第46話―4 追撃
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「ハストゥール進撃命令に従いません!」
「生体推進全停止……だめです、停止します」
「そんな……なぜ!? なぜ突然ハストゥールが進むのを拒むのよ!!!」
一木達を乗せた艦隊が逃げ去るのを見て、ハストゥール艦長クク中佐が絶叫した。
度重なる戦闘で消耗し、確実にせん滅可能な艦隊をハストゥールが突然進むことを拒否した事によって逃そうとしているのだから無理もない。
しかし艦橋の誰もが答えるすべを持たず、先ほど報告したオペレーター達も目を伏せるばかり。
拘束外装解除後本来の肉塊状態にあったハストゥールをようやく宇宙戦艦の形状に戻し、ジンライ・ハナコによる最終兵装起動に伴う風の杖のエネルギー枯渇からもようやく脱し、ズタボロになった火星宇宙軍に代わり敵残存艦隊の撃滅のために動きだした矢先の出来事だった。
しかも間が悪いことにハストゥールと名付けた肉艦に関して最も詳しいゴッジ将軍が不在の現状、ハストゥール再起動の方法は無いに等しかった。
「ああ、そんな……アウリン達、軍師長……ハナコさん達……火星軍の皆さま……皆が必死に追い詰めた敵を、みすみす逃がすなんて」
緊張の糸が切れたのか、とうとうクク中佐は年頃の娘に戻ったかのように泣き出してしまった。
風の杖の操作をしていたニュウ神官長が困ったように頭を撫でるが、クク中佐の涙はとめどなくあふれ続けた。
「ハストゥールの魔導炉自体は稼働しているのでしょう? なぜハストゥールは動かないのですか?」
ニュウ神官長が魔導炉やハストゥール本体を管理する魔導士長に尋ねる。
彼女を始めとする乗員が知る限り、肉艦であるハストゥールが先の拘束外装解除の様な意図的な暴走以外で指示を無視したのは初めての事だ。
そして予想通り、魔導士長を務める火星宇宙軍の軍人も困惑した表情を浮かべ、首を横に振るばかりだ。
「見当も付きません。肉艦の在り方に反しています。恐らく……心理的な問題だとは思うのですが……」
「心理的?」
クク中佐が顔を上げた。
涙が眼鏡のレンズを濡らし、ぽたぽたと垂れていた。
「ええ、心理的要因です。肉艦と言えども生物である事に代わりはありませんので、当然様々な欲求……例えば空腹、疲労……それに恐怖を強く感じればこのような状況に陥る可能性もありますが……推察に過ぎませんし、今発生した事の説明が付きません」
「では、どうすれば……」
「今はまず、安全の確保をしつつ船体自体の安定を保ち軌道上の艦隊に連絡して合流するべきかと。状況解明と具体的な修理にはゴッジ将軍やガ将軍の協力が必要です」
今魔導士長が言ったガ将軍というのはンギュギの代表者……というかゴッジ将軍同様種族唯一のンヒュギ人であり、現在は地球侵攻艦隊に同行しており、今は不在である。
彼もまたハストゥール級の設計建造に関わっており、ハストゥール級運用には必須の人員なのだ。
「仕方がありませんね……クーリトルリトルにレーザー通信。迎えを寄こしてもらって曳航してもらいましょう。あとは業腹ですが標準艦艦隊に任せるしかありません」
クク中佐が涙を拭い命令すると、通信員が慌ただしく作業を始めた。
ニュウ神官長はそんな様子をよそに、小さくなっていく異世界派遣軍残存艦隊を眺めた。
「……もう星々と同じで点にしか見えない……もうっ」
コツン、と風の杖で神官長は艦橋の床をつついた。
「何もない宇宙とボロボロの敵艦隊……何が怖いって言うんですか」
小さな咎めはクク中佐の耳にだけ届き、当然ハストゥールには届かない……。
神の名を付けられた肉塊は人知れず怯えていた。




