第47話―2 断たれた道
臨時旗艦クシャダスからのレーザー通信は直ちにポリーナ大佐に届いた。
当然ながらポリーナ大佐を取り囲むエリザベットとその分離した戦闘端末は未だに健在であり、現状のままの撤退など出来るはずもない。
つまり、この通信は重巡洋艦達と同じように殿を務めるか、さもなくば五分以内に敵を倒せという無情な通達に他ならない。
「参謀長殿は無茶を言うな」
だが、ポリーナ大佐は口元に笑みを浮かべた。
戦いの最中の逆境程楽しいものは無いからだ。敵が人間ならば猶更だ。
また、時間稼ぎという枷が実質外れたのも彼女にとって最高だった。
後先考えずに全てを投げ出して戦えるからだ。
つまり、先のレーザー通信によりポリーナ大佐は事実上くびきから解き放たれたのだ。
捨て身の一撃を試みるべく、サブエンジンである熱核ロケットエンジンを目いっぱい吹かしてエリザベットへと突撃する。
『そろそろ決着を付けようかなあ!!!』
『お時間もあらーせんでしょうし望むところですわああああ!!!』
オープン回線で叫びながら吶喊するとエリザベットは即座に反応した。
彼女も異世界派遣軍側の動きを見て撤退を察していたのだろう。
一旦分離したパーツを集結させるとレーザー砲をポリーナ大佐の胸部に向けて集中照射してきた。
命中すれば融解するまで0.5秒の猶予もない強力な攻撃。
ポリーナ大佐が回避に徹する先ほどまでは命中困難だったが、彼女が攻勢に出ざるを得ない今ならば命中可能な必殺の攻撃方法。
「はあ!」
短く叫びながら、ポリーナ大佐は切り札であったアンチレーザー弾を射出せずに自らの眼前で炸裂させた。至近距離過ぎて顔面の人工皮膚が裂けるが気にしない。
微小なガラス片が封入されたこの弾頭は放出直後に限りレーザーを無効化可能な切り札だ。
効果時間が短いわりにレーザー通信の阻害効果だけはやたらと長引くという欠点のせいであまり使われないものだが、エリザベットの様なレーザー砲主体の敵ならば有効である。
金属をマーガリンのように溶かしてしまう光の束がキラキラと美しく輝くガラスの霧に阻まれる。
収束レーザー砲のためにパーツが集まっているエリザベットは高速での離脱もままならない。
千載一遇の機会に、ポリーナ大佐は一気に突っ込んで決着をつけるつもりだった。
『アメリカのお菓子みたいに甘いですわー!』
『何!?』
ポリーナ大佐が呻いたその時、空間戦闘ユニットを衝撃が襲った。
高周波ブレードが今にも届くという距離でサブエンジンが火を噴いていた。
『ミサイル……いえ……奴の手足!!??』
熱核ロケットエンジンに突き刺さっていたのはエリザベットの手足だった。
エリザベットは分離した自身の手足を文字通りミサイルとしてポリーナ大佐へと放ったのだ。
通常の戦闘ならばこのようなミサイルの代替品など防ぐ手段はいくらでもあった。
しかし、エリザベットはレーザー砲が主兵器であるという、ここまでに抱いた認識が誘導兵器への対策を疎かにしていた。
『切り札くらいあーくしにもありましてことよおおお!』
エリザベットの勝どきと同時に、空間戦闘ユニットが炸裂した手足ミサイルと共に爆炎に包まれた。
当然その炎からはポリーナ大佐も逃れられない。
『勝った! ゲート攻略戦、完!!!』
エリザベットの叫びと共にポリーナ大佐は爆発に飲み込まれた。
勝ち誇るエリザベットは笑みを浮かべながら炎に散った好敵手だった爆炎を眺める。
『機械よ、あなたもまた、友だった……』
『そいつはどうも』
「え」
エリザベットが勝利に浸る事が出来たのはほんの数秒だった。
空間戦闘ユニットから分離して本体だけとなったポリーナ大佐が爆炎から姿を現したからだ。
「そんな、戦闘ユニットも無しに」
思わずいつもの口調無しに呟く手足の無いエリザベット。
呟きの間にも集結していた戦闘端末を前衛に出し、自分の本体も離脱を図る。
しかし、ポリーナ大佐のスピードにはかなわない。
人間型アンドロイドで唯一単体での空間戦闘を考慮した存在。
要塞歩兵構想の理想形であるポリーナ大佐の速度には、かなわない。
「捕まえた」
「ひっ」
肉薄したポリーナ大佐はエリザベットの本体、つまり中枢ユニットを文字通りつかみ取った。
鷲掴みにされた頭部がミシミシと音を立てて歪み、RONINNのサイボーグはこの身体になって初めて恐怖した。
「で、でももう武器はああああああ!?」
最後の強がりもまた一瞬だった。
ポリーナ大佐が頬の肉を耳まで裂きながら開いた大口で頭部を齧り取ったからだ。
「違う!?」
だが、ポリーナ大佐は最後の最後でミスを犯した。
エリザベットの脳の位置を、サイボーグの常で頭部だと考えていたからだ。
ある意味皮肉な事に、他のRONINNよりもアンドロイドに近い彼女の脳は胸部に搭載されていたのだ。
次の瞬間には齧り取られた頭部を切り離してエリザベットは胸部だけで逃げ出した。
ここで残存する機体パーツから攻撃されていたらポリーナ大佐もお終いだったが、幸いにもこの特異な分離システムを管理するコンピューターが収められていたのがエリザベットの頭部だった。
制御手段を失ったエリザベットの機体は沈黙し、彼女は胴体だけで命からがら逃げ去る事となった。
『ふぅ……私の勝ちだ……』
満足げに呟くと、ポリーナ大佐は残った推進剤を吹かしてゲートへと向かった。
殿の重巡洋艦部隊が全滅したのはこのすぐ後だった。
こうして小さな勝利と引き換えに、異世界派遣軍はワーヒド星系における空間湾曲ゲートの支配権を喪失した。
一木達は閉じ込められた。
明日も更新します。




