ。
「眼前の敵のみ撃破せよ! 敵を蹂躙しつつゲートを突破する……突撃! 蹂躙せよ蹂躙せよ!!!」
メフメト二世の端末が艦首でヤタガンを振り下ろすと同時に重巡洋艦達が一気に突撃を行う。
艦首粒子ビーム砲が発射され、狼狽える様に減速していた標準艦を一隻爆散させた。
次回更新は3月11日の予定です。




