第47話―1 断たれた道
一木達がハストゥールの追撃を振り切る一時間ほど前。
ポリーナ大佐とエリザベットの激戦は尚も続いていた。
自らの身体と機体を無数に分裂させてレーザーを全方位から照射するエリザベットにポリーナ大佐は苦戦を余儀なくされた。
ただの分裂、ただの無数のレーザーならば対処できた。
だが、厄介なのがエリザベット機が時折照射する強力な磁場だった。
ポリーナ大佐の高機動高火力の源泉は反物質なのだ。
メインスラスターで推力を生み出すのも反物質ならば、小さなエリザベットのパーツを撃滅するための主力武器も反物質を内包した大小のミサイル群だ。
それらを、エリザベットが自分の身体でポリーナ大佐を檻のように囲んだ上で照射する磁場は無効化してしまう。
反物質が周囲の物質と対消滅しないように保管するために用いられるのが磁場なのだ。
つまり、エリザベットはポリーナ大佐の機動力と火力の要である反物質を強制的に保管状態にして使用できないように出来る。
このことにより通常の熱核ロケットエンジンによる推進しか用いれなくなったポリーナ大佐の機動力は激減し、大量のミサイルも実質的に無力化されてしまった。決戦様に反物質ミサイルのみにしたことが裏目に出ていた。
それでも単純な技量とスペックにおいてはポリーナ大佐に分があった。
強力なレーザー及び粒子ビーム砲と接近戦における技量と大型高周波ブレードの威力は健在だったからだ。
それも火星宇宙軍が動き出すまでだった。
先のポリーナ大佐の攻撃により牽制され停止していた火星艦隊だったが、ポリーナ大佐の動きが鈍くなるのを見るにつけ徐々に動きを見せたのだ。
最初は砲塔の稼働や照準。
微妙な位置替え。
ポリーナ大佐はそれらに対して最初は即座の攻撃という対処を取っていたし、エリザベットも先ほどと同じように一時的に攻撃の手を緩める事で後押しした。
当初ポリーナ大佐はそれをサシの勝負のため、という風に解釈していた。
しかし、違った。
あまりにも楽しい戦闘の高揚感が、ポリーナ大佐の勘を鈍らせたのか、彼女は読み違えてしまった。
「レーザーのレンズが……!?」
エリザベットの目的がポリーナ大佐の粒子ビーム砲を封じる事にあった事を。
幾度も行われた粒子ビーム砲による超長距離射撃は、同軸レーザーのレンズを熔解させるに至った。
地球連邦軍の粒子ビーム砲はビームの直進のために事前にレーザーを照射する必要がある。
これを行わないとビームは様々な物質や現象の影響を受け直進しない。
つまりレーザー砲がレンズ熔解により使えなくなるという事は、粒子ビーム砲が使えなくなることと同義だ。
これにより身じろぎする火星艦隊を一度見逃したのを契機に動きが活発化し、とうとう前進した艦をエリザベットが引いているにも関わらず攻撃しなかった事をきっかけに全面侵攻を許してしまった。
「ついにきたか! 全艦及びゲート武装……オールウェポンズフリー、撃て!」
直ちにアセナ大佐は指揮下のゲート守備隊に攻撃を指示。
激烈な攻撃を開始した。
アズラエルとジブリールのカタパルトを用いた疑似大型レールガンとゲートに据え付けられた200mmレールガンと90mm粒子ビーム砲が進撃する火星艦隊に襲い掛かった。
「そんな!?」
だが、当たらない。
アステロイドベルトでの対ゲリラ戦や、月軌道に停泊中の自爆攻撃、停止状態からの大型粒子ビーム砲による狙撃。
開戦以来不利な状況下で戦い続けてきた標準艦は、ついに訪れた真正面からの優位な戦場においてその真価を発揮した。
異世界派遣軍ゲート守備隊の猛烈な攻撃を、持ち前の機動性を発揮して艦列を組んでの密集隊形にも関わらず身軽に回避して俊敏に突き進む。精鋭部隊の名に恥じぬ練度の賜物だ。
無論無傷ではない。
しかし、重巡洋艦の副兵装クラスの200mmレールガンや90mm粒子ビーム砲では撃沈には至らず、良くて中破ないし大破からの撤退。当たり所によっては損傷を受けつつも前進し続けた。
『おーほほほほほ! 税金の納め時ってやつですわー! ミサイルもビームも機動力も無いあなたなんて敵じゃーございませんことよー!』
『くぅ……』
ポリーナ大佐もそれを見て守備隊を援護しようとしたが、エリザベットが一気に攻勢に出た事でそれもままならない。
全方位からレーザー照射を受け、全身が真っ赤に赤熱し、破損を避けようとレーザーの照射点をズラすべく動き回るものの間に合わない。
とうとう空間戦闘ユニットの一部が熔解し始め、該当箇所をパージするに至る。
ミサイルコンテナも、粒子ビーム砲ユニットも、メインスラスターも失いポリーナ大佐の本体すらレーザーの照射を受け焼け焦げた。
こうなってはもはや異世界派遣軍側の不利は決定的となった。
アセナ大佐の自身の乗った旗艦を囮にするという作戦も、敵が攻撃地点を絞らない策に出た事で不発となった。
その上距離を詰めた火星艦隊は一斉に対艦核ミサイルを発射し、これの迎撃に手一杯になった事でさらなる進撃をゲート守備隊は許してしまう。
「ああ、もう! ジブリール及びアズラエルの船体を放棄します! 小型艇で後方に移動するわよ。しがみ付くのやめなさいジブリール! 一番近い軽巡は?」
「ひいいいい……く、クシャダスですぅぅぅぅぅ」
もはや動きの鈍いアズラエル、ジブリールの両艦では耐えられないと判断したアセナ大佐は艦の放棄を決定した。
怯えるジブリールを引っぺがしつつ、脱出艇に乗り軽巡洋艦クシャダスへと移動を開始する。
「移乗後アズラエルは特攻よ、突っ込んで派手に爆散しなさい! ジブリールはこの場で砲台に徹しつつ囮に……急いで!!」
この猛攻はアズラエルの爆散後、生じた僅かな隙に警務課に所属する重巡洋艦パーゴ、モーガン、ロロネーを火星艦隊の中央部に突撃させた事で一時的に停滞させることに成功した。
重巡洋艦並みの戦闘力という触れ込みの火星艦隊だったが、近距離でのドックファイトにおいてはやはりSAによる無人制御の異世界派遣軍側に分があった。
たった三隻の殴り込みが混乱を誘発し、両翼が突出することによる分断を危惧して全体が停止する。
「モーガン爆散! 敵艦隊両翼から中央部に増援を行っています!」
しかしそれもあくまで対処療法に過ぎない。
突撃した三隻の内一隻が瞬く間に爆散し、敵の混乱は見る間に収まっていく。
「火力を中央に集中して援護を……」
アセナ大佐も希少な時間をさらに稼ぐべく突撃部隊の支援を命じる。
「駄目です、敵艦隊よりまた大型ミサイル……対艦核ミサイルです!」
「くっ……迎撃に集中なさい! ポリーナは!?」
「敵の機動兵器に滅多打ちにされてます……このままでは……」
顔を歪めるクシャダスのSA。
とうとうアセナ大佐は決断を迫られることとなった。
つまり敗北必死でこのまま戦い続けるか、自分たちだけでも逃げるのか……。
「脱出艦隊は?」
「ワーヒド軌道を脱して予定を超える速度で徐々に加速しています。このペースなら二時間ほどで到着予定です」
ちょうどハストゥールによる追撃を受け始めていた頃だったが、アセナ大佐達ゲート守備隊からはハストゥールが観測できていないためこのような報告になった。
「二時間……二時間か」
アセナ大佐は顔を歪めた。
非常な決断をせざるを得ないからだ。
絶対に、二時間持たない事は明らかだった。
「ポリーナにレーザー通信。五分後に当星系より脱出する、とね」
「アセナ大佐!?」
「これ以外ないわ」
クシャダスが非難するように声を上げたが、アセナ大佐は真っすぐに火星艦隊を睨みつけたまま答えた。
「このまま全滅するより、戦力を保ったままゲート向こうに撤退する。そうしなくては、ゲート向こうまで制圧されては、撤退は完全に不可能になる……万が一増援が来た際に、ゲートの両側が抑えられたら目も当てられないし……今が最後の機会よ」
クシャダスにも、へたり込むジブリールにも反論は不可能だった。
距離から言って増援が来る可能性がほぼ無いとはいえ、希望まで捨てる事は出来ない。
ゲート守備隊は残った重巡洋艦二隻を殿に、撤退することを決めた。
次回更新は2月29日の予定です。




